150騎士出動
「ではエルシィ様、俺を向こうへ送ってもらえますか?」
画面向こうの騎士府グラウンドで、ほぼ出動準備が終わった騎士たちを見てホーテン卿がそう言うと、エルシィはすぐ了解とばかりに頷いた。
そして身軽にもホーテン卿のそばまでトコトコと歩み寄り、側仕え衆にはすでに聞きなれた言葉と共に元帥丈を振るう。
「はいはい、お任せです。とんでけー!」
すると、ホーテン卿の身体が光の粒子を帯びて虚空のモニターへと吸い込まれ、次の瞬間には画面向こうのグラウンドへと現れた。
ホーテン卿は危なげなくグラウンドの土上に降り立つと、振り向いてニヤリと笑う。
「それではエルシィ様。我らの活躍をそこでとくとご覧くだされ」
「あ、準備終わったなら言って下されば、騎士隊ごと現場までお送りしますよ?」
すぐにでも駆け出しそうな騎士たちに、エルシィは慌ててそう告げる。
「とんでけー」の権能を使えば、すでに家臣登録を済ませている騎士たちなので現場まで一瞬で飛ばすことが出来るのだ。
が、ホーテン卿は首を振ってこれを断る。
「それには及びませぬ。
現場へ駆けつけながら街に散っている警士たちを集めますのでな。
なに、それでもすぐ仕事に掛かれますとも」
「なるほどー。では委細お任せしますね。
あ、現地のコズールさんも一緒に成敗しないよう、気を付けてくださいね」
「承知! お前らも解ったな!」
「おう!」
そして騎士たちは、虚空モニター越しに天から降り注ぐ、ユスティーナの奏でる『ワンダバ』を背に、それぞれの駿馬にまたがり騎士府から出動した。
そんな勇ましい出動シーンを眺めながらソワソワし出す者がいた。
エルシィのほど近い位置でモニターを凝視していた近衛士フレヤだ。
「……もしかして、行きたいです?」
エルシィがジト目でそう訊ねるが、すぐさまプルプルと首を振る。
「滅相もございません。
でも、その……エルシィ様に逆らう不届きな愚か者どもをこの手で成敗できぬのが残念だなと……」
つまり行きたいのだ。
エルシィはしばし考えてから肩をすくめて笑顔を浮かべた。
「わかりました。フレヤも騎士たちに合流してください」
主君からそう言われれば何迷うこともない、これは主命なのである。
フレヤは途端にパァと灯りがともった様な笑顔を浮かべて大きく頷いた。
「拝命いたします! では、よろしくお願いします!」
こちらはホーテン卿と違い、エルシィの権能で送られる気満々であった。
「もう準備おっけーですか? では……とんでけー!」
もっとも、エルシィも特に手間がかかるわけでなし、すぐさま元帥杖を振るってフレヤを現場近くの広場へと飛ばした。
「アベルは良いのかしら?」
このひと幕を見て、もうひとりの護衛に声をかけるのは、姉のバレッタ嬢だ。
「何がだ? 近衛のフレヤがいない以上、オレがこの場を離れるわけにはいかないだろうに」
このアベルの返事は、行きたいか行きたくないかで言われれば、行きたいと言っているようなものである。
だがフレヤより何歳も年下のアベルの方が、その身の任を弁えていた。
そう、彼らはエルシィの護衛なので、何かがあった時に彼女の近くにいないなどあり得ない選択なのだ。
もっとも、フレヤもいくら考え無しとはいえ、アベルが残るだろうと考えてのことなのだろうが。
つまり「先を越されたな」という気持であった。
「でもアベル、最近、実戦してないでしょ。そんなことでいざというとき大丈夫なのぉ?」
「そ、それは姉ちゃんだって同じだろ」
「アタシは良いのよ。どうせ遠くから撃つだけだもの。
それに海賊相手にそこそこやってるわ」
えへん、という言葉が聞こえてきそうなほど、バレッタは胸を張って答える。
これにはアベルも「ぐぬぬ」である。
「オレだってフレヤやホーテン卿たちと訓練はしてる」
「それは訓練でしょ? ホントの実戦はまた違うわよー」
精一杯の言い訳をひねり出したアベルだったが、手をヒラヒラとさせるバレッタにすぐ否定されてしまい、また「ぐぬぬ」である。
そんな姉弟の様子に、エルシィは苦笑いを浮かべつつ、フレヤにしたようにまた肩をすくめた。
「いいですよ。アベルも行って下さい」
「え、でもさすがに……」
「お城の中にいればそれほどの危険はありませんよ。
お城番の警士さんたちもいますしね」
「そ、そうか。じゃぁ……」
こうして、苦笑いを浮かべるエルシィや、ニヨニヨする姉に見送られつつ、アベルもまた現場へと飛んだ。
さて、報告会を行っていた会議室は、うやむやのうちに不満分子の集会潰しを観戦する場となった。
ここで、クーネルが席を立つ。
「さて、事の次第が気になるのは確かですが、私も大任を仰せつかった身です。
そろそろ仕事に戻ってもよろしいですか?」
「あー、そうですね。クーネルさん、太守閣下ですもんね。
どうぞどうぞ。
むしろよろしくお願いします」
それを聞いて、エルシィは深々と頭を下げて見せる。
クーネルは少し嫌そうな顔をしつつ、慇懃に腰を折って恰好だけは最上の礼を送りつつ退室しするのだった。
「よっぽど太守の任がお嫌なのですね。
殿方は立身出世がお好きかと思いましたけど」
そんなクーネルを見送りつつ、キャリナが思わずという態でそんな言をもらす。
だが、元々忙しい仕事をたくさん背負っていたサラリーマンであるエルシィには、クーネルの気持ちもよくよくわかるのだ。
「まぁ畑等家物産と違って、収入もグッと増えるはずなのでマシなはずですよ。クーネルさん」
エルシィはサラリーマン時代の給与明細を思い出しつつ、クーネルの背にそう語りかけるのだった。
そうしてクーネルが退室すると、他の面々も動き始める。
どこの部署も人手不足で忙しいのだ。
それぞれがエルシィに丁寧なあいさつをして出て行った。
「あたしも行くわ!」
「あれ? バレッタは観戦していくと思いましたけど」
「そうしたいのだけど、海賊が出たって知らせが来たのよね。
今度は数隻で艦隊組んでるらしいから、様子を見て来るわ」
「そうでしたか。
ではそちらもご安全にお願いしますね」
「『よし』ね!」
バレッタ他、室内にいた各官が出て行くと、今度はモニター越しのリモート参加だったスプレンド卿たちだ。
「エルシィ様、我々も市府の治安維持任務に戻ります」
「ですか。ではそちらもつつがなくよろしくお願いします」
エルシィは応え、手を振って見送ってからモニターを閉じた。
残ったのはエルシィと侍女のキャリナ、BGM担当のユスティーナ。
そしてメイドのカエデだけとなり、会議室は途端にガランと寂しくなった。
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