018その頃、日本では
商社とは何か。
大雑把に言うと、何かを仕入れて売る会社だ。
依頼を受けて商品を調達したり、調達した商材で自社商売したり、時には仕入れた商品を使って店舗を企画運営することもある。
爪楊枝からスペースシャトルまで、と言われるように、とても広範囲の商材を扱うのが「総合商社」。
特定の商材を扱うのが「専門商社」。
ただ最近はこの概念もかなりバラつきがあるようで、例えば食品専門の商社が「食品の総合商社」と名乗ってみたりするパターンもある。
さて、関東のちょっとハズレに本社を持つ畑等家物産は、食品と日用雑貨を扱う特に珍しくもない中堅専門商社だ。
その畑等家物産に開拓課という部署がある。
上島丈二が籍を置くのが、この開拓課だ。
開拓課は畑等家物産において少し特殊な位置づけにある。
課の目的は「海外で新しい商材を開拓すること」。
これは商社という畑等家物産の性質上、重要であるように思われがちだ。
しかし、この開拓課は精鋭の集まりであり、また窓際課であった。
開拓課の創設は、畑等家物産を興した初代経営者の肝入りだった。
この課が創設されてから畑等家物産は大いに躍進したものだ。
穀物以外の農作物を細々と扱っていた零細企業から、たった一〇年程度で二流と呼ばれる程度の中規模企業へと成長したのだ。
が、この課の黄金期はここまでだった。
畑等家物産は攻めの時代から守りの時代へと変革し、海外でもアメリカやヨーロッパ、中国と言った取引の大きい国は専門部課が開設され、それ以外の担当とされた開拓課は縮小された。
つまり、畑等家物産では完全新規の開拓はあまり求められていない。
が、かと言って情報収集を完全に止めることは出来ないし、何よりまだ創業者が存命なので潰すのも忍びない。
そんな様々な思惑から残されている開拓課は、畑等家物産内で「有能と思われるが少しはみ出した存在」が配属される課となった。
ゆえに、現在の開拓課は精鋭の集まりであり、また窓際課であった。
期待されているのは、情報収集のかたわら、せいぜい単発の流行性商品を発掘する程度である。
そんな開拓課の課員はというと、課長を合わせてたったの五人である。
さらに言えば基本的には情報収集のために出張している。
ちなみに上記で「それ以外担当」と述べたが、具体的に言えば開拓課の縄張りは「アジア、中東、アフリカ」となる。
アジアと言うと日本人は何かと東アジアや東南アジアを思い浮かべがちだが、その言葉が示す範囲は「ユーラシア大陸におけるヨーロッパ以外」を指す。
つまり開拓課がフォローする範囲は広大なのだ。
その広大な範囲をたった5人で賄えと言うのだから、畑等家物産がいかに新規の開拓を望んでいないかが解るというものだ。
さて、今日の開拓課の事務所だが、いるのは壮年の男が一人だけだった。
視線が鋭い痩せた男は、一人、ただひたすらキーボードを叩きながら報告書を作成する。
「ま、こんなもんかな」
自分以外誰もいない事務所で独り言をつぶやいて手をとめた。
パソコン画面に映る文字列を眺め、誤字脱字が無いかをゆっくりと精査する。
と、その時、事務所のドアを開けて二人の男が入ってきた。
軽薄そうな若い茶髪と、ラガーマンの様にガッシリした中年だ。
「おお、帰ったか」
パソコンから顔を上げた痩せた男は、目元をマッサージしながら二人を出迎える。
ラガーマンはそんな出迎えを少し怪訝そうに見てから疑問を口にした。
「おい、課長はいないのか?」
「課長は昨日からソマリアだ。留守の間は俺が課長代理」
「ソマリアぁ? あんな海賊と強盗しかいない国に、いったい何の用だ?」
「さぁ、海賊にマグロ漁でもやらせる気なんじゃないか?」
軽口を叩き合い肩をすくめる。
そして痩せた壮年の男は、もう一人の茶髪の若者に目を向けた。
「どうだ、海外出張もそろそろ慣れたか?」
「いや、どうっすかね。長くなると、やっぱり飯がちょっと辛いっすね」
開拓課の仕事は前述の通り、海外出張が多い。
と言うかむしろ、海外出張こそ主な仕事ともいえる。
ちなみに発掘した商材が採用された場合、実際の買い付けや実行は別の課の仕事になるので、課員は少なくても問題ない。
そしてこの茶髪、入社三年目でこの課へと配属された指導中の新人である。
「そういや丈二さん、またいないっすね」
ふと、茶髪は課内を見回して不思議そうに首をかしげる。
「確か予定じゃもう帰ってるはずじゃなかったでしたっけ?」
「上島なら何日か前に帰ってきたな。
だが、いないんだから休暇に入ったか、また出張に行ったかどっちかだろ。
この先一週間くらい見ないならたぶん海外だ」
痩せた男は顎を撫でながら答える。
が、ラガーマンが眉をしかめて首を振った。
「おいおい課長代理さんよ。課員の管理も仕事じゃねーのかい?」
「知らん知らん。どうせ課長が出かける前に裁可したんだろ」
「あーあ、また丈二さんとはすれ違いっすか。まだ課員で飲み行ってないの、丈二さんだけなんすけどね」
二人のやり取りを眺めつつ、茶髪は残念そうに首を振った。
「いや、丈二は酒飲まんぞ」
それに対し、ラガーマンはきょとんとして返答するが、茶髪は無邪気に笑って肩をすくめる。
「酒飲むのが目的じゃないっす。コミュニケーションすよ」
「さよか」
「次いつ帰ってきますかね?」
「上島はいっぺん出ると長いからな。最長で二年くらい帰らない時もあった」
「長いっすね! 俺なら耐えられないっすわ。
そんなんで身体壊さないっすか?」
痩せた男の言葉に、茶髪は思わず大きな声を上げた。
だがその心配には、年長二人とも苦笑いで応える。
「あいつはタフだからな」
この中で、いや課員の中で最もタフそうなラガーマンの言葉に、茶髪は困惑しつつ首をかしげた。
彼の知る上島丈二は平均的な身長で、どちらかというと細いタイプの男だ。
とてもタフと呼ばれるようには思えない。
「いや、精神的にタフなんだあいつ。生活の変化とか苦にしない質だな」
そんな疑問符だらけの茶髪を見て、痩せた男は顎を撫でながら思い出す。
「上島の指導担当は俺だったが、あいつ始めから食事の壁に当たった素振りもない。どこ行っても何食っても旨い旨いって喜ぶんだ」
「味障すか?」
「いや舌は結構確かだよ。食品関係でいくつか小さなヒット出してるしな」
「へぇ、有能なんすねぇ」
「つーか図太くて現地に馴染むのが早いんだ。だから情報収集も早い」
「そんなもんすか」
「そんなもんだ。お前も見習え」
「うす、頑張って羊肉に慣れますわ」
茶髪は感心しつつも嫌そうに肩をすくめて頷いた。
「羊肉? まぁ日本じゃあまり食わんわな」
痩せた男はそんな言葉を拾って顎を撫でる。
彼が言う通り、羊肉を日本でよく食べる地域と言えば北海道だが、本州以南ではあまり食卓に上る材料と言えないだろう。
そのせいもあり、彼ら開拓課員が初めにぶつかる食材の壁と言えば定番である。
なにせ彼らが頻繁に行くことになる中央アジアや中東などでは、羊肉は主要な食材と言えるからだ。
今度はラガーマンが口を開いた。
「俺も上島と中央アジアで一緒になったことがある」
若い茶髪は興味深そうに視線を向けて先を促した。
「そこで地元食品メーカーの社長と仲良くなってな、その奥様方に地元料理を教えてもらうことになったんだが、前日に運悪く、街で銃撃戦に遭遇した」
「ええ、マジっすか!?」
「マジだ。政府軍当局が大統領府とやり合ったらしいが、詳しいことはよく判らん。
まぁ滅多にあることじゃねーが、ホントに運が悪かったな。
地元の警察がすぐ駆けつけたから俺たちは助かったが、街は辺り一面血の海よ。
俺はしばらく肉食えなかったぜ」
思い出し、ラガーマンは顔面を片手で覆って首を振った。
「確かお前、帰国してからしばらくカウンセリング通ったよな」
「マジで酷い経験だった」
「で、丈二さんは?」
茶髪は、話の流れから何かあるのだろうと当たりをつけて訊ねる。
「あいつか」
ラガーマンは気を落ち着けるように息をついてから憮然として続きを語った。
「あいつも当日は青い顔してたよ。
だが、次の日はケロッとして、奥様方に料理習っていた。
確か羊の挽肉を使った肉まんみたいな料理だ」
銃撃戦後の血の海を見た後に挽肉料理。
さすがに軽薄ではいられず茶髪もヒクと頬をひきつらせた。
「……サイコパスとかじゃ、ないっすよね?」
「いや、詳しくはないが自己中って事もないし、ダメージが無い訳じゃないみたいだから違うと思う。
入社時の適性試験でも正常だったはずだ。。
上島本人が言うには、昔から慣れや立ち直りが早い質なんだと」
「なんつーか、変態っすね」
「まぁ、変わってることは確かだが、開拓課員とて優秀ってんなら会社は何も言わん」
「でもアイツは変わってるが、良いヤツだよ。身内の為に必死になれる奴だ」
「身内……家族とかですか?」
「あ? あーいや、仲間? かな。
つーか、アイツの家族のことは聞いたことねーな」
話を終え、三人は何とも言えぬ顔で沈黙する。
しばしそのまま嫌な余韻に浸り、大きなため息とともに動き出した。
「さ、無駄話はともかく仕事しよう。俺も見つけてきた商材の活かし方を詰めないと」
「なら俺は夏の査定までにもうひと企画練るとするか」
「手伝うっす」
「いや、お前もそろそろ自分でなんかやるんだよ」
気を取り直し、仕事に取り掛かる開拓課の面々だった。
GW中はカレンダー通りに行きます
つまり29日と5月1日~5日は更新お休みです
その間、もしお暇でしたら完結済みの旧作をお楽しみください
ぼくらのTRPG生活
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幼女の王国をつくろう
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