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じょじたん~商社マン、異世界で姫になる~  作者: K島あるふ
第二章 ハイラス鎮守府編
183/462

183アントール子爵領

 消えた大亀魔獣の肉と残った甲羅を眺めつつ、エルシィは首を傾げながら呟いた。

「亀さんの甲羅は何にしたらいいですかね?」

「やっぱり鎧や盾が良いんじゃないか?」

 そう答えるのは実際に短剣をはじかれたアベルだ。

 最終的にフレヤの『真・一閃天衝シュプリーム・コメットストライク』で貫きはしたが、それなりに高い強度はあるだろう。

 重い金属の塊を担ぐよりいくらかはましじゃないか、とアベルは思案した。

「鎧……盾……」

 エルシィもまたアベルの言を受けて「ふむ」と考える。

 そう言えば自分の身の回りに盾を使う人いたっけな? と言うところだ。

「エルシィ様、元ハイラス兵たちは重装歩兵なので、これを使って装備を更新してはいかがでしょうか」

 と、これはフレヤだ。

「おお、フレヤ賢いですね。よく憶えてました!」

 エルシィ自身が忘れていたので余計に「フレヤ賢い!」と、そう思った。

 フレヤは素直に誉め言葉を受けて照れているが、アベルからしたら「こいつらマジか」と言う心境だった。

「重装歩兵、何人いると思ってんだ。

 この甲羅がいくら大きいとはいえ、全然足りないだろう」

 と痛む背中の傷に顔をしかめながら言った。

 ところがそんなアベルの反論に気も留めず、フレヤは目を見開いて応える。

「アベル、酷いケガじゃないですか」

「今更気づいたのか……まぁ大したことない」

 とは言うが、薄暗くてわかりにくいがアベルの顔色も相当悪かった。


 さて、結局のところ上からの助けが降りてこないと帰るに帰れないので、三人はそうしてしばし亀の甲羅を眺めながらやいのやいのと言葉を交わす。

 するともうひとつ、別の声がエルシィの耳に届いた。

「やれやれ、やっと出られるわい」

 それは抜け殻となった亀の甲羅の中から這い出て来た。

 一目で判る、真っ白で小さなウサギである。

「あ、イナバくん!」

 そうだった。

 イナバくんが食べられてたんだった。

 エルシィはポンと手を打って大きく頷いた。

「おお、お主ら、よくやってくれたの。

 おかげで助かった……と、そうそうお主、有資格者じゃったの?」

 前足を持ち上げて横にピンと伸びた髭をスルスル撫でたイナバ翁は、礼を言いつつ急にそんなことを言いだした。

 エルシィも何を言われたか一瞬判らなくて首を傾げたが、すぐ思い至って「ああ」と声を上げる。

「たぶんそうです!」

「……まぁ、たぶんそうなのじゃろうな。

 ワシが見えてるのだからそうなのであろうよ」

 曖昧な返答に、イナバ老はそっとため息をついて肩をすくめた。


「エルシィ、その、あれか? ウサギの神様ってやつか?」

 またぞろ、突然虚空に向かって会話し出したエルシィに、アベルとフレヤはギョッとした。

 が、そこはさっきの例もありアベルがすぐに思い至った。

 エルシィはにぱっと振り返って大きく頷いて返事をする。

「ええ、イナバくんも無事だったようです。

 ちょっと、行ってきますね!」

 言うや否や、エルシィは導かれるように大亀の甲羅へと向かって、たーっと駆け出し潜り込んだ。

「エルシィ様!」

 アベルと違ってイナバ神の話をいまいち理解していなかったフレヤはすぐ心配そうに駆け寄るが、見れば亀の甲羅の入り口あたりで、のぺーっとうつ伏せになって眠るエルシィの姿があった。

「……エルシィ様?」

 フレヤは怪訝そうにエルシィの身体を抱えようとしたが、後ろからやってきたアベルに肩を叩かる。

「たぶん神様と対話しているところだから、そのままそっとしておこう」

 言われ、フレヤは名残惜しそうに指を少しだけワキワキさせつつ手を引いた。



 エルシィが目を開ければ、そこは真っ白な何もない空間だった。

「おお、また精神と時のお部屋」

 確かにそれは、ハイラス伯国主城で一度見た光景と同じだった。

 そう、ハイラスの印綬に触れた時と一緒だ。

「ふむ、来たか。資格を持つ小さき娘っ子よ」

 そんな呼びかけ声に振り向けば、金色の四角い印綬に乗っかった、小さな白ウサギが前足を背に回して立っていた。

「きました!」

 エルシィは元気よく手を挙げる。

 一度見た光景なので困惑はない。

 と言うか、印章がここにあると聞いてから、またこういうことになるだろうと心構えしていたのもある。

 予想通りだったということだ。

「それでは、古式にのっとって継承の儀式を執り行う。

 よろしいな?」

「あい」

 エルシィは神妙に頷いて、イナバ老の挙動に注目した。


「古のリタン・シャリートとの約束に基づき、末裔たる小さき者にこの土地を治めるを任せるものなり……」

 そんな文言から始まる祝詞と舞が始まる。

 それは旧レビア王国建国の神話をなぞる物語だ。

 もっとも、祝詞は古語でつづられているので、さすがの女神翻訳でも所々解からない部分も多くあった。

 この辺りの翻訳精度はどうやらエルシィ自身の、言語や文化への理解深度にもよるようだと、最近判って来た。


 ともかく、しばし続いたその神楽が終わると、前と同じようにエルシィをまばゆい光が取り巻いた。

 儀式の終了である。


「あ! ちょっとイナバくん、待って!」

 と、そこへエルシィは慌てて手を挙げる。

 このまま元の地下室に戻る前に、ちょっとイナバ翁と対話しておこうと思ったのだ。

「……なんじゃい?」

 閉店の片付け中にお客が来た飲食店の店員の如き嫌そうな目で白ウサギがエルシィを見る。

 エルシィは苦笑いを浮かべながら、訊きたかったことを口にした。

「結局、ここも貴族領だったってことですか?」

 そう、印綬にて土地の差配をまさかれるのは、旧レビア王国において貴族だった者たちだ。

 ならば印章がここにあるということは、このアンダール山脈が旧貴族領だったということになるのではないだろうか。

 実際、エルシィの持つ元帥杖で見ることのできる地図では、アンダール山脈をすっぽり囲うように国境線が引かれていた。

 おそらくだが、あの線がそれぞれの旧貴族領を区切る線なのだ。

「あー?

 ……ああー、そうそう、キゾクとか知らんが、確か以前はアントールシシャクちゅうやっこに印綬を渡しとったのぅ」

 深い記憶でも探るように、斜め上の虚空を眺めつつイナバ老が言う。

 シシャク……つまり子爵だろう。

 なるほど、やはりここは貴族領だったのだ。

「というか、貴族を任命したのは神様でしょう?

 なんでイナバくんが知らないの?」

「知らん知らん。

 キゾクとやらは人の枠組みじゃろが。

 ワシらは人に土地を治める権利を認めて印綬を与えるが、その与えられた者が人の社会で何て呼ばれるかまでは知ったことではないわい」

 なるほど。

 こんなところにも人と神との間で意識の齟齬がある。

 因果の順序としては、先に神授があって、そこから神授された者が貴族と呼ばれるようになったということか。


 そのように一通りの会話が終わったところで、今度こそ、と言う態でイナバ翁が光を振りまき、この白い世界を仕舞いにかかる。


 が、またもやエルシィがそれを押しとどめる。

「あいやまたれよ」

「なんじゃい、古風な言い回ししおって。

 というか印綬の継承したらまたいつでも聞けばよかろうに」

 呆れた風のイナバ翁だった。

 継承後は印綬のある場所の近くならイナバ翁はエルシィと共にあるのだ。

 それはハイラスでもそうだったので、エルシィにも判っていた。

「えへへ、忘れるとアレなので」

 まぁ、そういうことであった。

 互いに肩をすくめてから、エルシィはもう一つの疑問を口にした。

「イナバくんて、どこのイナバくんも一緒の存在なの?」

 これにはイナバ翁も一瞬キョトンとしてからニヤリと笑った。

「ふふふ、今までそんな疑問を持つ者はおらんかったが、いい所を突くのぅ」

「そうなんですか?

 今までいくつもの領を一人で継承することってなかったのかな」

「そうでもないが……まぁええ。

 ワシらはの、分け御霊なんじゃ」

「わけみたま……」

 なんかおいしそうな響き、と思ったのは秘密である。

次の更新は金曜日です

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