155鎮圧
覚醒スキル。
これまで気付かなかったのか、それとも新たに現れたのか記憶が定かではない。
が、ホーテン卿のステータス欄を確認してみれば、一番下にそういう項目が増えていた。
ついでに、すでに家臣化されている画面中の他の騎士を見てみる。
するとこちらには覚醒スキルという欄がなかった。
つまり、このスキルとやらが生えると出て来る欄なのかもしれない。
「これは、アベルやバレッタのステータスも確認する必要がありそうですねぇ」
エルシィはそう呟いて、ため息をつきながらテーブルに突っ伏した。
「エルシィ様、今ここには私たちしかいませんが、出来ればそういうのはお部屋に行ってからにしてください」
キャリナからすかさずそういうお小言が飛ぶが、全身の倦怠感というデバフを受けたエルシィは起き上がることもできず胡乱な目で呟く。
「またやることがふえましたねぇ……てろーん……ですわー」
「てろーんやめ」
「でも、むりぃ……」
画面の向こうでまだ反乱分子の捕り物が続く中、会議室ではエルシィとキャリナの脱力抗争が続くのであった。
でこぼこ主従のやり取りを冷めた目で眺めていたねこ耳メイドのカエデは、一転、小さく口元を歪めると、一歩前へ進み出て口を開く。
「薬湯を淹れてきますにゃ。少しは疲れが取れますにゃ」
すると、テーブルから顔だけ向けてエルシィが力なく答えた。
「あー、いいですね薬湯。えるしぃやくとうだーいすき」
「もう、お茶を飲んだらお部屋で休みますよ」
「はーい」
キャリナも鬼ではない。
小さなエルシィが働きづめで疲れているのは重々承知している。
ゆえに、休むことに異存はなかった。
さて、画面の向こうでは旧商人の館にてホーテン卿たちの活躍が続いていた。
もっとも、すでに勝敗は決したようなもので、あとは消化試合と言えるだろう。
元騎士フェドートを含む五人の反攻戦力はすでに床に転がっている。
これは立ち上がる端からホーテン卿に転がされているのだ。
「おかしい、この前やり合った時は、こんなに差がなかったはずだ」
数回転がされたフェドートは唖然とした様子で言う。
エルシィたちがハイラス伯国へ攻め入ったあの日、フェドートは騎士府にてホーテン卿と対峙し戦った。
一騎打ちだった。
その時はまだ数合くらいはできたし、かの鬼騎士の斬撃を何度かかわすこともできていたはずだった。
だが今はどうだ。
こちらの斬撃が当たらないどころか、不思議な技で転がされているのだ。
まるで剣を教わり始めたばかりの子供のように。
そんな解せない表情のフェドートに、ホーテン卿はため息交じりに語り掛ける。
「フェドート、あれから何日あった。
俺はその間、毎日剣や矛を振るっていたぞ?
おまえはどうだ」
言われ、唖然とした。
あれから流れた時など長い修練の道からすればほんのわずかだ。
だが、それでもその期間、無為に過ごせば技は錆び付くし、鍛錬に励めば進歩だってある。
そう言われたのだ。
フェドートは自分を顧みる。
あの日までは、スプレンド卿やホーテン卿を目指して剣矛を振るっていたはずだ。
だが、あの日以降はどうだった?
不満ばかりを口にし、武具の手入れすら怠っていたのではなかったか。
これで勝てるはずがあるか。
フェドートは起き上がることも忘れて床に自分の拳を叩きつけるのだった。
とは言え、冷静に考えればホーテン卿の進歩も尋常ではないのだが。
そもそもすでに齢六〇を越えているような、本来であれば楽隠居してもおかしくないような御仁が、ここにきて技に磨きをかけ、新たな技に開花するなど、そうあることではないだろう。
「よし、誰かある! 抵抗をやめた者は捕縛していけ」
フェドートたちの心が折れたことを充分に確認しつつ、ホーテンは、自分自身は残心したまま部下の騎士にそう命じた。
食堂へなだれ込んだ騎士たちのうち、二名が戻り、床に伏した元騎士警士たちに縄をかけていく。
「中の様子はどうだ?」
「抵抗するのはせいぜいチンピラ風情くらいです。
それも剣を使うほどではなく叩き伏せておりますれば、他の者も併せ、おおよそ縛に付いております」
「おおよそ?」
「二名ほど窓から逃げましたが、包囲している警士が捕まえているのを目視しました」
「よろしい。館の探索に数名残して撤収するとしよう!」
こうして、俄かに結成された反乱組織はエルシィにその存在が明かされてから二時間もかからないうちに、その短い一生を終えることとなった。
ちなみに、捕縛された者たちを連れてホーテン卿が撤収する時、こんな一幕もあった。
それは、捕縛された者たちが、縄もかけられず歩くコズールを見た時に起こった。
「貴様、コズール! そういうことか、裏切ったのだな? 我らを売ったのだな!」
それはコズールと同じように小さな不正をしていた元警士だった。
彼はコズールに殴り掛かる勢いで激高したが、当然、縛られているため身動きできず罵声だけとなった。
この叩きつけられた負の感情を、コズールは持ち前の図太さで受け止めると、肩をすくめてこう答えた。
「お前らを売ったのは確かだよ。
でもな、裏切る?
裏切るってのは、仲間だった者にいう言葉だぜ?
俺は初めからお前らを売るつもりで集めたんだから、それは間違いってもんだ」
この言い草に、ホーテン卿を始めとした騎士たちは、ちょっとだけ反乱分子どもに憐れみの同情を抱くのだった。
「薬湯が入ったにゃ。
みんなの分もあるから飲むと良いいにゃ」
そんな顛末を見終わったころ、サービスワゴンを押すカエデが会議室に戻って来た。
彼女の言を証明するように、ワゴンにはお茶の入ったポットと共に三つのカップが伏せられている。
「あら、遅いと思ったら」
キャリナはその様子を眺めて、気が利きますね、とでも言わんばかりに微笑んだ。
と、そこでカップが三つというところに目を止める。
ここにいるのは主君であるエルシィとその家臣ユスティーナ。そしてキャリナとカエデだ。
そうなると一つたりない。
「カップが三つしかないようだけど?」
そう訊ねると、カエデはしれっとした顔でこうのたまった。
「あたしは先に戴いてきたにゃ」
「あら……遅いと思ったら」
同じ言葉でも、さっきとは少しニュアンスが違うようだった。
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