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じょじたん~商社マン、異世界で姫になる~  作者: K島あるふ
第二章 ハイラス鎮守府編

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169シノビ

 アンダール山脈のとある谷にひっそりとただずむ山里。

 名前は特にないが、その民たちには『山里の民(アンドラン)』という呼び名が与えられている。

 とは言え、その名を知るのは旧ハイラス伯国やセルテ侯国の支配階層のごく一部である。

 その『山里の民(アンドラン)』が危機に晒されていた。

 当然、晒しているのは現ハイラス領の鎮守府総督閣下であり現ハイラス伯でもあるエルシィだ。


 カエデを含むエルシィの一行と里長であるねこ耳老人ホンモチは、突っ込んだ話をすべく里で一番大きなホンモチ屋敷へと移動することとなった。

 そうして移動する直前、ホンモチ老はため息交じりにねこ耳若男クヌギへ冷たい視線を送る。

「おぬし、カエデに勝てると思ったにゃ?」

「なっ! カエデなど所詮は一〇歳にも満たぬ童ではにゃいか。

 この俺が勝てぬなど!」

 カッとなったクヌギがそう答えかけるが、実際についさっきカエデに不意を突かれてナイフを突きつけられたところである。

 あれはどう見てもクヌギの負けだ。

「たわけ。カエデが性別と年齢だけで刺客に選ばれたと思っていたにゃ?

 カエデはすでにおぬしら若手の中では一番のつかい手にゃ」

 先ほどの背筋が凍るようなカエデのナイフを思い出し、クヌギはもう「ぐ(にゅ)(にゅ)」と唸るしかなかった。


「へぇ、カエデは強いのですねぇ」

 ホンモチ老を先頭にして里を歩きながら、エルシィは感心したように隣を歩くねこ耳メイドに語り掛ける。

「エルシィ様? このフレヤ、カエデなどの後れを取るモノではありませんよ?」

 と、カエデが返事するより早くそう口を挟んできたのはフレヤである。

 嫉妬だろうか。それともただの自己顕示欲だろうか。

 言ったフレヤはやけに堂々と胸を張ってフンスとしている。

 カエデはそんな主従のやり取りに呆れたような息を吐いて答えた。

「そのねーちゃんの言う通りにゃ。

 確かにあたしはこの里の若手では出来る方らしいにゃ。

 でもそれはあくまで密偵の技の話にゃ。

 密偵の技は潜み、聞き、逃げる技。時には寝首を掻くこともあるにゃ。

 けど、正面切って正々堂々戦えば、騎士や剣士には負けるのは道理にゃ」


 そういうものか。

 とエルシィは感心しながらその話を聞き、そして何気に浮かんだ当然の疑問を口にする。

「それでは『何でもあり』なら?」

「状況にもよるけど、『何でもあり』なら負けないにゃ?」

 この言葉にフレヤはたれ気味のまなじりを吊り上げながら気迫のこもった声を出す。

「私をただの剣士と思うなよ」

 フレヤは近衛府に就職するまでは正式な剣術など学んだこともなかった。

 早くに親から離れて生きて来たフレヤの技は、どちらかと言えばカエデたちに近いのだろう。

 ただそれは険しい山脈で鍛えられたか、多くの人の暮らす街で揉まれたかの違いである。

「おお怖いにゃ」

 カエデはあまり本気に相手していない態で、そう肩をすくめた。


 その後はしばし無言となったので、エルシィは山里の景色に意識を移す。

 山脈の中の谷に作られた集落だけに、平地らしい平地はあまりない。

 緩やかな斜面だった場所を削って段々になるよう整地することで得た狭い平地には各々の住まいを建て、より急な斜面に同じようにして作った平地にはわずかばかりの畑が作られている。

 建物は里を守る石塁と同様に、石をセメントの様なつなぎを使いながら組み上げたものが多いが、中には木造の物もあった。

 たまに鹿などの山の獣を処理した大きな肉が軒先に吊るしてある家もあるが、あれは狩人の家だろうか。


「こうしてみると、何の変哲もない山里ですねぇ。

 とても忍びの里とは思えません」

 エルシィがまだ上島丈二だった頃、仕事で中央アジアなどに何度か行っているが、そうした高原の山村に雰囲気は似ていると思った。

 もっとも文化的な違いはあるのでそっくりそのままではもちろんないが。

 それでも「人間が暮らしていく山村」と考えるなら、そう大きな違いはないだろう。


 そんな何気ないエルシィのつぶやきを拾って首を傾げる者がいた。

 案内人として先頭を歩くホンモチ老である。

「シノビ……ですかにゃ?」

「あ……」

 つい口に出して言ったことに気付いてエルシィは苦笑いした。

 その上で、えーと、とちょっと考えながら説明する。

「さっきカエデが『潜み、聞き、逃げる技』って言ってましたでしょう?

 なのでそれらをまとめて『忍ぶ技』と」

「おおなるほど。さすが一国を治めるお方ともなると幼くとも気の利いたことをおっしゃいますにゃ。

 シノビ……なるほど、我らの本質を例えるにちょうど良い言葉かもしれませんにゃ」

 えらく感心するホンモチ老であった。

 実際のところ、おべっかも含んだ賞賛だったのだろう。

 しかしこれまで彼らを利用してきた為政者たちは、山里の機能以上のことに興味を持たなかった。

 ゆえに「アンダール山脈に住む者」という意味で『山里の民(アンドラン)』と呼んだのだ。

 そこにこの新たな呼び名である。

 ホンモチ老は「今度のハイラス伯は今までとはちょっと違うな」と、少し好印象を持ったのだった。


 まぁ、エルシィの実際の思惑はともかくとして。


 とは言え、ホンモチ老の一番揺るがない本心は、これまでとかわらず「いかにアンダール山脈を挟む両国の間で今まで通りに生き残りやって行くか」というところにあった。

 先ほどエルシィからは「暗殺未遂の(とが)で、里の者はことごとく死罪」と言われているだけに真剣である。


 そうしている間に集落の建物の中では特に立派な造りをした屋敷が見えて来る。

 これこそが里長にして『山里の民(アンドラン)』を率いて来た里長ホンモチ老とその家族が住まう屋敷。

 そして今回、山里の行く末についてエルシィと話し合う議場である。

次は金曜日です

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