152突撃
報告会を行っていた会議室ではすでにほとんどの者が退出をし、この城の主であるエルシィとあとは数人が残る空間となった。
つまり、この広々とした間にエルシィの他は侍女キャリナ、楽師ユスティーナ、そしてねこ耳メイドカエデのみという、どうにも寂しい風景となっている。
「とはいえ、今更、執務室に戻るのもなんなので、事が済むまでここを対策本部室とさだめます」
エルシィは、誰に聞かれたでもないがそう言い訳じみたことを口にしつつ、よっこいしょと粗末な会議室の椅子の上に立ち上がる。
「それでは、みっしょんすたーとです!」
大仰に命を下すかの如く、眼下のテーブル上に浮かんだ虚空モニターへ向かって右手のひらを向け、そう宣言。
もちろん左の手は腰だ。
キマった!
とエルシィはほんの数瞬の余韻に浸る。
が、何より、こんなお行儀の悪い仕儀を、誰あろうキャリナが許さない。
「エルシィ様?」
妙に迫力のある笑顔で迫られ、エルシィはスゴスゴと椅子から降りて、ちょこんと座りなおすのだった。
そしてこそっと「『イニティウム』」と呟くように言った。
さて、そんな茶番が対策本部室にて繰り広げられているとは露知らず、現場近くの広場ではホーテン卿率いる騎士たちと、エルシィの権能で先行したフレヤ、アベルの両名が合流する。
「なんだ、お主らも来たのか」
この歳若い両者の顔を見て、ホーテン卿が呆れた声を投げかける。
これにはフレヤもアベルもふんすと鼻息を吐いては、得意げに胸を張る。
「エルシィ様に逆らう不届きな悪人どもには、このフレヤより正義の裁きを与えるようにとのご下命いただきました」
あまりに自信満々に述べるフレヤに、ホーテン卿は目を点にしつつアベルに問う。
「そうなのか?」
だが、当然ながらそんな命令は受けていないので、アベルは少々困惑した表情に代わりながら首を傾げた。
「行っていいよとは言われたけど……?」
ホーテン卿は頭痛を耐えるかのようにこめかみに指を当ててクリクリと揉み解すと、空いた左手で己の得物であるグレイブの柄部分をフレヤの脳天に振り降ろした。
ゴッと良い音が鳴った。
ホーテン卿はため息交じりに説教だ。
「よいかフレヤ。
お主が姫様に高い忠誠心を持っているのは俺もよく知っておるし疑いようもない。
だが、主君の言葉を拡大解釈して捻じ曲げてはいかんぞ?
それは最悪の不敬にあたるのだ」
「き、肝に銘じておきますぅ」
フレヤは頭にできたタンコブをさすりながら涙目でそう答えた。
それからしばらくの時間が過ぎると、件の建物は三〇人以上の警士に包囲され、いよいよ突撃を待つばかりとなった。
「それでおっさん、どう攻める?」
下馬した二〇人の騎士と共に並んだアベルがホーテン卿に訊ねる。
だがキョトンとした顔で首を傾げたホーテン卿は、一転、小さく笑いながらアベルの頭にその大きな手を置く。
「手勢はこちらの方が多く、攻めるべき拠点はすでに包囲済み。敵は殲滅しても困らず、人質も回収すべき宝もない。
こういう状況ではな、逆にとるべき策など大してないのだ」
「……なるほど。つまり?」
「突撃である」
言いつつ、ホーテン卿は得物をグレイブから脇差の長剣へと持ち替えた。
「聞いたな皆の衆。
俺が合図をしたら突撃だ。
出来れば捕えて色々はかせたいところだが、抵抗するなら斬っても構わん。
誰が一番大物を獲るかは……競争だ!」
「おう!」
旗下の騎士たちが返事とばかりに声を上げる。
続いてホーテン卿は指揮外にいる二人へと再び目を向ける。
「屋敷内に侵入したら、おぬしらは二階へ行け。
相手が屋敷のどこにいるかわからんからな。手分けして捜索という訳だ。
なに、それほど大きな屋敷ではない。見つけたら大声で呼べばすぐに駆け付ける」
「倒してしまってもよろしいのでしょう?」
「がはは、がつんと痛い目にあわせてやるがいい」
そんな何か嫌な雰囲気を纏った会話を、黙って聞くだけにとどめるアベルだった。
「準備はすべて整った。
これより反逆を企てる輩を引っ立てに行く。
皆の者良いな? では……突撃!」
ホーテン卿の言葉と共に、獲物を大小の剣になどに持ち替えた騎士たちが屋敷に向かって駆けてゆく。
屋敷、と言ってもエルシィたちが住まう様な伯爵館などとは桁が違って小さい。
庭も屋敷面積を一回り広げた程度の空地があるだけで、扉もない門柱の間を通ればすぐに正面玄関だ。
まず、人の背丈の倍くらい長さのある丸太を、三人の騎士が抱えて先頭を走る。
その丸太は程なくして正面玄関の扉をぶち破るのだ。
激突に際し、ドカン! と大きな音を立て蝶番からして扉が吹っ飛ぶと、丸太持ちの後ろから騎士たちが次々と駆け込んでゆく。
もちろんその中にはフレヤやアベルもいる。
屋敷内に散っていく騎士たちに続いて、二人もまた指示にあった通り、正面のホール階段から二階へと駆け上がった。
そんな様子を一番後ろから眺めながら、ホーテン卿は肩をすくめて小さく笑った。
「二人ともまだまだだな。
この規模の屋敷であれば、二〇人が集まれる間など食堂かホールしかあるまい。
つまり本命は一階よ」
呟き、突撃した騎士たちの後からゆるりとした足取りで正面玄関をくぐるのだった。
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