016天守見学(後)
すでにエルシィたちが天守見学をすることは連絡が入っており、番所で簡単な入門手続きをするだけで中に入ることができた。
手続きなどと大げさに言っても、名前を書くだけの全く簡単なモノである。
「ヨルディス陛下は四層の執務室でお待ちです。
四層以上を陛下が自らがご案内するとのことですので、三層まではご自由に見学下さい」
受付でその様に案内されて内部に入る。
するとそこはただ広いオフィスであった。
まず、すぐ正面に受付用のカウンターがずらっと並び、その後ろには執務机を並べ書類の処理や図面の作成などをしている様子が見える。
例えるならば市役所の市民受付階のような感じだ。
そんな広いオフィスの一番奥に昇り階段が見えた。
二層に行くには、この広いオフィスを通り抜けて、あそこまで行かねばならないようだ。
「仕事のお邪魔じゃない?」
「大丈夫ですよ。ここは仕事上、あちこちの司府員が出入りしますから、姫様が通るくらいなんてことないはずです」
ヘイナルのそんな言葉に頷きながらも、邪魔をしない様にソロリソロリと進む。
「いざ戦となり天守に攻め入られた場合、ここが最終防衛線になります。ここに兵が詰め、敵兵を迎え撃ちます」
歩きながらもヘイナルが解説してくれた。
つまり戦になるとこのオフィス机はたちまち片付けられ、斬り合いの舞台になるということだ。
そして二層へ上がる。
この階段も、上から仕掛けを発動させると板が下がって坂状になるらしい。
ドリフのコントか!
とエルシィは心の中でツッコんだ。
さて、二層は一層に比べてガランとしていた。
少数ながらに人はいるが、どうやら彼らは警士府の者らしく、壁際に備えられている弓矢や長槍の点検をしている。
「二層は一層に侵入した敵を攻撃できるようになっています」
そう言うヘイナルの指示する床を見ると、所々に取っ手が付いたフタがあった。
近くにいた警士に招かれてフタに近づくと、警士はそのフタの一つを静かに上げる。
するとそこは一層の天井に通じる穴になっていた。
この穴から一層を長槍で攻撃するそうだ。
「弓矢はどうするのですか?」
壁際を見れば、備えられた武器は長槍だけではなかったので訊ねてみる。
「弓は窓から、天守に接近する敵を打ち下ろすのですよ」
壁際へと案内されると、確かに弓矢を外へ射かけるための覗き窓がいくつもあった。
二層からまた階段を上ると今度は三層だ。
三層はこれまでと打って変わり、階段を上るとすぐ扉があり、門番がついている。
「いらっしゃいませ姫様。この階層は内司府と外司府がいらっしゃいます」
そう言って扉を開けてくれた門番に礼を言い進む。
扉の内には短い廊下と、正面、右、左と三つのドアがあった。
「奥が四層へ向かう階段で、左右は内司府と外司府の執務室ですね」
ヘイナルの言葉に、エルシィは解ったような解らなかったような曖昧な表情で頷く。
「エルシィ様、解らないことは聞いておいた方が良いですよ?」
そんな表情を読み、キャリナが振り向かぬままにそっと呟いた。
もちろん三人が近くで歩いているのだから、この呟きはエルシィだけではなくヘイナルにも届いている。
が、そこは出来る護衛の嗜みとして、聞こえてない振りだ。
エルシィはむにっと自分の顎をついて少しだけ考えると、すぐさま疑問を口にした。
「内司府や外司府って何でしたっけ?」
聞いた憶えはあったが、詳しいことは忘れたのでもう一度聞くことにしたのだ。
キャリナが答える。
「内司府は国内の様々な手続きを行う司府です。一層はほとんどが内司府下の司が執務をしているのですよ」
税金や商業の許認可を行う財司や、漁業や水運の調整を行う水司などがあるそうだ。
「対して外司府は外国とのやり取り、国内外の典礼祭事を取り仕切ります」
外務省と宮内省みたいなものか、とエルシィは納得した。
つまりこの三層には、解りやすく言えば内務大臣と外務大臣のオフィスがあるということらしい。
そして三つの扉の最後の一つが、四層へ続く階段を閉ざすための物と言うことだ。
もちろん今は戦時ではないし、大公陛下から許可を得ているエルシィを締め出す扉ではない。
三人行列は内外司府を素通りして、階段を上った。
四層には一つだけ扉があり、ここにはヘイナルと同じ詰襟を着た二人が守っている。
ヨルディス陛下の近衛士だ。
ヘイナルより年配の近衛士たちはエルシィの顔を見て略式の敬礼を送ると、一人は振り返り扉を軽く叩いた。
「なにか」
扉の内からそんな声があり、答えて近衛士が言う。
「エルシィ様がお越しです」
内部でしばしのやり取りがあったのだろう。少し待つと「お入り頂け」と小さな声が聞こえた。
「エルシィ姫、どうぞ」
恭しく近衛士たちが扉を開けて内へと招く。
ヘイナルがちらりと中を見遣り、同僚の近衛士たちがいることを確認して扉の内側に控える。
キャリナもまた内側をしばらく進んだ後に、横にずれて控えた。
前を進む壁がなくなると正面が良く見えるようになった。
正面には黒檀の執務机があり、その席に着いた大公陛下ヨルディスが優しい顔で微笑んでいる。
また彼女の後ろには大きな鳥を図案化した旗が飾られていた。
「ヨルディス陛下、お会い出来て嬉しく存じます。また、本日は天守にお招き頂き、ありがとう存じます」
朝、キャリナと打ち合わせた通りに挨拶の言葉を述べれば、ヨルディス陛下は微笑ましそうに頷く。
「良く来ました、エルシィ。ここから先は私が案内しましょう」
そして執務机から離れると、優雅な動作でエルシィを招いた。
どうしたらいいかな?
と、躊躇しつつキャリナを見上げれば、「行って良いですよ」と目で頷かれる。
エルシィはコクンと固唾をのんで、出来るだけ優雅に見えるようにゆっくりと母ヨルディスへと歩み寄った。
ヨルディス陛下を執務机の横で守っていた近衛士が少し下がり跪き道を開けてくれたので、エルシィは特に障害なく母の元へと辿り着く。
ヨルディスは静かにエルシィの手を取ると、執務机の後ろに飾られていた旗へと向かった。
向かい、旗を手繰ってから、その後ろの壁を押す。
するとそこに隠れた扉が現れた。
「ここから五層へ向かいます。ここから先は大公家の者だけが入ることを許される璽印の間です」
ヨルディス陛下のそんな言葉に、エルシィはのほほんとした顔で頷いた。
国宝の展示室みたいなもんかな。ちょっと楽しみだ。
と、気楽に考えていたせいだ。