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じょじたん~商社マン、異世界で姫になる~  作者: K島あるふ
第二章 ハイラス鎮守府編
182/462

182大亀の断末

 甲羅の奥にある大亀の内臓をフレヤの剣がえぐる。

 正確に言えばそれはアベルの八本剣の一つではあるが、今はさほど重要ではないので置いておこう。

 ともかく、フレヤの放った『真・一閃天衝シュプリーム・コメットストライク』が大亀の魔獣に状況を打開する一撃を加えたのは確かである。

 いや、打開と言うか、これが致命傷になるだろう。

 フレヤは深々と刺さった剣を抜かずに、内臓をさらに広く深く傷つけようとグリグリ回す。

 大亀はなんとかフレヤを振り落とそうとジタバタするが、なにせ彼女は甲羅の直上にいるのだ。

 短い亀の手足では届きはしない。

 大亀は首を精一杯伸ばして昏い瞳でフレヤを見る。

 こいつが自身に降りかかった死神か。

 とでも思ったのか、その姿を見止めた途端、その眼は激しい憎悪に染まった。


 その直後、周囲に悪臭がまき散らされた。

「くさっ!」

「くちゃい」

 それぞれが顔をしかめたり鼻を抑えたりと、咄嗟の行動に出る。

 悪臭は例えるなら濃厚な獣臭である。

「なんですか、この匂いは」

 匂いが目にでも染みたのか、フレヤは薄目を開けたような状態で誰に問うでもなく愚痴をもらす。

 エルシィもまた出来るだけ悪臭に晒される面積を狭くしようとでもいうのか、身を縮めて小さく口を開いた。

「そういえばリクガメはピンチになると悪臭をまき散らすことがありますね」

 すべてのリクガメ種がそうなのかはわからないが、エルシィの知るクサガメなどはそうだった。


 クサガメは日本に広く生息域を分布する、三十センチ程度に成長するリクガメの一種で、前述の通り悪臭を発することから臭亀などと漢字表記する説もある。


 そして大亀が苦痛に表情を歪めるフレヤを見ながら、くちばしの先をゆっくりと開く。

 その先にモヤモヤとした冷気の霧が集まり出した。

「危ない!」

 アベルが叫ぶ。

 フレヤは何のことかわからずに一瞬だけ亀とアベルを見て、それからまた大亀の甲羅の奥をえぐる作業へと戻った。


 そうする間に、かの口元には子供の頭ほどもある氷の塊が出来上がる。

 アベルやエルシィがさらなる警告を発する間もなく、その大礫はフレヤに向けて射出された。

 フレヤの身に大礫が迫る。


「ちっ、間に合え! 守勢の剣術(シューベルシルト)!」

 アベルが腕を交差させ、まるでその指から延びる糸で剣たちを操るかのように、引き寄せ、そして放った。

 目標は礫の攻撃目標となるフレヤだ。


 ガッ


 直後、大きな激突音が響く。

 結果を言えば剣の盾がフレヤを守ることには成功した。

 が、それは剣の盾の機能が間に合ったからではなかった。

 つまり、交差して盾を形成しようとする剣の隙間に大礫が入り込むことで、大礫は七本剣に上下左右から串刺しにされるという憂き目にあったのだ。


 それでも結果は結果である。

 フレヤはその情景に肝を冷やしつつも手を止めず、その上でアベルに視線を送る。

「助かりました!」

「お互い様だ」

 二人はそう短い言葉を交わすだけで、各々の役目に戻った。


 さて、その礫がどうやら最後の気力だったようで、大亀はしばしジタバタしたうえでドオと大きな音を立てて床に突っ伏した。


「死んだか?」

 未だ手足がビクビク動いているが、これはまだ生きているのか、それとも生命力の強い爬虫類などによくある死後の反射現象なのか区別がつかない。

 こうした生き物を狩りなれた者なればわかるだろうが、基本、街の子であるフレヤには判らなかった。

 そこへアベルがつかつかと歩み寄りながら、守勢の剣術(シューベルシルト)を解いてフリーとなった剣を一振り握る。

「判らないならとどめを刺してしまえばいい」

 そして、言いながら大亀の首を一気に切り落としたのだった。


「今度は血の匂いが酷いですねぇ」

 先の獣臭がようやく薄れたと思ったら、斬られた大亀の首から血がドロドロと流れ出し、その匂いがムワッと広がった。

 だが、そう言うエルシィの表情は特に嫌悪に歪んでいるわけではなく、何かを考えるようなそんな素振りだ。


「亀さんて、美味しいんですよね……」


 そのつぶやきを聞き、、フレヤ、アベルの両名は驚愕に目を見開いて己の主を見るのだった。


「いや、確かにウミガメは美味しかった」とか「魔獣を食べるのですか!?」とか、そんなやり取りをしている間に、残念と言えばいいだろうか、大亀の身は「シュウゥ……」と音を立てて泡になる。

「何事ですかこれは……」

 心底残念と言う表情で溶け消えゆく亀の身を眺めるエルシィが言う。

 フレヤは逆に心底安心した顔で答えた。

「そう言えば孤児院の先生の話すおとぎ話でも、大昔の魔獣が死して霧となった、と言う例えがありました。

 こういうことでしたか」

 なるほど、魔獣とはこういうものらしい、とエルシィは納得せざるを得なかった。


 そうしてしばし警戒しながら消えゆく亀の肉を眺めていると、数分も過ぎるころには甲羅だけがそこに残った。

「全部なくなるわけじゃないんですね?」

「そういうものらしいですね?」

 不思議そうにエルシィが首を傾げると、フレヤも肩をすくめる。

 フレヤとて、魔獣などと言う存在はおとぎ話や伝説でしか聞いたことないのだ。


 と、アベルはまた八本の名剣の中から一つを拾い上げて二人の前に差し出した。

「この剣は大昔退治された魔獣の牙から作られたと聞いている。

 魔獣の亡骸はこうした素材としてとても優秀らしい」

「なるほどー」

 エルシィはそんなアベルの言に感心しつつ大亀の甲羅を見、そして自分たちが落ちて来た穴に視線を移す。


 この甲羅、どうやって上に持ってけばいいんでしょうね?

 どう見ても、穴より大きい甲羅であった。

次の更新は来週の火曜予定です

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