162出発までの
「ところでエルシィ様?」
さぁこれから『ピクトゥーラ(画像表示)』で移動しようか、というところで、ヘイナルが思い出したように主へ声をかける。
「はい? なんでしょー?」
エルシィも「なにか忘れ物でもあったかしら?」とばかりに、考え顔で応じる。
だが、彼の口から出たのは、期待したモノとは全く違う、恐ろしい考えであった。
「護衛任務放棄の二人に何か罰が必要と存じますが、いかがしましょう」
二人とは当然、フレヤとアベルのことだ。
エルシィからすれば二人の離脱は自分が許可したことなので、これ以上のお咎めはなしとしたいところであった。
が、ヘイナルに言わせれば「主に言われたからと言って護衛をやめるようでは近衛失格」なのだそうだ。
まぁ、考えれば当たり前である。
主を守るのが近衛の、何より優先すべき仕事である。
だというのに主の指示に漫然と従ったがゆえに、その主が危険にさらされたら本末転倒だ。
彼らが離れているすきに暗殺未遂が起こった今回などがいい例である。
もっとも、暗殺未遂事件についてはまだ話していないので、フレヤやアベルは知る由もない。
ゆえに、罰と聞いてギョッとしたフレヤは、少し期待を込めたウルウルとした目でエルシィを見た。
エルシィはそんな期待に苛まれながらも冷や汗に似た水分を背に感じ、ギギギと音が鳴りそうな具合でヘイナルへと顔を向けなおした。
「そ、それはヘイナルにお任せします。
わたくしではその……加減が判りませんし」
「なるほど、そういうことであれば承知いたしました」
その返事にヘイナルも納得したと重々しく頷き、そして彼はそのままとても冷めた感じの目を二人に向けて沙汰を下した。
「二人には後日、ホーテン卿の元で騎士府の新兵特練を受けてもらいましょう。
そうですね、あまり長くても任務に支障が出ますから、別々の時期に1週間ずつということにします。
いいですね」
「はい!」
言い渡された二人はゲンナリしながらもキビキビと敬礼しつつ返事をし、ついでになぜかエルシィもビシッと敬礼してコクコク頷いた。
さて、そうして一通りここでしなければならないお話が終わったところで、いよいよ出発である。
「『ピクトゥーラ(画像表示)』!」
エルシィが気を取り直して元気よく元帥杖を振るうと、何もない宙にはお馴染みの虚空モニターが一つ浮かんだ。
続いてエルシィがちょちょいと画面を操作して、ナバラ市府を映し出す。
場所としては太守館兼市府庁舎となっている二階建ての広い建物の前だ。
「エルシィ様、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
と、そこへ真剣な顔でフレヤがしゅたっと手を挙げる。
「どうぞ?」
またもや中断されたが、エルシィは嫌な顔ひとつせず振り返る。
この態度には無意識下の「山登りを先延ばししたい」というエルシィの心理が働いていると言っても過言ではない。
山の里へは行きたいが、その前に壁として立ちふさがる登山には、あまり乗り気ではないのだ。
もちろんエルシィの身体が上島時代のそれであれば、何も杞憂は無いのだが。
そんな主の心情を知ってか知らずか、フレヤは「エルシィ様は怒ってない」と受け取って少しホッとしながら訊きたかったことを口にする。
「今更なのですけど、何をしにナバラ市府へ?」
言われ、エルシィは「おお!」と小さな声を上げつつ、ポンと手を叩く。
そう言えばフレヤとアベルはヘイナルにお説教されていたので、まだ何も知らないのだった。
ちなみにヒレやが帰ってくる前にカエデは家臣登録している。
カエデも自分と里の一族の命がかかっているとあれば、エルシィに忠誠を誓うに否はなかったので、このやり取りはとてもスムーズに行った。
ちなみに現在のカエデの忠誠心パラメーターは、やや高い寄りである。
先にお述べた通り、いろいろかかっているので、エルシィに仕えて挽回する気に満ち溢れているからだろう。
という訳でエルシィはフレヤとアベルに説明しようと口を開いた。
開き、何と言おうか迷ってもう一度口を閉じる。
もし素直にすべて打ち明ければ、アベルはともかくフレヤの方は納得しないだろうと思ったからだ。
たぶんフレヤの直情傾向であれば、すぐにでもカエデに斬りかかる恐れすらある。
なので、心苦しいがエルシィは重要な事件についてはやはり黙っていることにした。
「えーとですね。
実はカエデと彼女の出身地である里の人たちは、特殊な技能を持った人たちだと先ほど判明しまして。
話し合いの結果、これから家臣となってもらうようスカウトに行くつもりなのです」
なぜその特殊技能について判明したのか言わないだけで、特に嘘言っていない。
これを聞き、フレヤとアベルも納得して大いに頷いた。
「なるほど! それで先駆けてカエデが家臣入りしたわけですね。
カエデ、これからはエルシィ様のためによくよく励むのですよ」
「……はいにゃ」
急に先輩風を吹かすように言い出すフレヤに、カエデは少し釈然としないような顔をしつつも素直に頷いた。
こうして共通理解が出来たところで、やっと出発と相成った。
エルシィが「とんでけー!」としながらフレヤやアベル、キャリナ、カエデを飛ばし、続いてヘイナルとエルシィが共に行く。という段取りだ。
そういう訳で自分たちの移動の番となり、エルシィはヘイナルが担ぐ背負子に気付いた。
「ヘイナル、それは?」
ナバラ市府でお土産でも買って里にでも持っていくのかしら?
と首を傾げながらエルシィが問う。
だが、ヘイナルは当たり前という風に頷いてからその背負子をエルシィに向けるようにして膝をついた。
「さ、エルシィ様。こちらへ」
「た、助かります」
言いたいことがないでもないが、それでも自分の脚で山道を行かなくてもいいという事実が勝った。
エルシィは感謝を口にしつつ、そっとその背負子に腰を下ろして、シートベルトのように縄で自分の身をくくるのだった。
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