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じょじたん~商社マン、異世界で姫になる~  作者: K島あるふ
第二章 ハイラス鎮守府編
180/462

180反攻へのダイブ

「がーめらー、がーめらー」

 エルシィが低い声で、かつ、幾らかの笑いを込めたような声で歌いだす。

 大亀が回転しながら飛来し、アベルはそれを迎えるべく幾本もの名剣を操り防壁を形成する。

 そういう中でエルシィの小さな歌が耳に届くのだ。

 エルシィの気が触れたか。と、またもやアベルはゾッとした。


 だがそうではない。

 単にこのピンチに及んで、エルシィの気は高揚していたのだ。

「おっと、大丈夫ですよアベル。たぶん、これのせいだと思います」

 前に集中しようとしつつもアベルがドン引きしているのに気づき、エルシィは慌てて言い訳をする。

 これ、とは彼女が手にしている元帥杖のことだ。

 どうもこの神授の杖、戦闘に際して持ち主の気分が高揚し、様々な行為に対する忌避感を薄れさせる効果があるようなのだ。


 先日のジズ公国戦役においては、最終的にキャリナの叱り付け声にて我に返ったが、今回はアベルのドン引き顔で戻ることができたようだ。

 危ない危ない。

 行き過ぎるとただの戦闘狂になってしまいそうだ。

 エルシィは小さな左手で自分の頬をぺちぺちと叩いて気分を引き締めるのだった。


 さて、そんな一幕など一瞬で、その間にかの大亀はアベルの眼前まで迫っていた。

 アベルはすでに展開済みの守勢の剣術(シューベルシルト)に力を籠めるよう前のめりになる。

「ぐぅ!」

 回転する大亀が盾のように展開したアベルの七本剣に激突する。

 先の氷礫より強烈だろうと予測して、迎撃用の二本も加えての防御である。

 それでも激突の衝撃は激しいモノで、交差した七本剣は瞬く間にその結束を緩めるように崩壊しかけた。


「まだだ!」

 アベルは咄嗟に食いしばった歯を開き、手にしていた最後の剣を真っすぐに投げる。

 その八本目の名剣が守勢に加わった。

 おそらく大亀の突撃との力比べにおいて、七本剣による守勢はわずかに負けていたのだろう。

 そこに最後の一本が加わったことで、この鍔迫り合いは拮抗へと変わった。

 こうなると後は我慢比べだ。

「ぎぎぎ……」

 エルシィの見る虚空モニターの中で、アベルのスタミナ値がガリガリと減っていくのが見える。

 本人を見れば、今にも崩壊しそうな守勢の剣術(シューベルシルト)を、痛む背中の傷を抑えつつ歯ぎしりしながらなんとか気力で持たせているような有様だった。


 だが、その持久戦はどう見てもアベルが不利だ。

 これだけの戦いを見せているとはいえ、アベルは所詮子供である。

 瞬間攻撃力や突撃力は大人に勝るアベルだが、その小さな身体ではスタミナや根本的パワーが圧倒的に足りない。

 そこへ行くと大亀と来たら、その重量だけでも脅威である。

 その巨体で圧し掛かるだけでアベルやエルシィなどひとたまりもない。

 しかもその巨体を高速で飛翔させるだけの脚力もある。

 また、その巨体を維持するだけのスタミナもあるのだろう。

 こうして要素を並べ立てるだけで、守勢不利なのは明らかだった。


 ではどうすればいいのか。

 簡単に言えば持久戦が破綻する前に相手を倒し伏せればいい。

 しかし理屈は簡単だがそうはいかないのである。


 アベルの剣の舞(シュヴェールダンツェ)が使えれば、あるいは大亀を斬り伏せることもできるかも知れない。

 とはいえ、そもそも地下室が狭すぎて充分な威力を出すだけ剣が展開できないのだから今の状況になっているともいえる。

 また、剣の舞(シュヴェールダンツェ)の為の八本剣は、現在守勢の剣術(シューベルシルト!)の為に使っているというのもある。

 どのみちこのままでは近い未来にアベルとエルシィが揃って押しつぶされる。

 あるいはこの土地の印綬と共にかの大亀の腹におさまることになるだろう。


 一人でもエルシィを守る。

 そう思っていたアベルは、自分の力の至らなさに歯噛みし、そしてここしばらくエルシィを共に守っていた相棒の名を叫んだ。

「ちくしょう、フレヤ何してんだ! 早く来い!」

 それはいつもエルシィ大事で極端なことばかりやらかすフレヤに対する悪態であり、また一種の信頼を込めた言葉だった。


 アイツだったら、エルシィの危機にジッとしているわけがない。

 なら、今この時も、ここに来るために何か方策を講じている最中なのだろう。と。



 その声は、ロープで落とし穴を降りる途上にあったフレヤに届いた。

「ヘイナル! 聞こえましたか!?」

 一番手で降りていたフレヤは微かに届いた声が本当にあったことか判断つかず、すかさずまだ穴の上にいるヘイナルに問いかける。

 だが、折曲がりくねった穴の底からのアベルの声は、フレヤにでさえ首を傾げるほど小さかった。

 ゆえにヘイナルや穴の上にいる者には届いていなかった。

「フレヤ! 何か聴こえたのか?」

「穴の下からの音は上まで届かぬよう作られていると伝え聞くにゃ。

 まぁそうでにゃいと、落とした賊の怨嗟の声で、上に住むワシらが眠れんにゃ」

 ヘイナルが問い返し、ホンモチが首を振る。

 このホンモチの言葉には、ロープ途上のフレヤの怒りに触れた。

「エルシィ様を賊と呼びますか。

 あなた、後で二、三回首()ねますよ?」

「エルシィ様に言ったのじゃないにゃ!」

 ホンモチは落とし穴から立ち上って来た殺気に当てられて震えあがり、咄嗟にそう言い訳した。


 ともかく、主のピンチにこうしてはいられない、とフレヤは意識を穴の下へと移す。

 集中すればかすかにだが、何か硬いもの同士が擦れ合う様な音が聞こえる。

「エルシィ様、フレヤが今行きます」

 フレヤは握っていたロープから手を放し、くねった穴へと身を躍らせた。

次の更新は来週の火曜日です

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