153二階の様子
騎士たちが破城槌で屋敷の扉を破った直後、小柄な二名がその脇からスルッと侵入した。
主君の許可を得て反乱分子討伐に参加した、近衛士フレヤとアベルだ。
二人は玄関ホール正面にある扇状に末広がりな階段の端を駆け上がる。
「フレヤ、人が集まるなら広い一階なんじゃないか?」
その途上、フレヤのすぐ後ろで短剣の鯉口に左手を添えたアベルが問う。
その目は鋭く階段上から二階の踊り場まで走らせながら。
そんなアベルの疑問に足を止めるでもなく、フレヤもまた視線を鋭くあちこちへ走らせながら答えた。
「ええ、おそらく本命は一階でしょうね」
「じゃぁなんで?」
アベルは折り返し、すぐにまた問いた。
たぬき顔のおっとり少女。
そんな容姿の割に、考えよりも行動が先行しがちな猪武者。
特に主君エルシィに対する不敬が絡んだ時の抜剣スピードと言えば、かのホーテン卿も褒めるアタッカー。
それがアベルが思い浮かべるフレヤという人物だった。
なら、「一階が本命」と判っていながら、ホーテン卿の指示に従って二階へ行くのが不可解だ。
それに対するフレヤの答えはこうだった。
「騎士たちがグレイブから長剣に持ち替えたとはいえ、普段から短剣を振るっている私の方が屋敷内での戦いは断然有利です。
おそらく、この局地戦においては私や小柄なアベルの方が上手く立ち回ることでしょう。
とは言え、ホーテン卿に率いられた騎士たちに私たちという異分子が入り込むと、先に言った利点を帳消しにする狂いが出る。
そう思ったので別行動することにしました」
これが戦場であればまた話は別だったろう。
実際、ジズ公国の防衛戦ではフレヤもホーテン卿の指揮下で戦った。
もっともあの時はフレヤだけでなくカスペル殿下の近衛士イェルハルドたちもいたので、彼が上官だったともいえるが。
ともかく野外戦と屋内戦。また攻め手と守り手では戦い方も必要とされる戦術の繊細さも変わって来る。
屋内を攻める戦いは、中でもより繊細な連携が必要となるだろう。
ゆえに、フレヤはあえて本命である一階を騎士たちに任せた、という訳だ。
フレヤがいつになく知的だ!
と、アベルは少々驚きに目を見開いて、一瞬注意をフレヤへと向けた。
あと小柄は余計だ。とも思った。
この時できた隙は、特に何も起こらなかったので事なきを得た。
フレヤは最後にこう付け加えた。
「それにね。私の勘がささやくのよ。
二階に、エルシィ様に不敬を成す阿呆がいるって……」
なんだかんだ言って、結局はそこな。
と、アベルのはなぜかホッとして肩をすくめるのだった。
そんな一幕を挟んで二人は二階へと到達した。
さて、ここからどうするか。別れて探すか?
という疑問を混めてアベルはフレヤを見る。
が、フレヤはこちらを窺うことなく、ざっと視線を二階の廊下へと走らせると、すぐに変哲のない、というか、むしろひと際飾り気のないドアへと向かって駆けだした。
なにか当てがあるのか?
アベルはそう一度首を傾げたが、すぐに考えを改める。
そうだ、さっきフレヤが言ったではないか。
「勘がささやく」と。
つまり、この行動の根拠もきっと勘なのだ。
アベルはため息をつきながらも、フレヤの行動を尊重することにした。
どうせ自分にだって当てはない。
それはそうだ。
フレヤも自分も、エルシィの護衛をする為の訓練はしているが、こういう特殊戦については座学すら受けていないのだ。
なら、フレヤの勘を頼りにするのも一興というものだ。
そういう訳で、アベルは後方や周囲を警戒しながら、フレヤの後を小走りに付いていった。
それほど広い屋敷ではないので、目的のドアには一瞬で辿り着く。
フレヤは然程警戒する様子もなく、すぐにドアノブを握った。
握り、ニヤリと口元を歪める。
アベルからすれば敵地で警戒心が足りないんじゃないか、と思わんでもない。
だが、これはフレヤが正しいともいえる。
反乱分子が集会に使ってはいるとはいえ、ここは元々は中堅商人の屋敷である。
よっぽど命を狙われるような要人でもないかぎり、自分が住まう屋敷に危険な罠や人が隠れるようなスポットを作るだろうか。
普通は作らない。
あって、外からの侵入を防ぐ外壁や門番小屋を充実させるくらいだろう。
よって、フレヤから言わせればアベルの方が警戒しすぎということになるのだった。
そんな多少の意識のズレはさておき、フレヤはためらいなくドアを引いて開いた。
開きながら抜剣するのも忘れない。
そこはどこかで見覚えのある納戸のようだった。
納戸ゆえにカーテンが閉め切られているのか薄暗く埃臭く、そして使われない家具や木箱が所狭しと並んでいた。
フレヤはこれまた迷いなくズンズン進む。
こんなところになにが……いや、誰が?
とアベルが疑問と、少しの楽しみを混ぜ合わせた心持で後に続く。
すると、荷物で仕切られた狭いケモノ道の様な通路の先に、その男はいた。
反乱分子を集めろ、と密命を受けていたコズールだった。
一度は集会部屋である食堂へ戻ったが、襲撃がすぐあることを知ってまたこちらへ隠れていたのだ。
そうか、どこかで見た納戸だと思ったら、エルシィが出していた虚空モニター越しに知っていた訳か。
アベルは妙に納得して、視線の先で繰り広げられる光景を他人事のように見ていた。
「みーつけた」
ニタリとフレヤの顔が歪み、手にした短剣が素早く一閃する。
これが一般人であればこの一撃でたやすく首の頸動脈を割かれていたことだろう。
だがコズールはフレヤの剣をギリギリのところでかわした。
流石に元警士である。
とは言え、その目は驚愕に大きく見開かれ、額からは冷や汗か脂汗かわからない水滴が滝のように流れていた。
「待て待て待て! 俺だ! コズールだ!
……まさか、もう用済みだからって消そうってのか?
ちくしょう、呪われちまえ!」
一太刀を避けたはいいが、このまま戦ったからと言ってフレヤに勝てる心算はコズールにはない。
ゆえにコズールは自棄になって叫ぶ。
「その言葉、誰に向けて言っていますか?」
が、最後の言葉でフレヤの目が愉悦から冷めたものへと変わり、今度は逃がすまいとコズールの胸倉を掴んで引き寄せた。
イカン、これは悪手だった。
コズールは何か起死回生の手がないかと必死で脳を回転させる。
だが、当然ながら工事費をちょろまかすような小悪党にそんな知恵はない。
あるのはただ生き汚い根性だけである。
「いや、ちょっと、言葉の綾だって!
な? 総督閣下が俺を消せって言ったのか?
待ってって! マジで! 一度、閣下と話をさせてくれよ」
エルシィへの要求が入り、フレヤに迷いが生じた。
エルシィへの陳情であれば、フレヤが勝手に却下すべきものではないからだ。
しかし、小悪党の陳情など、エルシィ様のお耳を汚すだけではないだろうか?
ならばコズールをここで始末してしまえば、エルシィ様を煩わせることもない。
では、ひとおもいに。
再びフレヤの短剣がコズールの頸動脈を狙う。
「はいすとっぷー!
フレヤ! はうすはうす。
コズールさんは殺しちゃダメですよー」
その時、どこからかエルシィの声が納屋の中に響いた。
事の経緯を見守っていたアベルが見回せば、考えればわかる通りの答えがそこにはあった。
虚空モニター越しのエルシィが、そこにいた。
そして、とても残念そうな顔で短剣を降ろすフレヤだった。
次の更新は金曜日です




