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じょじたん~商社マン、異世界で姫になる~  作者: K島あるふ
第二章 ハイラス鎮守府編
174/462

174罠

 地下の通路をしばし進む。

 ホンモチは「危ない仕掛けがある」というが、特になんてことない普通の通路に見えるのが逆にあやしく感じてしまう。

 この辺りはもう心持ちの問題かもしれない。

 ともかく、ホンモチの持つロウソクの頼りない明かりで進む地下通路は、なんだか往年のダンジョン探索ゲームを彷彿とさせ、エルシィはウキウキと浮足立った。


「ここまでですにゃ」

 ところがだ。

 本当に短い時間すすんだだけで、突き当りの扉の前でホンモチはそう言った。

「そんなー」

 エルシィは残念感を精一杯表現するような力ない叫びをあげてみる。

 そんな主君の様子は横に置き、側仕えたちは警戒緩めず辺りを見回した。

 正面の扉。

 これは見たままの通りだ。

 古びた両開きの扉だが、黒鉄の筋交いや鋲がたくさん打たれており、いかにも厳重封印された場所という態である。

「ここから先は例の曾祖父の時代から開かずの扉とされているにゃ。

 言い伝えによれば、例の印章を失ったのもこの先で、事件の災厄をも閉じ込めているらしいにゃ?」

「開かずの扉、というと開ける方法がない?」

「開けてはならぬ、の方にゃ」

 ヘイナルが確認するように訊ねると、ホンモチは肩をすくめながらそう答えた。

 詳しいことはホンモチも知らないようだった。

「よくそんな災厄の上に住んでるにゃ」

「逆にゃ。災厄を外に出さぬよう、ワシらが住んでるんにゃ」

 呆れたようにカエデが言うが、なるほど、ホンモチの言うことももっともだ。

 解かれて困る封印であれば、その守り人は必要だろう、ということである。


 そうして突き当りの扉の前で途方に暮れたように周囲を見回していたフレヤは気になるモノを見つけた。

 それは扉の脇で天井から垂れ下がっている編み紐だ。

 例えるなら何かベルを鳴らすための仕掛けのようにも思えた。


「その紐はなんでしょう?」

 フレヤが何気ない風で訊ねる。

 実際のところ、ホンモチやカエデと言った里の人間もいるので、然程危ないことにはならないだろうと高をくくっていた。


 それは油断でもあった。



 フレヤに訊かれ、ホンモチはハッとして紐を見た。

 紐はとある仕掛けを動かすためのスイッチだ。

 あまりにもあからさまな紐なので、ホンモチの知る限りでこれまでその仕掛けに引っかかった者はいない。

 だがどうだ。

 今、この時、この仕掛けを使うチャンスがここにあった。

 ホンモチはそろりと振り向く。

 その目には答えを待つ面々が映った。

 またそろりと視線を下げる。

 確認するのはエルシィや側近衆の足元である。

 イケる。

 そう思い、ホンモチは無言のままに紐を引っ張った。


 バカン!

 という音がした。

 例えるなら馬のレースをする時、スタート合図と同時に開くゲートの音。

 ヘイナルやフレヤはすぐに近衛士の本能に従い、それぞれの得物に手を賭けながら音の主を探した。

 だがそれでは遅かった。

 彼らの護衛対象。つまりエルシィは、その音と同時に開いた床の穴に吸い込まるように落下していく。

 彼らがそれを目にした時はすでに遅く、手を差し伸べることすらできなかった。

 サァっと血の気が引いた彼らの耳に、歪んだ愉悦に染まったホンモチの声が聞こえて来る。

「やった! やったにゃ! これで依頼完遂にゃ!

 こんなあからさまな仕掛けに引っかかるとは何たるおバカさんにゃ!」

 その声にヘイナルの正気が少しだけ戻る。

「フレヤ、確保だ!」

「承知しました」

 ヘイナルの命ずるままにフレヤがぬるりと動く。

 この辺りは意識と関係なく、訓練で刷り込まれた反射の様なモノだった。

 ゆえに、フレヤの頭には血が上ったままだったが、問題なく、いつもの通りにホンモチに迫った。

 もちろん、ホンモチもこの里の長であり、カシラである。

 つまりはカエデやクヌギたちのような体術だって収めている。

 ゆえに、迫るフレヤを迎撃しようと身構えた。


 だが、その迎撃は叶わなかった。

 なぜなら、フレヤを払いのけようとした絶妙のタイミングで飛んで来た(つぶて)によって、気をそらされたからだ。

 礫はカエデによって投げられたものだ。

 その隙はほんの一瞬だが、フレヤはそれを見逃さなかった。

 途端、ホンモチはフレヤに関節を極められたまま組み伏せられる。


「おバカさんは里長の方にゃ……」

 カエデはどうしようもない愚者に同情の視線を向けるように、床に押さえつけられたホンモチを見下ろす。

「何がおバカなものにゃ。

 ターゲットはお前も見た通り奈落に落ちたにゃ。

 あそこに落ちて帰った者は、ワシの知る限りいないにゃ。

 これで依頼完遂にゃ!」

 ホンモチがエルシィを罠にかけたのは、ハッキリ言って魔が差したからだ。

 だがやってしまったものはしょうがない。

 かくなる上は依頼者にかくまってもらい、里の安泰を謀ろう。

 後はこの状況から何とか逃げ出すことだ。

 ホンモチはそう考えながら周囲を見回す。


 あれ? 詰んでにゃいか?


 組み伏せられる自分。

 そこから何とか逃れたとして、前には災厄を閉じ込めたと言われる扉。後ろにはヘイナルやカエデ。

 ここから逃げるのはかなり困難なミッションだと自覚した。

 それでも里長でありカシラである彼には、まだ奥の手もあった。

 何とか逃げおおせれば。


 そう考えを必死に巡らせるホンモチに、カエデが冷たく言い放つ。

「さっきジジィもエルシィ様の()()にされたにゃ。

 ただ言葉の上の誓いだけにゃなくて、何か魔術的な、神がかり的な繋がりを、エルシィ様と持ってしまったにゃ」

「それがどうし……」

 言い返しかけ、ホンモチは顔を蒼くする。

 先ほどエルシィへ行った忠誠の宣誓で、確かにホンモチは何か……いつもと違う何かを感じた。

 言われてみれば、それはエルシィとの繋がりであると判る。

 ではこの繋がりが何なのかと問われても、ホンモチには解からない。


 ぶっちゃけてしまえばそれは元帥杖の権能における家臣化システムの繋がり(ネットワーク)なのだが、そんなことはホンモチもカエデも説明されていないので知らないのだ。


 では、その繋がりを持ったままエルシィが死んだ場合。

 いったいどんな影響が出るのか全く解らない。

 それがカエデが危惧し、ホンモチに当たっている理由であった。

 ことによればエルシィの命が失われた途端、つながる家臣も連座で泉下へ旅立つ可能性だってあるのだ。


 死罪から減じて家臣としてもらった恩。

 これもカエデがエルシィに忠誠を見せる理由だが、エルシィの命と自分の命がつながっているかもしれないという疑いもまた、大きな理由の一つであった。


「言い争っている場合ではない!

 カエデ、下に通じる道……あるいは長いロープなどはないか?」

 そんな硬直してしまった旧主従の会話にねじ込むようにヘイナルが声を上げる。

 カエデはハッとして彼に振り向き、すぐに走り出した。

「ロープ探して来るにゃ!」

「カエデ! さっき片付けた荷物の中にあるはずにゃ!」

 ホンモチもまた、自分の命がかかっているかもしれない事態の深刻さから、組み伏せられたままカエデに声を投げかける。


 と、そこへフレヤがふと気づいてポツリとつぶやく。

「そういえば、アベルがいませんね」

 ヘイナルもまたハッとして見まわす。

「アベルが一緒か。なら、幾らか安心か……」

 二人は、エルシィが落ちた床の落とし穴を見ながら、少しばかり軽くなった胸をなでおろした。

次の更新は来週の火曜です

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