170ホンモチ屋敷にて
里長ホンモチの屋敷に着いたエルシィたちは、まずその玄関にて驚かされた。
いや、驚いたのは一行のうち主に二人だ。
すなわち、ヘイナルとフレヤである。
なぜ驚いたかと言えば、玄関の様式が彼らの知るものとは違ったからだ。
まず、玄関扉代わりの引き戸をくぐり入ると、そこに床がなかった。
いや、地面はあるのだ。
というか地面なのだ。
屋内に入ったにもかかわらず、そこは土を固めた大地であった。
そこがまず驚きポイントだった。
とは言え、驚いたのはその二人で、エルシィとアベルは平然としている。
エルシィはと言えば、この様式をよく知っているからだ。
これはいわゆる土間である。
そしてその土間から幾らか高い位置より板張りの床が作られている。
簡単に言えば外の土埃などを屋内にあげないための工夫である。
この辺りは旧レビア王国文化圏でも特に珍しいわけではないが、ヘイナルたちはあまりなじみがなかった。
なぜなら彼らは都会っ子だったから。
都会の建築物では玄関はこういう構造にない。
特に貴顕が住むような地区であれば、屋外でも舗装されている場所の方が多いためか、玄関を入るともういきなり床なのである。
せいぜい足ふきマットが敷かれているくらいだろうか。
これはどちらかと言えば舗装路も殆どないような田舎に多い構造だった。
ゆえに山の暮らしも経験があるアベルにとってはあまり驚くべきところでなかった。
さて、その玄関で靴を脱ぎ床へと上がる。
ここでもヘイナルたちは少しばかりの抵抗感を覚えたが、主たるエルシィが平然と上がっていくので感情をかみ殺して後に続いた。
「というかエルシィ様、護衛を置いて先に行かないでください」
「あーい」
あまりにエルシィが平然とホンモチ老に着いて行くので、ヘイナルは思わずそう苦言を呈する。
が、エルシィはいかにも聞き流す風の返事だったので、ヘイナルは微妙な気持ちになりながらも、主の前へそそくさと出るのだった。
そうして、おそらく客間であろう部屋へと案内された。
そこもまた、ここまでと同じように床から壁天井すべてが板張りの部屋で、外の明かりが届きにくいのかかなり薄暗い印象を受ける部屋だった。
また特徴的なところと言えば、椅子がない。
その代わり床の所々に敷物があるので、おそらく板の間へ直に座る文化なのだろう。
まぁ、この辺りはエルシィにとってはなじみ深い。
というかエルシィからすれば、ギリギリ武家屋敷っぽくも見えるので「お、やっと忍びの里っぽくなってきましたね」などと考えていた。
ただ、やはりというかなんというか、都会っ子のヘイナルやフレヤには奇異に見えるのだった。
「ふーん、こういうのもありなんだな……」
そんな中、あるがままに感心するのはアベルだ。
彼は若い……というか幼いので、まだまだ頭が柔らかいのだ。
「さぁ、奥へどうぞにゃ」
ホンモチ老がそういうので、やや躊躇しているヘイナルたちを置いてエルシィはズンドコとその部屋へと踏み入れる。
踏み入れ、エルシィは自然と奥の真ん中……上座の位置にある敷物の上に行儀よく正座した。
これにはヘイナル、フレヤは眉を八の字に寄せ、ホンモチ老は「ほう」と感心気な声を上げた。
困惑したとはいえ、ここは主の行動に従うのが良いだろう。
と、ヘイナルたちはエルシィの周囲に座を決める。
だが、彼らは当然正座などしたことがない。
ゆえに、チャレンジしようとして脚の痛さに小さな悲鳴を上げるのだった。
「無理せず、楽に座ると良いと思います」
結局、見かねたエルシィがそう言ったので、ヘイナルは立膝をした胡坐、フレヤが横座りの状態となった。
アベルだけがエルシィ同様に正座できた。
これもまた彼の柔軟さだろう。
ともかく、こうしてやっとエルシィ陣営が落ち着いたので、ホンモチ老は相対する位置にて平伏する。
この場ではカエデもまたホンモチ老の斜め後ろ当たりに座り、同様に平伏した。
「改めてお願い申し上げるにゃ。
此度のこと、すべてワシの指示によって起こったことですにゃ。
なにとぞ、ワシの首だけで収めてほしいにゃ」
これは里を囲う石塁でも聞いた言葉だ。
エルシィは始終ニコニコしたままで、頷く。
「というかですね。
さっきは対外的にああ言いましたけど、わたくし、お爺ちゃんの首も里の人の命もいらないんですよね。
むしろ生きて働いてほしいというのが本音です」
「そ、それは我らを奴隷にするということですかにゃ?」
ホンモチ老は頭も上げることもできないままに戦慄する。
この幼女、恐ろしいことを考えるにゃ。
我ら里の一党を死ぬまでこき使うつもりにゃ。
声には出さないが、ホンモチ老はそう考えて、ちょっとだけブルっと震えた。
もちろんの話だが、エルシィはそんなこと露ほども考えていなかった。
なので、エルシィはホンモチ老の言葉に少々驚いて目を見開き、次にブルブルと首を横に振った。
「まさかまさか。
当然、ちゃんとお給金も払いますし、労働条件だって話し合いたいと思ってますよ」
その言葉にホンモチ老はつい顔を上げる。
表情は困惑に染まり、頭上には疑問符が上がっている。
どうも、齟齬がある。
我らはこの姫君を暗殺しようとしたテロリストで、またこの姫君はそれを断罪しに来たのではないのか?
「さっきも言いましたけど、対外的には罰が必要でしょう。
ですがわたくしは、実質的なところではあなた方に降っていただき、わたくしの家臣として働いていただきたいと思っているのです」
意識の齟齬についてはエルシィも感じていたので、それを埋めるため、彼女はハッキリとそう告げた。
ホンモチ老は唖然とした顔で、しばしエルシィの目を見つめるのだった。
続きは来週の火曜にて




