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189忍衆からの報告

 男湯の方にも声をかけ、エルシィとその側仕えたちは温泉施設からホンモチ屋敷へとぞろぞろと移動した。

「アベル、ケガの方はどうですか?」

「ああ、だいぶいいよ。もう心配することはない」

「無理しないで痛いなら痛いってちゃんと言いなさいよ」

「わかってるよ姉ちゃん」

 途中でそんな会話を挟みながら。

 この小温泉旅行、何もキャリナの慰安だけが目的ではない。

 まぁ主動機ではある。

 が、魔獣戦で傷を負ったアベルの治療にもこの温泉は良い、と聞いたのもあるのだ。


 ケガに効く温泉と言うと、打ち身捻挫など関節や内的負傷のことを指しそうなものだが、二酸化炭素泉、塩化物泉、炭酸水素塩泉、硫酸塩泉などは切傷などにも効くらしい。

 具体的な作用は解らないが、そういう話はエルシィも丈二時代に聞いたことがあったので納得である。


 と言う訳で湯上りのホカホカな状態でエルシィはホンモチ屋敷の客間へと移動する。

 ここは名前の通り屋敷への来客者が寝泊まりしたり休憩するための部屋と言うことになるが、今回はエルシィたちの荷物置き場や着替えスペースとして利用されている。

 その客間に、先行していた里の者たちが座布団などを整えて待っていた。


「おかえりなさいませにゃ」

 里の女衆数人が深々と頭を下げてエルシィたちを出迎える。

 なんだかそれなりの格式ある旅館にでも来たような雰囲気を感じて、エルシィはふにゃっと表情を緩めた。

「みなさん、ありがとうございます。遠慮なく使わせていただきますね」

 そう言葉を掛け、まずフレヤが、そしてキャリナが入り、その後に続く形でエルシィはようやっと床の間の様な飾りスペースの前に腰を落ち着ける。

 次には静かに続いた各衆がエルシィの前に左右列を作って向かい合いで並ぶ。

 そして最後にカエデと、もう一人壮年のねこ耳男が一番下座の位置に平伏した。


 この男、ホンモチ老の引退で急に里衆棟梁の地位を継ぐことになったアオハダである。

 草原の妖精族(ケットシー)にしては大柄で厳つい容姿の男だ。

 まぁ、あくまで「草原の妖精族(ケットシー)としては」という注意書きが付くので、もっと厳ついホーテン卿をはじめとした騎士や警士と慣れ親しんでいるエルシィからすれば可愛らしくすら感じる。

 ねこ耳とねこしっぽも、そこに拍車をかける要因だ。

「さて、では聞かせてください」

「はっ」

 エルシィの言葉に、アオハダが恐る恐ると言う様子で俄かに顔を上げる。

 隣のカエデはもう平然と頭を上げて背筋を伸ばして正座している。

 そも、この座は温泉に浸かっていたエルシィたちに彼らが持ってきた急報からなる報告会である。

 ともかく彼ら忍衆の話を聞かなければ始まらないのだ。


 アオハダは話を始める。

「セルテ侯国の領都にて、商人たちに食料の供出を求める布告が出ました」

 この言葉を聞き、エルシィは少し考えた顔になる。

 と、同時にフレヤがエルシィの方をちらりと見た。

 エルシィは察して軽く頷いた。

「何か疑問や意見がある人は、どうぞ自由に発言してくださいな」

「では」

 エルシィの許しを得て、フレヤが口を開く。

「それは出兵の準備と言えるのですか?

 何かの災害に対する備蓄を増やしている、などと言うことは?」

「ええ、もちろんそういう可能性もあるかもしれません。

 ですが、我ら忍衆は戦の準備であると判断しました」


「その根拠は?」

 続いて、ホーテン卿が片方だけ目を開けて訊ねる。

 アオハダは背筋を伸ばして矜持を示す様に堂々と答えた。

「我ら里の衆はおよそ一〇〇年、周辺諸国の動きを見てきました。

 そこから比較しますと、災害への救援物資調達、備蓄の強化とはその内容が(ちご)うざいます」

「……なるほど、情報の蓄積からの判断と言う訳か」


 彼も軍務を統括する立場なれば、情報の大事さはそれなりに理解している。

 が、それでも普段エルシィがやかましい程に言う「情報の収集と蓄積」という話には多少辟易していた面もあった。

 ハイラス領でもユスティーナを使って市井の情報を集めるエルシィに「そこまでして何の意味が?」とも思っていた。

 だが、今の話でやっと理解した。


 確かに、何もない時の情報あればこそ、有事情報の確度が変わって来る。


「つまり忍衆から見れば、セルテ侯国の動きは兵糧集めに他ならないという訳だね?」

「十中八九そう思われます」

 考え込んだホーテン卿に変って、スプレンド卿が確認する。

 彼はホーテン卿と違ってつい数か月前に出兵指揮を執っただけあり、より具体的なビジョンが浮かんでいた。

 ゆえに、なるほど、と頷いた。


「他はどうですか? 例えば兵に招集をかけたり、将軍の任命がされたとか」

「そこは現在、手の者が探りを入れております。

 まずは取り急ぎの御一報をと思いまして……」

 主の問いに応えられない心苦しさか、アオハダは恐縮してシュンと顔を下げた。

「ああ、いいんですよ。その判断はとってもハナマルです。

 ホウレンソウ大事ですからね。

 忍衆の皆さんは引き続き情報収集に勤め、何かまた動きがありましたらすぐ報告してください」

「はっ、ご期待に応えて見せます」


 ここまでで今回の報告会は終了となった。

 エルシィは側仕え衆を見回して小さく頷くと、座布団からスッと立ち上がる。

「わたくしたちはわたくしたちで、領都へ戻って対策会議です」

 エルシィに続けと立ち上がった各員は、慌てて「はっ!」と了解の礼をとった。

「では、里の皆さん、短い旅程でしたがお世話になりました。

 ささ、かえりましょー!」

 言葉に従うようにキャリナが荷物から元帥杖を取り出してエルシィに渡し、彼らはその権能によって一瞬にしてハイラス領都へ帰還するのだった。

次回は来週の火曜日です

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