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015天守見学(前)

 夕食時まであと一時間ほどになったところで、その日のお勉強は終了となった。

 クレタ先生に別れの挨拶をして退出し、侍女キャリナと、ドアの外で護衛任務に就いていたヘイナルと連れだって自室へ向う。

 廊下の途中でエルシィはふと首を傾げて思いついた疑問を口にした。

「ジズ公国の興りについては解りましたが、今はどうなっているのですか?」

「今、とは? 公国が興っておよそ三〇〇年、今でもジズリオ島を領土として栄えていますが」

 怪訝そうに眉をひそめて立ち止まったキャリナがそう答える。

 が、エルシィの求める話はそうではなかった。

「大陸の話です。海の向こうは今でも独立した国々が群雄割拠しておりますの?」

 言われ、ああ、と解った声を漏らし、この問いには近衛士ヘイナルが答えた。

「さすがに当時の国がすべてそのままと言うことはありませんが、ジズ公国同様に独立時の政体を残している国もいくつかあります。ただ……」

「ただ?」

 言うべきか言わぬべきか、と迷う素振りで言葉を止めたヘイナルに、エルシィはこてんと首を斜めに傾けた。

「大陸の北東に本貫を持つ帝国が、今は大陸東の半分をほぼ直領とし、残った半分も属国や植民地としております。

 バルフート帝国は、現在の大陸では覇権国家と言えるでしょう」

 まぁ、この島からはまだ遠い場所のお話です。

 ヘイナルはそう断りを入れて話を締めくくった。

「バルフート帝国、ですか……」

 自分がここにいる理由を思い浮かべ、大陸の覇者と言われる帝国に嫌な予感を抱かずにいられないエルシィだった。



 次の日の午前中はヨルディス陛下にご許可をいただいた天守見学だ。

 やっと城の内部が見られると、ウキウキで早起きしたエルシィは、またもやキャリナに「きゃふん」と言わされる羽目になった。

「もう一度言います。側仕えが来るまで起きてはなりません」

「はーい」

 気もそぞろでお小言を聞いているのか聞いていないのか、という雰囲気にキャリナは一つ溜息を吐いて扉へと振り返った。

「グーニー、入ってらっしゃい」

「はい。失礼いたします」

 そんなキャリナの呼びかけに応えて楚々と入って来たのは、濃い灰色の髪と瞳をもつ一五歳くらいの少女だった。

 グーニーと呼ばれたその少女は、キャリナと同じお仕着せのワンピースを着ている。

「エルシィ様。彼女がもう一人の侍女で、名をグーニーと言います」

「グーニーです。以後、よろしくお願いします」

 そう膝をついた初対面の挨拶をされ、エルシィは首を傾げた。

 その様子に気づいたキャリナは苦い笑いを浮かべる。

「初対面ではないはずですが、これまでは姫様がベッドにいる時ばかりでしたから改めましてご挨拶させました」

 なるほど、とポンと手を打つ。

 事実なのだろうが、よほど朦朧とでもしていなければ名前くらい憶えているものだろう。

 だが、とにかくそう言うことなのだ、で押し切ることにしたらしい。

 エルシィのベッドには、貴人らしく天蓋と幕もついているので、寝ている時に入室されても対面することは少ないのだ。

 そう言うことなのでエルシィもにこやかな表情を浮かべて挨拶を述べた。

「グーニー、これからもよろしくね」


 そんなやり取りの後、二人がかりで着替えさせらた。

 着替え終えたら朝食に向かうため、扉の外で護衛番をしていたヘイナルを連れ廊下を行く。

「グーニーは置いてきて良いのかしら?」

 お嬢様らしく手を頬に添えて首を傾げてみれば、キャリナが静かに頷いた。

「彼女は主に、私が姫様のお供をしている時、内向きの仕事をしてもらうことになっています」

「内向き担当、でしたか」

 納得顔で頷いてみるが、姫の部屋の内仕事って言うのが思い浮かばない。

 そんな心の内を読んでか、キャリナは肩をすくめて話を続ける。

「衣装、リネンの用意や洗濯の手配、お掃除と部屋や家具の修繕の手配、それから姫様に当てられている予算の管理などですね」

「はぁ、なるほどなるほど」

 これでやっと、見せかけの納得顔がぱっと明るさを増して真なる納得顔に取って代わった。

「午後はお勉強の前にエルシィ様の採寸をグーニーにさせましょう。乗馬服などの運動着もあつらえねばなりませんから」

「別に昨日ので良いですけど?」

「あれは急ぎだったから良しとしましたが、これからも健康の為に運動を続けるのですからお下がりはあり得ませんよ」

「そういうものですか」

「そういうものです」

 ではジャージをお願いします。

 と喉まで出かかったが、何とかとどめた。


 そんな会話をしているうちに一階の食堂へとたどり着いた。

 初日はここまで来るだけで息が切れたが、今日はまだ疲れていない。

 若いって素晴らしいな、と思わざるを得ない元アラフォーであった。


 食堂では日に日にニコニコ度が増している気がするカスペル兄殿下と和気藹々とした朝食をいただく。

 何かいいことあったのかな?

 などと考えつつ、共に食事を摂る者の機嫌が良いとエルシィもまた気分が良くなり、ニコニコが増えた。

 すると、不思議とカスペル殿下の表情もまた緩んだ。

 終わればまた三人行列を作って部屋に戻る。

 そしたらまた着替えてお出かけである。

 予定通り、天守へと向かうのだ。

 今日は運動ではないがまた歩き回るので、動きやすい服にしてもらった。

 さすがに乗馬服は無いだろうということで、キュロットスカートだ。

 ズボンの様に股下がある召物なのに、スカートよりスースーする気がしてしようがない。

 原因はスカートと違って、下に重ね着しているパニエやらが無いせいである。

 ともかく、着替え終えたら側仕えを引き連れて大公館から出た。

 館から出て、庭から天守を見上げる。

 例えるなら末広な五重の塔、またはブリューゲルの描いたバベルの塔の様な階層建築物が視界に入った。

 それこそがジズ公国の大公城が中心となる、天守である。

 天守に歩み近付くと、高さ三mはあろうかと言う門があり、左右に槍を立てた門番がいた。

 彼らは昨日見た騎士とは違い、もっと簡素な鎧を着ている。

 そう言えば騎士府見学の時に入り口で立っていた者たちとも同じ鎧だ。

 疑問を込めてキャリナに問えば、答えは簡単だった。

「彼らは騎士府の下部組織、警士府の者たちです。普段は国内の治安維持、要所の警備、訓練、普請などを順番に行っています」

「え、土建作業も?」

 普請とは城や道路を造り整える仕事である。

 つまり土建作業だ。

 驚きについ声を上げ、門番をしている警士が声を殺して笑っているのが見えた。

「姫様、普請は軍人の仕事なのです」

 笑う左の門番を肘で着いた右の門番が、恭しく胸に手を添えてそう述べる。

 少し思案気に言葉を受け取ったエルシィは、はぁ、と感心して頷き礼を述べた。

「ご教授ありがとうございます」

 礼をしつつ、そういえば以前、基地祭で見学した自衛隊の装備にもブルドーザーの様な重機があったなぁ、と思い出した。

 それにしても、とエルシィは思案する。

 騎士府の下部組織と言うことは、騎士に随伴する歩兵の役割をするのが警士と言うことだろうか。

 これも憶えておかねば、いざ何かの戦いが発生した時に困るかもしれない。

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