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じょじたん~商社マン、異世界で姫になる~  作者: K島あるふ
第二章 ハイラス鎮守府編
156/462

156しのびよる……

 薬湯を飲みながらホッと一息。

 そういう場面ではあるが、虚空のモニターに映っているのは反乱を企てた連中の捕縛作業である。

 物々しいことこの上ない。

「ふぅ、これで国内の治安はひと息というところですかねー」

 薬湯の苦みを楽しむかのような弱い笑いを浮かべ、エルシィはそう呟く。


 実際にはエルシィへの不満を持つ者は他にもたくさんいるだろう。

 エルシィの治世は以前のハイラス伯たちの治世から比べてとても、おおよそ善政と呼べるだろう。

 だが、悪いところが良くなるとはいえ変化は変化である。

 いくら善政を敷こうと、変革を伴う以上、すべての人がもろ手を挙げて歓迎するとは限らないのだ。

 それでも、そうした不満が小さいうちは、ほとんどの人がその不満を心に押しととどめて生活してゆく。

 今回の集会に来ていたような、過激な手段に訴えても元の御代に戻そうなどという者は稀である。

 ゆえに、この反乱分子たちを抑えた今、国内の治安問題はひと段落できたと言えるのだった。

 あとは今回捕縛した者たちの手下の中で、特に気概のありそうな者たちを各個に潰していく作業となるだろう。

 それは、まぁほぼ騎士や警士たちの日常任務と言える。

「さて、それではわたくしたちも通常業務に戻りましょうか」

 しばし虚空のモニターを眺めていたエルシィは、薬湯の器が空になったところでそう言って、モニターを閉じて立ち上がる。


 いや、立ち上がろうとしてよろめいた。


「あれ?」

 自分の四肢に力が入らない、と言った様子で半立ちのままテーブルに肘をついたエルシィを見て、キャリナが慌てて駆け寄ろうとした。

 しかし、彼女もまた、急に眩暈を覚えたかのようにしゃがみこんだ。

 そして薬湯を飲み干したユスティーナは、その光景を驚き目を見開きつつもテーブルに突っ伏したまま、起き上がることが叶わなかった。

「ふふふ」

 会議室にいる四人中、三人が行動に困難をきたしたのを見て、ほくそ笑む者が一人。

 それはねこ耳メイドのカエデだ。

 彼女は慎重な足取りでエルシィの傍らまで歩み寄りながら、お仕着せの長いスカート下にベルトで止めてあったナイフを抜く。

「エルシィ様も他の皆様も、お疲れの様子ですにゃ。

 しばらくの間、のんびりした方が良いにゃ。

 ……あたしが、いい霊泉に送ってあげるにゃ」

 顔には疲れ果てたかのような暗い笑みを浮かべ、彼女はそう言ってナイフの刃を確かめる。

 これなら、エルシィの柔肌の下にある太い血管を斬り裂くに、なんの問題は無さそうだ。

 カエデは小さく頷き、万が一にも仕損じないようにとエルシィの背後からそっとナイフを首元へと差し入れる。


 いや、差し入れようとして、その機会を永遠に失った。

「そこまでだ。ナイフを捨てろ」

 カエデのナイフがあと少しでエルシィに届く、というところで、彼女の首筋により大きな刃物が差し当てられたのだ。


 まさか失敗した? そんなことが。

 カエデの脳裏に、これに至った状況に対する考えがグルグルとめぐる。

 ここには四人しかいなかったはずだし、それはよくよく確認した。

 広いとはいえ家具類のほとんどない会議室に、人が隠れるような場所はない。

 会議室のドアはカエデが薬湯を運んで戻った時にちゃんと閉めたし、再び開けたなら必ず音が鳴るはずだが、それは無かった。

 ではなぜ?

 というか、カエデの背後から短剣を突き付けるこの人はいったい誰なのか?

 カエデは恐る恐ると、少しだけ顔を向けてその者を見た。

「誰にゃ!」

 思わずそう声を上げてしまった。

 エルシィの側近衆はほとんど知っているはずだったが、その者の顔を彼女は知らなかったのだ。

 ただ、その答えはすぐに他の者よりもたらされた。

 それは誰であろう、彼女が薬を盛ったはずのエルシィその人だった。

「ヘイナル、ぐっじょぶです!」

 つい今しがたまでヘナヘナしていたはずのエルシィが、椅子の上で仁王立ちして、親指を突き出していた。

「なぜにゃ……」

 今度はカエデの方が四肢の力を失ったように、ヘナヘナとその場にへたり込んだ。



「一つ訊きたいにゃ」

 どこからか現れたエルシィの筆頭近衛であるヘイナルがカエデのナイフを取り上げ縄で縛り上げていると、眉間にしわを寄せたカエデがそう口を開いた。

「一つでよろしいんですか?」

「……とりあえずにゃ

 訊きたいことはいっぱいあるにゃ」

「ふっふっふー、そうでしょうとも。

 これから種明かしタイムです!」

 自分の身にこれから起こること、そして里の家族のことなどを考えると暗くならざるを得ないカエデとは対照的に、エルシィはあっけらかんとした調子でそう答えた。

「……まず、なんで薬湯飲んだのに平気だったにゃ?」

 カエデが用意した薬湯には、エルシィたちの身体の自由を奪う神経毒が混ぜられていたはずだった。

 多量に摂取すれば心臓麻痺さえ起こしかねない毒薬だったが、あまりたくさん入れると薬湯の味が変わってしまう。

 ゆえに身体の自由を奪う程度の量に抑えられていた。

 よしんば、飲んだのが筋骨隆々の健康な大男であれば、あの量では効かないことがあり得るだろう。

 が、特に小柄なエルシィであれば必要十分だったはずなのだ。

 現に、同じ薬湯を飲んだユスティーナは身体の自由を失ったままテーブルに突っ伏している。

 だが、エルシィと、そして最側近と言える侍女長のキャリナは平然とカエデの前にいるのだ。


「それはですねー、飲んでないからです」

 えへん、と腰に手を当ててエルシィが胸を張る。

 この言葉に、カエデの眉間のしわはさらに深くなった。

「そんなはずないにゃ。

 カップは空になってたし、床も濡れてないからこぼしてもないはずにゃ」

「その答えはこれです」

 エルシィは虚空を指でツイっと滑らし、カエデの前まで持って来る。

 一瞬、なんだかわからず怪訝そうな表情を浮かべたカエデだったが、指先が彼女の目の前まで来た時点ですべてを察した。

 そこにあったのは、人差し指ほどの幅まで縮められた、虚空モニターだった。

 モニターに映る先は、どこか判らぬ茂った森だ。

「飲むふりして、ここに捨てたのにゃ」

「ぴんぽーん」

 エルシィが指を直角に振ってそう言った。

 どうやら正解だったようだ。

 そして理解した。

 おそらく近衛ヘイナルも、別のどこかにある虚空モニターに隠れていたのだろう。

「わたくしの分とキャリナの分は間に合ったのですけど、ユスティーナまでは無理だったんですよねぇ」

「ひ()()す~」

 突っ伏したまま、間延びした声で言うユスティーナである。

「まぁまぁごめんなさいって……これ大丈夫ですよね?」

「大丈夫なはずにゃ。

 たくさん水を飲んで半日もすれば抜けるにゃ」

「それはちょうじょうちょうじょう」

「?」

 エルシィの言い回しが意味わからなくてさらにさらに眉間のしわを深くするカエデであった。

 ちなみに重畳、この上なく喜ばしい、とかそういう意味の言葉である。

次の更新は来週の金曜になります

いつもなら火曜ですが、ちょっと健康診断で空けるので……

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