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じょじたん~商社マン、異世界で姫になる~  作者: K島あるふ
第二章 ハイラス鎮守府編
158/462

158任命責任

「まず最初に、キャリナが戻る前にわたくしから聞いておきたいことがあります」

 会議室の扉をちらっと見て、エルシィがそう言った。

 これからねこ耳メイド改め、ねこ耳暗殺者カエデの背景を訊ねて行こうという段の、最初の言葉である。

 キャリナはしびれ毒薬に罹っているユスティーナの為に、毛布と水を取りに行って席を外したままだ。

 すでに幾らかの時間かけて話をしているので、もうしばらくもすれば戻って来るだろう。


 つまり、彼女に聞かせたくない話、ということになるだろうか。


 これを聞いて近衛ヘイナルは小さく眉を寄せた。

 キャリナと言えばエルシィの最側近であり、ヘイナルと共にエルシィの秘密を知る者でもある。

 その彼女に聞かせたくない話とはいったい何なのか。

 怪訝に思いつつも、興味惹かれる話題であった。


 はたして、エルシィは最初の疑問を口にした。

「カエデがこの暗殺を命じられた、あるいは志したのはいつですか?」

「……最初からにゃ。ここに採用されるのも、計画のうちだったにゃ」


 なるほど、とヘイナルは大いに納得して頷いた。

 この話をキャリナに聞かせたくなかったのは、何も彼女の情操に気を使ってなどという話ではなかった。

 つまりは責任の所在について、デリケートな問題だからなのだろう。

 カエデなど、エルシィの近くに侍るメイドや侍女の採用はキャリナに一任されているのだ。

 そのキャリナの採用したメイドが事件を起こしたとなれば、これは任命責任者として裁かれるのが普通であろう。

 それが暗殺未遂ともなれば、最悪、連座で死罪を賜ってもおかしくない。

 長いことエルシィの側で共に仕えて来た相手だけあり、ヘイナルの心は陰鬱な雲に覆われるのだった。


 ところがエルシィの考えは、ヘイナルやカエデのものとはまたちょっと違った。

 それは、この後に彼女が発したこの言葉でもよくわかる。

「はぁ、そうですか。わかりました。

 ではこの後からまた色々と訊きますけど、その点だけは『雇われてから』と言うように話を合わせてください」

「……は?」

 これにはヘイナルもカエデも予想付かなかったようで、充分な時間を経てから間抜けな声で答えることになった。


 つまりである。

 エルシィはキャリナに任命責任を問うつもりは全くなかったのである。

 これは何も「仲間だから甘やかしている」というつもりではない。

 そもそもエルシィは「任命責任」という罪を、中世的で野蛮な風習と考えていたゆえの発言であった。


 採用担当者が採用段階から不正を目論み、その為に都合の良い人材を登用した。

 というのであれば、もちろん話は別だ。

 そうなれば採用担当が罰せられるのは当然だろう。

 ところがほとんどの採用担当者はそんなことを考えて人材登用などしない。

 当たり前である。

 一部の者を除き、ほとんどの者は自分の労働に対して()()()()は善良で、出来れば効率よく仕事を果たしたいと思っているものだ。

 その為にはどうすればいいか。

 その方法の一つはこうだ。

 出来るだけ有能な新人を発掘して登用し、教育するのだ。

 新人が育てば、自分の仕事はより楽になる。

 そして()()()人間が増えることで、より高度な仕事にも着手できるというものだ。


 つまり普通の採用担当者というのは、そういうことを考え、その時々でベターな人選を以て採用するのである。

 結果的に被採用者が不正や事故を起こすことはあるが、それをもって「お前の見る目がなかったのが悪い」などと罪を問うのはいささか酷だろう。


 ヨーロッパに「友の裏切りなど、神に守ってもらうくらいしか方法はない」とい諺がある。

 信じて採用した者が裏切るなど、予想できるものではないのである。

 そもそも、裏切られると思っていたら採用しないのである。


 と、それがエルシィの考えであり、彼女にはキャリナを任命責任で罰するつもりはさらさらなかったのだ。

 それでも、世間の目というものがある。

 ゆえに、ひとまずその世間の意見を軽減するためにも、カエデの暗殺事始めを改ざんしてしまおうと思ったのだった。


 結果の為に事実を改ざんするというのも厳密に言えば罪ではあるが、まぁそこはエルシィも別に法の番人や聖人という訳でも無し。

 多少のことは為政側の人間として、ことをスムーズに運ぶには必要なことと割り切っていた。

 キャリナほど出来る侍女をこんなことで失うのは、ひいては国益にならないのだ。


 人によってはこれを「ブレ」というかもしれない。

 だが、一元的な善悪を切った張ったしつつバランスをとって行かなければ、国家組織の運営などやっていけないのである。

 それもまた、エルシィの思想であった。


「フレヤがここにいなくて良かったですね」

 そうした主君の思いを汲み取り、ヘイナルは思わずそう呟いた。

 フレヤという人物はとにかくエルシィ第一主義者ではあるが、その考えはちょっと浅く、とにかくエルシィに対する極端な善悪を裁こうとする傾向がある。

 もしこの場に彼女がいたら、ちょっとややこしいことになった可能性が高い。

「ええ、幸いでした」

 エルシィもヘイナルの考えを察して、そう頷いた。


「もっとも……」

 そこへヘイナルが何気なく言葉をつづける。

 これはため息交じりの、とても残念そうな情感がこもったものだったので、エルシィは気になって振り向いた。

「近衛が二人して護衛対象から離れるなんて、むしろフレヤの方が罰を受けなければならないでしょう」

「そ、そちらはヘイナルにすべてお任せします」

 離脱許可を出したのは自分だったので、少々冷えた汗を背筋に感じつつも藪蛇にならぬよう、余計なことを言わずにゆっくりと顔の位置をカエデに向けて戻すエルシィだった。

 自分は自分の仕事をちゃんとしよう。

 今はカエデの話を聞いて、事の始末をつけることだ。

 そう、エルシィは見たくないモノに蓋をして、気持ちを切り替えた。

カエデの話までたどり着きませんでした(;'∀')


次回更新は金曜予定です

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