181一閃天衝
一本、二本と、守勢の剣術から名剣たちが脱落していく。
どれもまだ輝きを失ってはいないが、高速回転する大亀魔獣の圧に押し負けるのだ。
当然、八本剣が数を減らすたびに、大亀はジリジリとアベルを圧迫していく。
アベルももう限界が近い様子で、眉とまなじりを逆立てた。
「エルシィ、逃げろ! そろそろダメだ」
「いえ、こうなればアベルを置いて逃げるなど出来るわけありません。
共に果てましょう!」
そう答えてはいるが、単に逃げ場がないだけである。
モノは言いようと解ってはいるが、それでもこの言葉にアベルは少しだけ胸が熱くなった。
その熱の分、剣の盾は少しだけ強度を増したように思えた。
だが、いくらアベルの強い気持ちが盾に力を与えようが、もはや焼け石に水。
すわ、決壊する。
まさにその時である。
エルシィたちが落ちて来た壁の穴から、何かがまた落ちて来た。
探索や大亀との競い合いでいつの間にか壁の穴から少しだけ遠ざかっていたエルシィは、その何かに対し警戒をあらわにし、咄嗟に元帥杖を向ける。
同時に、一枚展開していた虚空モニターもそちらへと移動した。
暗がりに落ちて来たその何かは人のような形をしていた。
いや、遠回しに言うものではない。
それは紛れもなく人。
そして虚空モニター越しに映る名を見て、エルシィとアベルは少しだけ歓喜の声を上げた。
「フレヤ!」
そう、それは苦し紛れから出たアベルの呼びかけに応え、単身穴へと飛び降りた近衛少女フレヤだった。
「エルシィ様のお呼びに応え、ただいま参上いたしました」
呼んだのはアベルだが、ここはフレヤの都合よい様に解釈させた方がいい。
などと打算したわけではないが、エルシィはそのことに言及せずに頷いて、すぐに大亀の方を指さした。
「フレヤ! ごーです!」
「はい!」
細かい指示など必要ない。
フレヤは視線を回転する大亀に固定すると、すでに左手を添えていた腰の差料をスラリと抜いて水平に構える。
「エルシィ様に仇なす獣め。このフレヤが成敗いたします!」
宣い、フレヤは気合の息を静かに落とす。
その気合が映し出されたかのように、構えた短剣が淡く光を湛えはじめた。
「これは!」
今まで見たことない現象に、エルシィは慌てて虚空モニターを手元に引き寄せた。
期待していた通り、今まさにフレヤを映した虚空モニターが静かに明滅した。
フレヤが大きく一歩踏み出す。
いや、これはもう「歩」などと呼ぶのは全く言葉が足りない。
それは跳躍と言ってもいい。
とにかく、まるで強弓からはじかれた一矢が飛ぶかの如く、フレヤは一直線に跳躍した。
目指す先は当然、未だアベルを攻め続ける大亀だ。
そしてフレヤの身が大亀に触れるかどうかまで接近したその時、彼女が腰まで引いていた短剣を勢いよく突き出した。
『一閃天衝』
そう、虚空モニターにカットインされた。
それは紛れもなく、覚醒スキルの一撃だ。
「死して肉になりなさい」
冷めた炎を目に宿すフレヤの刺突剣術が大亀の甲羅に突き立つ。
ガキン
盛大に、金属音が響いた。
大亀は驚いたか回転をやめて少しだけ飛び退り、昏い目をフレヤへと向けた。
フレヤは、衝撃にしびれる右手を庇うように左手で支え、そして剣の柄を床に落とした。
そう、剣の柄だ。
では剣の刃はどうしたかと言えば、今の刺突撃に耐え兼ね柄と別ち、今、宙をクルクルと舞ってカランと言う音と共に床へ落ちた。
亀の甲羅は今の一撃で、わずかに傷がついただけだった。
「そんなー」
「ダメか!」
エルシィが「ガーン」という文字を背負いながら叫び、大亀の圧から解放されたアベルが悔しそうに膝をつく。
判り易い落胆の図であった。
しかし、そんな中でフレヤは少しも落ち込んではいなかった。
「やはり支給品は脆いですね。城の鍛冶師に喝を入れに行かなくては……」
と、何やら眉を寄せてブツブツ言ったかと思えば、彼女はまたすぐに駆け出した。
目標はもちろん、退いたばかりの大亀だ。
駆け出しつつ、フレヤは床に落ちていたアベルの名剣を一振り拾い上げる。
そして警戒に身構える大亀の眼前まで来たところで、素早く横に飛んだ。
そこでフレヤは目的の一点を見つける。
「ここです!」
そう、先ほど傷つけた一点である。
フレヤは身を捻って手にした長剣を大きく引き、全身を強弓の弦のように使って勢いよく突き出した。
『真・一閃天衝』
そのように虚空モニターにはカットインされた。
フレヤの放った一撃は、かすかについた傷を正確に穿ち、大亀の甲羅を突き破って串刺しにした。
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