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じょじたん~商社マン、異世界で姫になる~  作者: K島あるふ
第二章 ハイラス鎮守府編
177/462

177大亀とイナバ翁

「イナバくん? というと……あれか、エルシィにしか見えない白いウサギの神様ってやつ」

「そうそう、それです!」

 エルシィの挙げた言葉でピンときたアベルが困惑顔から一転し納得へと変わる。

「大亀さんの口の奥にいるみたいです」

 続けてエルシィがそんな状況を言うと、アベルは眉間のしわを濃くして巨大亀を睨みつける。

 だが、どんなに真剣に目を凝らそうが、彼には白うさぎ姿のイナバ翁は見えない。

「てことはだ、例の里を治める為の印章が、もしかして亀に飲まれてるってことなんじゃないか?」

「! アベル賢い!」

 なんでこんなところにイナバくんが? と頭が回っていなかったエルシィだったが、そのアベルの言でなるほどと手を打った。


 アンダール山脈にある草原の妖精族(ケットシー)たちの山里。

 その統治にもジズ公国やハイラス伯国にあった様な国璽の印綬が必要らしい。

 だが、その印綬、印章は、現在の里長であるホンモチ以前の代に紛失したという。

 その紛失場所がこの地下のどこかということだった。

 そして、紛失の原因となった「事件の災厄」をこの地下に閉じ込めている。

 という話もあった。

 なるほど、冷静に考えればおのずと答えが導き出されるケースだった。


「つまり、あの大亀さんがホンモチさんの言っていた災厄の魔獣ってことですね」

 エルシィはエルシィで、この世界の常識などがまだ身についていない部分がある。

 なので「なるほどそういうものか」と納得した。

 というか、すでに自分の魂? が上島丈二から離れて異世界の姫に入っていると言いう時点でもうファンタジーなのである。

 ゆえに魔獣だなんだと言われても今更なのである。


 ところがアベルはそうでもないらしい。

「欲しい印章はアイツの腹の中ってわけか。

 くそっ! 魔獣だと? おとぎ話じゃあるまいし」

 穴に落ちる前、確かヘイナルもそんなことを言っていたなぁ。

 と、エルシィはキョトンとした目でアベルを見る。

「アベルアベル、魔獣って何ですか?」

 基本的質問であった。

 アベルもまたキョトンとした顔で片眉を上げ、おかしなモノを見るようにエルシィへ視線を向けた。

「何って……大昔の、それこそレビア王国なんかよりもっと古くからあるおとぎ話によく出て来る怪獣だよ。

 神の力を授かった英雄しか敵わなかったって言う」

「あの亀さんが魔獣なんですか?」

「わかんねー……けど、ホンモチの話が本当ならそうなんだろうな」


 おとぎ話に出て来る恐怖の象徴の様なモノ。

 それがこの世界の人たちに共通認識される「魔獣」という存在だった。

 もっと小さい頃に聞いたお話では様々な魔獣が出て来た。

 エルシィをかばいつつ恐怖の象徴である魔獣から逃げられるのか。

 または印章を手に入れる為に戦わなければならないのか。

 そう、絶望的な気分になっていたのだが、そもそも亀の魔獣というのは聞いたことがない。

 この巨大亀は本当に魔獣なのか?

 そう、冷静になって考えれば見た感じただ大きな亀である。


「まぁどっちにしろ、やるしかねーか」

 アベルは気持ちも新たに、エルシィを背にかばいつつ手にした短剣を正眼に構えた。


「まぁなんじゃ。話は終わったかの?」

「え、まぁ、はい」

 アベルが構えて大亀とにらみ合っているところで、亀の口の奥にいるらしい白ウサギがエルシィに話しかけて来る。

 エルシィもちょっと戸惑いながら答えた。

「ともかくな。こんなところにもう何十年もおって飽きたのでな。

 ひとつ、助けてくれんかのぅ」

「やっぱり大亀さんに飲まれたのです?」

「うむ。飲まれたのじゃ」

「そんな見えるところにいるんだから、自力で出てこれないですか?」

「ワシはまぁ、多少動けるがの。しかしワシの守護する印綬がこやつの腹の中じゃ」

 なるほど。

 ハイラス主城のイナバくんも、あの印綬がある部屋から遠くへ行くことができないと言っていたし、おそらくそういうものなのだろう。

 というかこのイナバくんとあのイナバくんは別なのかな?

 少し、新たな疑問が浮かぶエルシィだった。


 まぁ、それはさておき、会話は続く。

「その大亀さん、魔獣なのです?」

「おお、よう知っておる。

 確かにこやつは魔獣じゃな。

 とは言え、ただ固いだけで足も鈍いし、大したことないヤツじゃよ」

「固いだけで足も鈍くて大したことない……」

 心配ないって言われても、ホンモチ老の話を信じるなら、その大亀が里を襲って混乱したって話なのだから侮れないだろう。

「魔獣は神様の力を授かった英雄しか倒せないって話ですけど?」

 エルシィは先ほどアベルの言ったことを思い出して訊ねてみる。

 イナバ翁はちょこんと首を傾げてそれに応えた。

「敵わんてことはない。まぁそれくらいでなければ倒せんかった魔獣もおったがの。

 それに……」

「それに?」

 イナバ翁は言葉を切って怪訝そうにエルシィとアベルを見回す。

「おぬしらにもティタノヴィアの気配を感じるがの?」

 と、そう言った。

 エルシィはハッとしてアベルに向き直る。

「そうでした。アベルは神孫だし、わたくしは権能を授けられた神授の杖を持っていますね?」


「つまり、オレでもあれを倒せるかもって話か。

 なら、いっちょ試してみるか……」

 エルシィの声しか聞こえていないアベルだが、それでも何となしに会話の内容を察していた。

 そして自分の力も通用しそうだという結論を導き出し、心を決めた。

「お前を倒して、腹から印章を取り戻してやるよ!」

 アベルは短剣を構えて大亀に向かって駆けだす。

 大亀がスペースを占めているので余計に狭い地下室の話だ。

 駆けたとて数歩のこと、アベルは短剣を大きく振って斬りかかった。


 だが、そう簡単ではなかった。


 大亀は素早い動きで前足を持ち上げると、迫りくる短剣の刃を横から薙ぐようにひっぱたく。

 アベルはたまらず、大きく体勢を崩した。

 そこへ、大亀がその嘴を大きく開いた。

「おっとこれはマズい!」

 亀の口の奥にいたイナバ翁が、慌てて喉の奥へと引っ込んで消えた。

 エルシィはその様子に「亀さん、苦しくないのかな?」と場違いな疑問を抱いて首を傾げたが、そもそもイナバ翁が実体を持っているわけでもない。

 そんな事より、彼が逃げた理由に思い至り、エルシィはアベルに向き直った。


「なにか来ます!」

 エルシィが叫ぶ。

 アベルはハッとして一瞬エルシィに向き直り、そしてその視線の先である大亀の開いた口に注視した。

 大きく開いた嘴の辺りに、なにかモヤモヤした白い霧が集まった気がした。

 そしてその霧は、見る見るうちに凝縮していき、ついには子供の頭ほどある氷の礫に変化した。

「あぶない!」

 アベルが急ぎ駆け戻り、エルシィを突き飛ばす。

 そこへ飛来した礫が通り過ぎ、地下室の壁に当たって粉々になった。

「ひえぇ……」

「なにが大したことないだよ、充分こえーよ……」

 二人は礫がぶつかった壁を凝視して震えあがった。

 見れば、その壁は大きくえぐれているのだ。


「あ、もしかしてあの亀さん、霊亀ってやつですかね」

 ふと、思い付いてエルシィはそう呟く。

 霊亀とは古代中国の神話に登場する亀の変化で、四霊、四神、四聖獣などともよばれる。

「なに、知っているのかエルシィ!」

 今は少しでも情報が欲しいアベルが驚きの顔で振り返る。

 エルシィはゴクリと固唾を飲んでそれに答えた。

「氷を使いますし、冷気(れいき)霊亀(れいき)でかけてるのかなって……」

「何を言ってるのかわからねーけど、結構余裕あるよなおまえ」

 全く役に立たない情報で、アベルは盛大なため息をついた。

次の更新は金曜です

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