200石雨
自軍前方の設えられた土塁を越えるにはどうしたらいいか。
土塁は壁とは違い、土を盛って作った性質上、川原にある土手堤防のように斜面になっている。
ゆえに、接近して自分の脚を使って駆けあがれば良いのだ。
この辺りは防壁より簡単である。
ところが当然ながら土塁の向こうには敵軍がいるので、そう簡単にはいかないのが戦争だ。
土塁を登ろうと接近すれば、土塁の上に待ち受けている敵軍から弓や投石といった遠距離攻撃を受けることになる。
高いところから打ち下ろす飛び道具は重力の助けを得て威力が増す上に、登っている間は狙い撃ちされるので厄介だ。
とは言え、その土塁上に敵の射撃部隊どころか物見の姿さえ見えなかった。
これはどうしたことか。
思案したサイード将軍は、ひとまず機動力の高い騎馬にて土塁へ突撃をかけることにした。
接近したところで土塁上に射撃兵が現れたなら、その狙いを引きつけながら歩兵が土塁を登る時間を稼ぐ。
というのがサイード将軍が狙っていた戦術だった。
結果に、サイードは忸怩たる思いで歯ぎしりした。
結局、土塁前の空堀に到達するまで土塁上に敵射撃兵が現れるどころか、様子見の物見さえ現れなかった。
姿を見かけたのは、それこそ彼らが戦闘準備を始めることまでだった。
だというのに、タイミングと狙い済ましたかのような雨のような密度の降り注ぐ石。
密集した騎馬集団への見事な奇襲攻撃だったと言えよう。
これにはサイード将軍も驚きを隠せなかった。
さて、たかが石と侮ってはいけない。
狙って放たれたものでなくばそうそう当たるモノではないが、それでも被害なしとは言えないのがこの攻撃の面倒さだ。
直線で飛んで来るものと違い、土塁を挟んで向こうから飛ばされている曲射の飛び道具ともなれば、相応に備えて見極めれば避けるのも難しくない。
のだが、いかんせんこちらは密集して馬を操りながら走っている最中であった。
そこへ突然降り注ぐ石。
自動車だって走行中に小石の直撃でフロントガラスが割れることだってあるのだ。
結果、避けた騎馬が運悪く転倒したり、数騎は当たり所悪く騎兵または馬が昏倒に陥った。
このまま算を乱してしまえば騎馬による突撃ももう意味をなさなくなる。
「総員、堀に添って右に駆けよ!」
すぐさまサイード将軍が指示を出した。
土塁の向こうから投げ込まれている石雨は、第二波、第三波と続けて振り続ける。
結局足が止まってしまった以上、このままここにいるのは得策ではない。
とにかく石雨から逃げねばならぬ。
将の声を聞きつけたまだ健在な騎兵たちは、すぐに立て直し揃って右へと駆け出した
これで一時なりとも回避できるはず。
だが、それは甘かった。
確かに一時降りやんだ散石だったが、すぐに方向修正されて退避した騎兵の元へ降り注いだ。
またこうなれば後に続いていた歩兵たちも足を止めて遠巻きに眺めるしかなかった。
先頭の騎馬たちが敵を引き付けているうちに土塁を登るのが作戦ではあるとはいえ、あれでは引き付けているというより散らされているようにしか見えない。
サイード将軍は思案する。
これは指示の声を聴かれて標的修正されているのだ。と。
でなければ、物見の兵すら姿を見せぬというのに、土塁越しにこうも正確に石を投げ込むなど出来るはずもない。
そう判断したサイード将軍は、今度は具体的な指示を声に出すのをやめた。
「騎兵は我に続け!」
回避に集中していた騎兵たちは、この指示の意味することを即座に理解しする。
いや理解しない者もいるが、訓練されたものですぐに従った。
すぐに将軍の行く方を注視し、それに従い後を追って駆ける。
どうだ、これで正確な位置はもうわかるまい。
と、思ったも束の間、やっぱり彼らの場所に石が降り注ぐのだ。
先にも言った通り、回避に専念していればそうそう当たるモノではない。
それでも、こうも密度高くちょうど良い場所に弾雨が落ちて来るのでは、作戦行動に集中もできない。
サイード将軍は歯噛みしつつ、蹄の向きを返した。
「退け、一時撤退である。元の位置まで戻れ!」
後に続いていた歩兵たちもようやく追いつこうと言う頃、騎兵たちが皆揃って踵を返した。
土塁から数一〇〇メートルも離れると、いつの間にか頭上に降り注いでいた石雨は止んでいた。
「ええい、物見を探せ。投石に指示を出せる高台があるはずだ。そう遠くはあるまい」
サイード将軍は悔し気に馬から降りで兜を脱ぎながら指示を出す。
相手から見えるならこちらからだって見えるはずなのだ。
気を付けて探せばすぐ見つかる。
サイードは苛立たしさに兜の傷を数えながら報告を待った。
投げ込まれていた石は何個か兜ではじいたので頭の方は無事であったが、兜の方はと言えば幾らかの傷やへこみが散見された。
忌々しい。たかが投石にこうもやられるとは。
そうしながらしばしの時が立つが、届けられる報告は芳しくないモノばかりだった。
「なぜだ? こちらの動向を見ずに、あそこまで正確な投石ができるわけなかろう?」
「そうですね。天から見つめる神の視点でもあればあるいは」
サイード将軍の言に、その近くに馬を寄せた副官は追従しつつ、そのようなこと、人間であれば出来ようもはずがない。ということを迂遠に例えて言ってみる。
「はは、何を世迷言を……」
サイード将軍も最初は笑い声をあげたが、その声は途中から意気を失ったように立ち消えた。
そう言えば、あくまで噂でしかないが、耳にしたことがあるのだ。
かのジズ公国公女殿下。
今は彼らが敵対するハイラス領の総督閣下だが、その彼女、エルシィが神の御遣いである。という話を。
そこで見ているのか。神よ。
サイード将軍は固唾を飲んで青空を見上げた。
その視線の先に燃え盛る太陽の日差しが、容赦なく彼とその軍団を照り付ける。
こうして、セルテ侯国の攻勢はひとまず振出しに戻った。
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