160にんじゃを雇いたい
忍者とは!
……などと賢しく解説するまでもなく、読者諸兄らにはお馴染みだろう。
ただここでエルシィにとって最も重要なことだけ、既知であろうとは思うが簡単に述べさせていただきたい。
すなわち、忍者とは諜報活動に長けた者たちである。
カエデが語った『山の一党』について、エルシィは目を爛々と輝かせた。
なぜか。
別にエルシィの中身である「少年の心を持った中年男性」の琴線にヒットしたからではない。
今、エルシィが喉から手が出るほど欲しいと思っていたのが諜報機関だったからだ。
現状、領都下の情報については何とかなっている。
というのも、ユスティーナを経由して、街に散る吟遊詩人や大道芸人たちから様々な話が集まるように整えられているからだ。
他にも、非合法活動についてもコズールが動くことで幾らかは集まっていた。
足りないのは近隣周辺諸国を探る組織なのだ。
だがスプレンド卿やホーテン卿、はたまた外司府長など国務に付いていた者に訊ねても、そういった組織の話はついぞ出てこなかった。
そこへ来て『山の一党』である。
時のハイラス伯やセルテ侯の依頼によって諜報や工作活動に従事したという、まさしくエルシィが求めていた組織だ。
まぁ、国務の重鎮たちが知らなかったのはなぜか、という疑問はある。
だが、それはおそらく国主領主レベルの機密であり切り札だったのだろう、というのがエルシィの予想だった。
今回の様な暗殺にも従事するなら、それを知る者は出来るだけ少ない方が良いに決まっているのだ。
さて、ここまでで述べた通り、エルシィはこの組織機関をどうしても欲しい。
ならばどうするべきなのか。
エルシィはしばし頭を悩ませる素振りでコメカミを両手で抑えたり、腕を組んで天井を仰ぎ見たりしてから、カエデにこう訊ねた。
「カエデさん。あなたのやったことは、現法制に基づいて裁いた場合、間違いなく死罪にあたります。
また、狙ったのが国主、またはそれに準ずる立場であるわたくしなので、一族郎党にその罪が及ぶことも考えられます。
……ですよね?」
言うだけ言って、途中で不安になってエルシィは側近たちに目を向けた。
キャリナもヘイナルも、揃って「当然です」という顔で大きく頷く。
一応、国主を頂点とした王政ではあるが、当然に法はある。
それは主に貴顕一族の権益を守るものと、市井の治安を維持するための法だ。
そこに即して考えれば、国主暗殺など未遂であっても許されざる罪である。
エルシィも国政に携わる以上、そのことは一通り勉強している。
とは言え、促成栽培的な詰め込み学習だったのでちょっと記憶が不安になったのだ。
まあ、最側近両者の同意が得られたので、どうやら問題はなかったようだ。
ホッと胸をなでおろして、エルシィは再びカエデに顔を向ける。
ただ、カエデだけは不安げに首を傾げていた。
彼女もまたエルシィとたいして変わらない年齢だったため、難しい言い回しで理解しずらかったのだろう。
エルシィは言い直す。
「えとえと、つまりですね。
わたくしに毒を盛ったので、普通だとあなたとあなたの里の人は全部死刑なのです」
カエデは納得した顔で辛そうに頷いた。
「……自分の、そして里の人たちの命を救いたいですか?」
「! ……許してくれるのにゃ!?」
当然、一族郎党根切りになるのだと悲観に暮れていたカエデは、一転、驚きに顔を上げた。
エルシィは意地悪そうにによによと笑い、これに答える。
「もしカエデさんと里の方々がわたくしの話を聞いて頷いてくれるなら、死罪もろとも一度棚上げしても良いと思っているのです」
「それは……どうすればいいにゃ!」
一縷の望みが提示され、カエデの目に生気が戻った。
「まぁ、決めるのは里長さんになるんでしょうね。
ひとまずカエデさんは先にわたくしの家臣となって里までわたくしたちを案内してください」
「分かったにゃ。里にはアタシが案内するにゃ」
それしか助かる道がないのなら。
と、カエデは覚悟を決めた顔で頷いた。
「でも、道は険しいにゃ。エルシィ様は大丈夫かにゃ?」
「だーいじょーぶです!
わたくしにはこれがありますから!」
返ってきた問いに、エルシィは自信満々の顔で元帥杖を誇らしげに掲げるのだった。
結論から言うと、エルシィの目論見はもろくも崩れ去った。
当然だがカエデの家臣登録では何の問題も発生しない。
ではなにが、どの目論見が崩れたかと言うと、里への道行きの話である。
エルシィは元帥杖の権能を使って里までひとっ飛びするつもりだったのだ。
これまでも散々使ってきた『ピクトゥーラ(画像表示)』では、自陣とさだめられた範囲であればどこでも映すことが出来る。
そして映し出された場所であれば、虚空モニターを通して、瞬時にその場所に移動できるのだ。
現在のエルシィの自陣はと言うと、ジズ公国領と旧ハイラス伯国領。
なので、当然ながらカエデの言う山里も行けると思っていたのだ。
山脈のどのあたりなのかについて、カエデに案内させようと思っていたのである。
ところが、だ。
勇んで虚空モニターを呼び出し山脈内の里付近をズームしてみれば、そこは他領の地域と表示され、飛ぼうとしても『マップが未登録の地域です』とメッセージが出るだけだった。
「あれ? なんで山の里が映らないですかね?」
エルシィは困惑気味に眉を寄せて、身体ごと傾ける勢いで首を倒した。
キャリナとヘイナルも顔を見合わせて「解らない」と首を振る。
『ピクトゥーラ(画像表示)』の詳しい仕様を知らないカエデも、当然キョトンとした顔で疑問符を浮かべるばかりだ。
と、そこへ尋問の向こう側でポツンと毛布にくるまって寝かされていたユスティーナが、呂律の回っていない舌でポソっとつぶやく。
「もひかして、りょうろくらとらめなんらないれすか?」
誰もが一瞬、何のことかと思いポカンとした。
「そうか、両属か!」
その中で、いち早く彼女の言を正確に把握できたヘイナルが納得気味に声を上げるのだった。
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