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192縦深防御

※前回の「191現状の把握」にて、兵数を少し修正しました

「まぁ、なんだ。今回は……いや今回も侵攻を受ける側だ。

 兵数では劣るのは確かだが、防衛側の方が有利ではあるはずなので、やり様はいくらでもあるだろう」

 攻め手セルテ侯国軍の数がハイラス領の防衛兵数を上回るだろう、という予想で沈んだ空気の会議室にて、これまた難しい表情を浮かべながら老騎士ホーテン卿が呟いた。

 シンとしていたのでこのつぶやきは室内に響き、憂い顔だった者たちの雰囲気が幾らか和らいだようだった。


「なぁ、スプレンド。そうであろう?」

 何気ない一言があまりに周りへ影響を与えてしまったので、ホーテン卿は少しだけ心許ない気分になり同意を求める。

 ホーテン卿も騎士として長い軍役に着く者ではあるが、戦争の実践という意味ではまだまだひよっこだと自覚がある。

 なにせ、大陸西側に広がる旧レビア王国文化圏では、もうかれこれ二〇〇年は国家間戦争などないのだ。


 ホーテン卿から話題を投げられたスプレンド卿もまた、戦争経験ではホーテン卿と大差ない。

 それでも準備して他国へ攻め込んだ、という意味ではホーテン卿よりわずかばかり戦争を解っていると言えるだろう。

 そんなスプレンド卿もまた、ホーテン卿に同意して頷いた。

「ええ、今回で言えばそうなるでしょう。

 旧ハイラス伯国がジズ公国へ攻め込んだ時とは違い、侵攻情報が手元にありますからね。

 相手に侵攻の準備時間があるだけ、我々にも防衛準備をする時間があります。

 しっかり準備すれば、この戦力差はモノの数ではないと思いますよ」

 スプレンド卿のしっかとした断言で、会議室の空気はかなり明るいモノへと移りつつあった。


 旧ハイラス伯国とジズ公国の両雄からの言葉を聞き、エルシィもまた「なるほど」と大きく頷いた。

 彼女の経験でも戦争と言えば先のジズ公国の防衛戦しか知らないし、そもそもあれは彼女自身が授かった権能によるゴリ押しのような勝利だった。

 また、前身である上島丈二にしても、戦争の情報を見聞きすることはあっても、自分が参加するような機会は皆無だった。

 まぁ、あったとしても武器からして違う我らの世界の現代戦では、そもそも参考にはならなかったろうが。


 ともかく、解らないことは自身で独断すべきではない。

 ならどうすべきか。

 解る人に相談するか、解らないなりにもみんなで考えればいいのだ。

 会社でも散々言われた報連相の相とは、何も部下から上司への一方通行ではないのである。

 そう考えて、エルシィは口を開いた。

「それでは具体的な防衛計画についてですが、どうするのが宜しいと思いますか?」


 この問いに、ためらいなくスッと手を挙げたのはライネリオである。

 旧伯爵家の出来る弟。

 この領都において貧民街改革など実績のある彼は、すでに知将というイメージが浸透している。

 そのライネリオの意見だけに、エルシィは期待して言葉を促した。

「スプレンド卿が先ほど防衛有利とおっしゃいましたが、それはあくまで防衛側の利点を生かした場合です。

 もし平原にて正面から会戦すれば、数の多い方が勝つのが道理。

 であれば、どうしたって防衛側の利点を生かすしかありません」


 まずライネリオは前提の話から入った。

 これは、ここにいる誰もが戦争素人という状況において、必要なシーケンスであると思ったからだ。

 エルシィも理解して頷き先をせかす。

「ふむふむ、というと?」

「防衛側が有利な点。それすなわち、地の利です」


 侵略者が他国に攻め入る場合、当然ならが他国とは自分の土地ではない。

 ということは、その地形や建造物、人口密度、はたまた土地独特の天候変化などなど、とにかくそうした情報が希薄になる。

 これは情報戦が高度に発達した現代においても同様である。

 様々なデータを引き出すことが可能となった現代でも、最終的にその目で見たものこそが最高の情報源となる。ということも多々あるのだ。

 まだ人間の耳目のみが情報源であるこの世界では言わずもがな、である。


 その「地の利」。

 言い換えれば土地の情報があるからこそ、準備万端であればあるほど防衛側が有利となるのだ。


 ライネリオは続ける。

「であれば、その利を最大限に生かして、侵略者を撃滅しましょう。

 すなわちこれ、縦深防御」

 彼の言葉を理解できたホーテン卿やスプレンド卿、また元々将軍府付きの将であったクーネルもまた痛ましい表情に変わった。


 その変化に気付き、エルシィが彼らをキョロキョロ見回す。

「どういうことです? もう少しわかりやすい説明をお願いします」

「もちろん、承知しております」

 エルシィの求めにライネリオが恭しく頭を下げて、満足そうに言葉を続けた。


「まずセルテ侯国軍には国境線を素通りしてもらいます」

「素通りですか!?」

「ええ、素通りです。

 そしてそのままここ領都まで来ていただきましょう」


 ヘイナルがライネリオの意図を考えながら呟く。

「領都に防衛線を張るということですか。

 それなら確かに戦力を集中することはできますが……」

 戦力が相手より少ないのだから、余計に集中は大事である。

 これはヘイナルにも理解できる。

 だが、果たしてそれでは先ほど不利と言っていた会戦とどれほど違うのか。

 確かに領都を覆う外壁を利用すれば立て籠って戦うこともできようが。


 しかして、ライネリオはヘイナル考えを察してすぐに小さく首を振った。

「いえいえ、それでは縦深防御にはなりません。

 この作戦の肝は、進軍して来る敵に道々出血を強いることにあります。

 彼らは進軍するために各ルートで小さな町や村を占領することもあるでしょう。

 そういう小さな戦闘で少しずつ弱らせ、最後に領都でとどめを刺すのです」

次の更新は金曜日です

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