019エルシィの体力づくり
天守見学を心行くまで堪能したエルシィの観光欲は、ひとまず満腹になった。
昼食でカスペル兄殿下に天守の見所などを熱く語り、午後は疲れから半分てろーんとしながらも、またクレタ先生とお勉強だ。
そして翌日。
いつも通り簡単に着飾って兄殿下と朝食を摂り、部屋に戻ってまた着替えである。
「本日はどこを散策なさいますか?」
服の準備の手を止めて、侍女キャリナが訊ねる。
エルシィは返事を考えながらポカンと上を向いた。
あのゲームソフト『レジェンダリィチルドレン』を売った推定女神は、別れ際に何と言ったか。
「その世界のことは、しっかり頼んだよ」
である。
つまりエルシィの役目は、これから起こると思われる、「世界を揺るがすかもしれない事件」を何とかすることだ。
でなければオリジナル・エルシィに「救世主」などと呼ばれるはずがない。
また、『レジェンダリィチルドレン』はシミュレーションRPGだと聞いた。
であれば、その「世界を揺るがすかもしれない事件」に対し、エルシィは多くの仲間を率いて勝利を治めなければならないということである。
説明書も攻略本も無かったため、『レジェンダリィチルドレン』の内容の詳細までは解らない。
なのでシミュレーションタイプも戦略級なのか戦術級なのかも判別しない。
そんな状況でできることは何だろうか。
「とりあえず自軍の戦力と、自陣の地形くらいは詳しく把握しないと」
「はい?」
考えが呟きになってもれ、それを拾ったグーニーは小首を傾げた。
「いえいえ、何でもないのです」
エルシィは慌てて口に手を当てて首を振り、脳内に浮かんだ選択肢に没頭した。
没頭し、その最後に顔を上げて答える。
「ふむ、ならば今日は騎士府の訓練グランドへ行きます」
「見学ですか? 運動ですか?」
エルシィはグーニーからの質問に、「え、その質問必要?」と思いながらもまた考える。
彼女が騎士府へ行く目的は、一つに騎士たちの実力を見るため。二つに自分の体力向上の為だ。
ゆえに、こう答えた。
「見学しつつ、運動です」
「では、先日の乗馬服が良いですね。まだ運動服は出来ておりませんから」
エルシィの考え抜いた答えに、グーニーはニッコリと笑って頷いた。
彼女はただ、この後着替えるべき服の為に質問しただけらしい。
ともかく、キャリナとグーニーに二人がかりで着替えさせられたエルシィは、今日の朝番近衛士であるフレヤを供に騎士府グランドに向かった。
「おはようございます。今日もご苦労様です」
騎士府の入り口を守る警士たちに右手をピッと挙げながら元気に挨拶すると、彼らは少し戸惑いつつも恭しく腰を折って頭を下げた。
「おはようございます姫様。今日も見学ですか?」
「見学と運動なのです」
ふんすと鼻を鳴らして警士と挨拶を交わしているうちに、キャリナが入場の手続きを行う。
そして門と短い通路をくぐり抜ければ、そこはスタジアム然とした騎士府訓練グランドだ。
今日も朝からキビキビとした騎士たちが馬で駆けながら槍を振るったり、練習用の剣を振るったりと訓練に忙しい。
「私は騎士長にご挨拶してまいりますので、エルシィ様はフレヤといてください」
グランド入りしたところでキャリナは少し見まわしてからそう言った。
騎士たちの一動作も見逃さない、とでも言うように目を見開いて眺めるエルシィは、少々上の空の態で応える。
「はーい」
キャリナは小さく溜息を吐いてからその場を離れ、奥で若い騎士たちに槍の指導をしている騎士長ホーテン卿へと向けて歩き出した。
その背を見送り、エルシィはフレヤに振り向く。
戦力見極めのつもりでしばし眺めたエルシィだったが、結果として槍術剣術の良し悪しなど全く判らないことが理解できた。
ではどうするのかと言えば、出来る者に教えを乞うことにしたのだ。
「どの騎士が強い騎士ですか? フレヤならわかるでしょう?」
問われ、フレヤは困ったように頬に手を添え、しばしグランドを見渡す。
そしてゆっくりと人差し指を挙げて一人の騎士を指さした。
「あの方が一番強いですよ」
その指し示す先を見れば、今まさにキャリナと挨拶を交わしている、老騎士長ホーテン卿がいた。
「うん、それは知ってた」
目を細め、何と言えばこの思いが伝わるだろうかと思考を巡らすエルシィだった。
しばし考えながら騎士たちの訓練を眺めたが、キャリナが戻ってくる頃にはエルシィも見極めをあきらめた。
「では、これから体力づくりの運動を始めたいと思います」
「姫様、頑張ってください」
そう宣言するエルシィにキャリナは静かに頷き、フレヤはふんわりとした笑顔で小さな拍手をしながらエールを送った。
とはいえ、何から始めよう。
エルシィはとりあえず準備運動の為に屈伸などをしながら考える。
体力づくりと言えばまずジョギングだろうか。
一通りストレッチを終え、エルシィは深く呼吸を整えた。
「まず軽く走ってまいります!」
そう言い放って、エルシィはグランドの一番外側でジョギングを始めた。
風を切って、ぐんぐんと。
とは、自らのイメージであり、思った以上に足が進まない。
「え、あれ?」
あまりの鈍足に驚愕し、それでも何とか脚を進めると、今度はグランドの四分の一も進んでいないのに息が切れ始めた。
ここ数日、城内探検で少しは歩くことに慣れて来たとは思ったが、それは所詮近所の散歩程度の事である。
病弱でほぼベッドで過ごしていたエルシィの肉体は、彼女が思っている以上に体力がなかった。
グラウンド半周もするともう足がガクガクで進むことも出来ず、エルシィはついに膝を屈した。
「姫様、大丈夫ですか?」
「だ、だ……じょ……」
すぐ後ろを歩いて付いて来ていたフレヤに「大丈夫」と答えたいのだが息が切れすぎて言葉にならない。
そこから五分ほどかけて息を整えたところでまた愕然とした。
息はともかく、足のガクガクが戻らないのだ。
「うそん」
しかもこれからこの状態で、キャリナが待っているグランドの反対側まで戻らなければならない。
たった数一〇〇mがこれほど遠く感じるとは。
エルシィはひとまず諦め、グランドにポテっと寝転がった。
遠くでキャリナがプンスカしているのが見えたが、お嬢様らしく振舞う余裕など毛ほども残されていないのだ。
しばらくするとエルシィが戻ってくる気配を感じなかったため、キャリナの方がこちらまでやって来た。
「エルシィ様、その姿はあまりにも優雅とはかけ離れております。せめて座ってくださいませ」
眉の間にシワを作る勢いで表情をしかめたキャリナが苦言を呈するが、この期に及んでまだエルシィの足は回復しきっていなかった。
なので、てろーんと身を溶かすかの如くグランドに寝そべったまま、今の心境を偽ることなく述べることにした。
「むーりぃー」
それからさらに三〇分ほど時間をかけ、エルシィはようやく歩けるまでに回復するのだった。
明日から5月1日~5日は連休なので更新お休みです
その間、もしお暇でしたら完結済みの旧作をお楽しみください
ぼくらのTRPG生活
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幼女の王国をつくろう
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