表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/457

017二つの国宝と一つの家宝

 ヨルディス陛下に招かれて隠し扉に入ると、すぐに昇り階段があった。

 この先が大公家だけに許された天守最上階である五層と言う訳だ。

「足元に気をつけなさい」

 そう言いながら先を行くヨルディス陛下に続いてエルシィも昇る。

 灯りはヨルディス陛下の持つランプと、昇りながら彼女が灯していく壁のロウソクなのでわりと薄暗い。

 だが注意して進めば転ぶほどではなかった。

 少し上ると小さな踊り場とドアに突き当たり、そこを開ければ五層のフロアだ。

「わぁ」

 フロアに出た途端、飛び込んできた陽の光に目を細めて声を上げる。

 少しずつ慣れて目を開ければ、このフロアの様子が判った。

 それほど大きくない円形の一間。

 壁には透明度の高いガラスが嵌められた大きな窓がいくつもあり、天井にも採光の為のドームがあった。

 まだ午前中なので青い空が見えるが、晴れた夜ならきっと星がきれいに違いない。

 エルシィはつい、我を忘れて窓に駆け寄った。

 下から見た時、周りに天守より高いものは、その背に負ったお山だけだった。

 なら正面側の見晴らしはとても良いはずだ。

 ふんす、と鼻を鳴らしながら行ってみれば、予想は当たっていた。

 思った通り、この天守こそが建築物としてももっとも高く、また位置としてもかなり高い場所にあるようで、窓からの景色はまさに絶景と言えた。

 まず遠くを見る視線に映るのは一面の海。

 この国は島国だと教えられたので予想はしていたが、思った以上に海が近かった。

「お母さま、海! 海が見えます」

 この世界に来てからというもの、外に出ても見えるのは背後のお山や城壁。あとは城壁内の建物ばかりだったので、少しばかり閉塞感を覚えていた。

 そこへ来てこの見晴らしなので、エルシィははしゃぎ声で振り返った。

 振り返り、お嬢様らしくないと気付いて急ぎ手を口に当てる。

 そんな様子をヨルディス陛下は微笑ましい様子で見ていた。

「ここには私とあなたしかいません。少しくらい大丈夫ですよ」

 優しい顔でそう言われ、エルシィはちょっと恥ずかしさを覚えつつも、さらに窓からの景色へと没頭した。

 海から視線を徐々に下げると港が目に入った。

 漁船と思われる小さな船がたくさんと、貨物船らしい大きな船が一隻見える。

 さらにそこからお山の裾野に向かって街が広がる。

 港から城に向かって大きな通りがあり、城に近くなるにつれて民家は少なくなっていく。

 これは城の近くだから避けられているのか、単に山の斜面が徐々にきつくなるからなのか。

 そう、そんな山の斜面がきつくなってくる辺りに、この城は立っていた。

 天守から見下ろせばわかるが、この天守と大公館を含むエリア。

 つまりこれまでエルシィが見て回ったエリアは、まだ城の一部だ。

 このエリアを囲む城壁の向こうが一段低くなり水堀がぐるっと囲い、お堀の外側にはいくつかの屋敷や蔵が建つエリアがあった。

「あそこはいざと言う時の食料や武器が備えられている倉庫、あと城に勤める者のうち、比較的位の高い者が住まう屋敷と、司府の合同庁舎があります」

 いつの間にかすぐ後ろまで寄っていたヨルディス陛下が教えてくれる。

 位が高い、と言うからには、内司府や外司府の長などが住んでいるのだろう。

 後は各司府の合同庁舎。

 これは天守一層にあった市役所っぽいところではなく、もっと内向きの事務仕事を行うための事務所の集まりだそうだ。

 そしてそのエリアもまた城壁と水堀が囲われ、その向こうには二段目よりランクが落ちるが、街場よりは立派な長屋の様な建物があり、ここもまた城壁と水堀に囲まれている。

 つまりこの三段すべてを含む場所が城、城内と呼ばれるらしい。

「三段目は警士府庁舎と警士たちの寮などがあります。また自警団の執務所もここにあります」

「自警団?」

 簡単な説明をフムフムと聞きながら、新たに出てきた固有名詞にエルシィは首を傾げた。

 警士と言うのはすでに聞いている。

 この天守や他の建物の前で門番しているのが警士府の警士たちだ。

 他にも国の治安維持や公共の建物、道路などの普請もするらしい。

 では自警団とは?

「自警団はその名の通り、街の人々が自発的に組織している治安維持組織です。

 国の治安維持は警士府の仕事ですが、正直、それだけでは人手が足りないのです。なので自警団に協力していただいている、と言う訳です」

 なるほど、江戸時代の十手持ちみたいなものか。

 とエルシィは納得した。

 丈二の持つあやふやな知識によれば、銭形平次の様な十手持ちは江戸の町の治安維持に従事していたが、基本的には武士ではなかったそうだ。

 ともかく、そうして城と街の話を聞いたら、今度は裏手の窓に寄って山を見る。

 形だけ見れば富士山の様な単独峰だ。

 この山の周りに低い山岳群があるにはあるが、この山だけが突出して高い。

 そして城は、この山の裾野、標高で言えば四分の一辺りの位置にある。

 つまり天守の窓から見ても、まず山腹が目に入り、身を乗り出して見上げ初めて山頂が見えるという有様である。

 そんな山の中ほどに、不自然に立派な建物があった。

 標高で言えば中ほどの辺りだろうか。

「お母さま、あれは?」

 訊ねれば、ヨルディス陛下はすぐに頷いて答えてくれる。

「あれはこの山の守護を司る焔の神、ティタノヴィア様の祠です」

 祠、と言うよりは社殿とでもいう方が良い規模に見えるが、大公陛下が言うのだからアレは祠なのだ。

 あと焔の神と言ったか。

 焔とは炎とおおよそ同じ意味の言葉だ。

 山の神様が炎の神様ってことは、このお山は活火山なのかもしれない。

 そうエルシィは納得気味に頷いた。


 さて、一通り窓からの景色を堪能した後、気づくとヨルディス陛下は五層フロアの中央へと進んだ。

「エルシィ、こちらへ来なさい」

 手招きされて近寄る。

 フロア中央には祭壇とでも呼べそうな装飾が施した台があり、その上にいかにも宝箱と言う風合いの小箱と、同じ様な風合いの長細い箱があった。

「お母さま、これは?」

 コテンと首を傾げて訊ねると、ヨルディス陛下はニコリと笑い、無言のままに小箱の方に手をかけた。

 ゆっくりと開いたその中には、綿を内包した赤いビロードのクッションと、その上に鎮座する金色の小さな四角い塊が、二つ乗っていた。

「レビア王国とジズ公国の国璽です」

 静かに、そして厳かにそう告げられてマジマジと見る。

 国璽とは、簡単に言えば国の代表印である。

 国家が発行する正式文書などに押印するのに使うが、これ自体が国主の証としての役割を果たす場合もある。

 つまり、この二つがここにあるということは、先日のお勉強時間に聞いた歴史の通り、この国は現在『ジズ公国』であり、また滅亡した『レビア王国』の正式な後継国であることを指し示すのだ。

「ほうほう」

 エルシィは感心気に顔を寄せて頷く。

 もちろん触れたりはしない。

 観光地でこの様な宝物を見る機会はいくらでもあるが、普通は接触禁止が常識だ。

 エルシィも勿論それをわきまえているので、見るだけで満足した。

 そして堪能したことを悟り、ヨルディス陛下は小箱を閉じる。

 閉じて、続きもう一つの長細い方の箱を開けた。

 こちらも同じようなビロードのクッションが敷き詰められており、その上には一振りの杖が鎮座していた。

 (かしら)にはクラウンの様な飾りがつき、黒い本体に紅白の飾紐が巻き付く立派な拵えだ。

 クラウン部分の天辺には炎を図案化したような印が彫り込まれている。

 長さは五〇cmくらいだろうか。

「これは元帥杖と言われる、大公家に伝わる最も重要な家宝です」

 ヨルディス陛下は杖を恭しく手に取って、良く見えるように両手で掲げた。

 それだけで、なぜか神々しい後光がさすように、母の身体が眩しく見えた。

 ヨルディス陛下は続ける。

「かつてジズ大公家がレビア王国の家臣だった頃、王家血族の役目としてレビア王国軍の統帥権を任されていました。

 その証がこの元帥杖であり、レビア王国の国璽と共に、我らこそがレビア王国の正統なる後継者であることを示す物なのです」

 統帥権とは、軍部における最高位の指揮権限の事である。

 ジズ大公がこの統帥権を与えられていたとすれば、レビア王国において相当の信用が置かれていた証でもあるだろう。

 さすが、レビア王国に最後まで付き従っただけの事はある。

 統帥権を大公家に与えた古のレビア王には、先見の明があったと褒めてあげたい。

 そう、エルシィは偉そうに何度か頷いた。

「また伝説によれば、元々この杖を王家に与えたのは焔の神であったともされています」

 エルシィは感心気にまた頷き、その神々しさに溜息を吐いた。

 こうしてエルシィにとって夢のような天守観光は終わった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ