161両属
国境の近くに街があった場合、その街は果たしてどのような発展をするだろう
当然、国境のこっちとあっちにある国同士の仲にもよるだろう。
良好な関係を築けているならば、流通拠点として一大経済都市となるかも知れない。
逆に緊張状態であれば、侵攻、または防衛のために軍事拠点として発展するだろう。
大軍が駐留する都市、と言うと物々しく薄暗い印象を持つ人もいるだろうが、軍人も所詮は人間である。
彼らは食べなければ生きていけないし、嗜好品や娯楽だって欲しがるだろう。
つまり軍の駐留拠点となった街は、大きな消費市場となるのだ。
ではこれが村落規模になるとどうだろうか。
例えば侵略側の考えの一例を出してみよう。
防衛戦力や防衛施設を整えた城塞都市を攻めるのと、あってせいぜい逆茂木程度で戦力など殆どない村。
攻めて橋頭保を築くなら、さぁどっち?
というお話である。
答えはおのずと導きだされるだろう。
そんなわけで、自国防衛の観点からすると国境付近の村落守備は頭の痛い問題であるが、それ以上に頭が痛い思いをしているのは当の村落住人である。
そうした村落は戦争の度にあっちの国こっちの国と盗られ合う訳だが、当然、所属が代わってハイ終わり、とはいかない。
敵国陣として攻められるのだから、当然ながら略奪される。
侵略側としては、食料なり嗜好品なりを、敵国にワザワザお金を払って買ったりしない。という訳だ。
戦争の度にそうして代わりばんこに略奪されてはたまったものではない。
ではどうするのか。
と、そこで国境の村落が考え出したのが「両属」であった。
つまり、どっちの国にもいい顔しておき、やってきた軍の所属に合わせて掲げる国旗を付け替えるのだ。
これは我らの住む世界でも度々見られた、歴とした生存戦略である。
さてさて、件の山里の話である。
カエデの出身地であるその山里は、今しがたの対話で明かされたことによれば代々のハイラス伯やセルテ侯からの依頼を受けて、あれこれ情報収集したりという仕事をしていたらしい。
実際、カエデを使ってエルシィ暗殺を仕掛けたくらいなのだから本当なのだろう。
その里が、ハイラス領、セルテ侯国、両属だったという話である。
まぁ、おそらくだが、両属の理由が微妙に前述とは異なるだろうが。
「両属なのだったら、両方の領地でしょう。
『ピクトゥーラ(画像表示)』で映っても良くないです?」
上記の様な事情を踏まえ、エルシィはぷくっと頬を膨らまして愚痴った。
キャリナは「確かにその通りだなぁ」などと思いながらも、国事軍事に明るく無いので黙ったままヘイナルに視線を向けた。
ヘイナルは少し困ったように笑って肩をすくめた。
「両属とは言いますが、そのやりようは『どちらにも属さない独立勢力』とも見ることが出来ます。
駐屯すれば明日にも敵を招き入れるかも知れないでは、無邪気に自領土とは呼べませんよ」
「うー、でもでもー……」
そんなヘイナルの言に、何とか抗しようとするエルシィであった。
ヘイナルは苦笑いのまま、付け足すように口を開ける。
「そもそもその区別をしているのは元帥杖ですし、ひいては権能をお与えくださったティタノヴィア様の区分です。
ここでゴネても仕方ないでしょう」
まったくの正論である。
システムの仕様にここで文句言ったって仕方ないのである。
「むぅ」
もちろん、エルシィも解っている。
解ったうえでグダグダしているのだ。
その心は「山登りはもうコリゴリだよぅ」である。
「……自分の脚ではほとんど登ってないくせに」
主の暗なる心情を読み取り、ヘイナルは小さく呟いた。
街へ繰り出し反乱分子相手に少しだけ運動してきたフレヤとアベルが会議室に戻ってくると、なにやらキャリナに差配されるメイド隊がせわしなく行ったり来たりしているところだった。
不思議に思いつつも二人は優雅にお茶を頂いているエルシィの前に並んで跪く。
「すべてつつがなく終了しました。
生きている者はホーテン卿が騎士府に連行しましたので、いずれ報告があると思います」
やりきった顔でフンスと鼻息荒く報告するフレヤの目は「さぁ褒めて!」と物語っている。
対し、どうもここを出た時との雰囲気の違いに、いくらか焦りを覚えるのがアベルだ。
彼は嵐の到来に、身を竦めて待ち構えるように、ただ黙って身を縮めた。
そしてその嵐が二人を襲う。
「フレヤ、アベル!
近衛たるものが揃って主の前から消えるとは何事か!」
二人の頭には特大のゲンコツ。
普段の優し気な雰囲気などどこへやら。
鬼の形相となったヘイナルに、フレヤはハッとなってシオシオになった。
捨てられた子犬の如きその姿に、エルシィも思わず「まぁまぁ」と言いかけた。
が、ヘイナルの顔を見ればそんなことも言い出せなかった。
行って良し、と言ったのは紛れもなくエルシィだったので、ここで口出せばヘイナルのお説教が飛び火してこないとも限らないのだ。
エルシィは路傍の石ころの気持ちになって、ジッと静かに、お説教を傍観者の立場で聞くのだった。
そうしている間に準備は整い、一行はアンダール山脈へと旅立つこととなった。
「まずはナバラ市府に飛んで、ついでにクーネルさんの太守っぷりを見物しましょう」
さっき任命されたばかりで、太守っぷりも何もないだろ。
と、口には出さず突っ込む家臣たちである。
次回は金曜予定です




