145報告会 その八 うましお
皆の仕事が軌道に乗ってきて、やっとのことでちょっとずつ余裕が出来つつある昨今である。
が、そこへ来て「隣国からちょっかい掛けられているかも」という暫定情報を聞いてしまった面々は、皆、一様にウンザリ顔でため息をついた。
「まったく、なんで皆さん戦争がお好きなんでしょう」
つい、そんな愚痴を漏らすエルシィだが、当然彼女も隣国が「戦争好き」でやってるとは思っていない。
彼らの根底にあるのは潜在的恐怖なのである。
そもそもエルシィがここで忙しくしている原因をたどれば、ハイラス伯国に根強くあったジズ公国脅威論に行きつく。
もともとジズ大公の領地であった土地を奪って国土としたハイラス伯国には「いつか逆襲されるかも」という深層的な意識があったらしい。
そのような経緯で発生したジズ侵攻であったが、そこからは神様のご加護を受けたエルシィが、あれよあれよとハイラス領を傘下に収めてしまったので、伯国にとっては藪蛇だったと言えるだろう。
と、そこまで思い出して、主に軍事方面の連中を半眼で見渡す。
視線の先は元ジズ公国騎士府長ホーテン卿と、元ハイラス伯国将軍府長スプレンド卿だ。
「もし、もしですよ?
またお隣と開戦となった時、……同じことはゴメンですからね?」
大公救出作戦だったはずが、いつの間にかハイラス占領作戦になっていた戦犯が両名である。
まだ八歳児にこれ以上の負担を乗せないで欲しい。
そういう意図を込めた視線だったが、両雄はついと視線を逸らすのであった。
そんな気まずい憂鬱な雰囲気に包まれた会議室で、あまり気にした風でもなかったうちの一人が暢気な陽気さで一つ、手を叩いた。
「あ、そうだわ!
報告することひとつ思い出した」
そう言いだしたのは神孫姉弟の片割れ、バレッタだった。
「あれ? まだ何かありましたか?」
沈んだ気持ちで一時的に吹っ飛んでいたが、そういえば今は報告会の真っ最中で、バレッタによる水司の状況報告中だった。
だけど、そもそもあまり報告することがない様子だったバレッタなので、海賊の話などをほぼライネリオが引き継いだ形になっていた。
なのでもうこれで終わり。次の報告者に行くか。
そういう雰囲気があるところだった。
「あるわよ。
それも最優先事項よ?」
「その割に忘れてたんですね?」
「えへへ」
突っ込みを入れつつも興味を惹かれる枕詞が出た。
漁業も農林業も特にテコ入れしなくて順調なこの国で、それほどの重要案件があっただろうか。
され、どんな話が飛び出るのか。
さっきの憂鬱さはどこかへ吹き飛んだようで、会議室の面々も興味津々で耳を傾けて来る。
「うましおよ!」
「うましおでしたか!」
「うま……しお?」
バレッタがドヤァとした顔で発表すると、一気にテンションを上げたエルシィが机に身を乗り出してぴょんこと跳ねた。
そして他の多くの者たちは困惑気に首を傾げる。
傾げつつ、続く言葉が出て来るのを待ちながら、バレッタに視線が集まるのだった。
だが、バレッタは胸を張って「ふふん」と誇らしげにするばかりで新たな言葉が出てこない。
もう報告が終わった様な様子ですらある。
「あの……うましおって、なんですか?」
興味に負けて、おずおずと手を挙げつつ訊ねたのはユスティーナだった。
引っ込み思案の性格が形成されてしまったが故、また表情を隠すように伸ばした前髪故にその性質はあまり目立たないが、本来の彼女は好奇心旺盛なのである。
これは各地を渡り歩き、詩吟を作り披露する吟遊詩人の血なのかもしれない。
なかなか珍しい「目を輝かせたユスティーナ」に、ほーっと感嘆の息を漏らしつつ、エルシィもまた続きの話を求めてバレッタに目を向ける。
だが当のバレッタはバレッタで、その視線に対して不思議そうに首を傾げることで返事とするから、会議室は微妙な沈黙に包まれた。
「あ、えーと。今日はうましお持ってきてますか?」
「ないわよ?」
一問即答、そしてまた沈黙という名の幕が下りる。
エルシィは深い絶望のため息と共に、両手で顔を覆った。
そもそもさっきまでバレッタの報告にあまり期待していなかった様子だったくせに、現金なものである。
さて、これでは埒が明かない、と思ったか、ライネリオが静かに手を挙げた。
「こんなこともあろうかと思いまして、差し出がましくも私が用意いたしました」
エルシィがギョッとして目を向ける。
その目には「え、なんで?」とか「どうしてあなたが一枚かんでるの?」とか、そういった困惑含みの驚愕が現れていた。
まぁ、ぶっちゃければライネリオは現在、エルシィの秘書官の様な仕事をしているので、あちこちの部署から上がって来る報告書にはつぶさに目を通しているのである。
ともすればエルシィなんかよりも現状に詳しいのだった。
「さすがライネル! 出来る男ね!」
「恐縮ですがライネリオです、バレッタさん」
バレッタの賞賛に、ライネリオは慇懃に腰を折って答えるのだった。
「それで、エルシィ様?
うましおはどうなさいますか?」
皆がうましおに注目する中、ライネリオは主君へと指示を仰ぐ。
エルシィの指示によってバレッタが『うましお』開発に着手し、試作に成功していることは把握しているが、その使い道までは判らないライネリオである。
エルシィは人差し指で自分の頬をトントンしながらしばし考え、そして会議室の扉に控えている申し次の小者へと声をかけた。
「ここにいる全員、一人に対して二つずつのカップと、そこに注ぐお湯、あと塩を用意してください」
突然、直接のお声掛かりにビックリしながら、申し次の少年は跪く。
「は、はい。畏まりました」
そしてすぐさま立ち上がり、ぴゅーっと音がしそうな勢いで会議室を飛び出していった。
それを見送り、ホーテン卿が肩をすくめる。
「その『うましお』とはなんなのですかな?」
「うふふー、それは後のお楽しみですー」
によによしながら答えるエルシィのすぐそばで、モニター越しに会議参加しているスプレンド卿たちは「自分たちのカップは用意されるのだろうか」と、割と能天気な心配をしているのであった。
さて、しばし休憩という態で十数分ほど寛ぎ空間となっていた会議室に、数人のメイドと料理人がサービスワゴンを押しながらやって来る。
メイドの中にはエルシィ付きのねこ耳メイドカエデも含まれるし、料理人とは農村に同行したあの料理長である。
「言付かったモノを用意してまいりました」
エルシィは満足そうに頷き、ライネリオへ振り向く。
「はい、ではライネリオ。
用意したうましおを出してください」
「畏まりました」
はたして、取り出されたものは少し赤みを帯びた塩だった。
早速、エルシィの指示により、それぞれの塩をカップに入れ、お湯を注ぐ。
その二つずつのカップは、そのまま各員へと配られた。
画面越しの向こうにいるスプレンドたちには、エルシィ自らの手で配膳され、二人は恭しく受け取るのだった。
「……おいしい」
エルシィに促されてカップに口を付けたユスティーナが静かに言う。
二つのカップのうち片方は厨房からもたらされたいつもの塩。
こちらは想像通りのただ塩辛いお湯であった。
が、もう片方の「うましお」入りのカップ。
こちらは何んというか、風味がよく、味にもコクがあるように感じられた。
旅の途中の粗食に慣れたユスティーナには、このままクルトンでも入れれば、簡易スープとしても飲めるな、と思えるものだった。
他の面々の反応も似たようなものである。
「美味いな」
「ふふ、お料理に使ったら面白そうね」
「ほほう、これはこれは」
などと感心しながら湯をすする。
つまり、エルシィがバレッタに指示して開発させていた「うましお」とは「旨塩」のことだった。
まぁ、実際に作業するのは塩田に勤める皆さんなのだが。
旨塩とは、普通の塩に様々な食材を混ぜ込んだ風味塩である。
「これはエビの粉を混ぜたやつね。他にも昆布塩とかハーブ塩もあるわよ」
バレッタの言葉に塩湯をすすっていた面々が頷く。
確かに、エビの味、というほど濃厚ではないが、その風味は感じたし、これを味わってしまうと、他の種類にも興味がわく。
「お茶塩も欲しいところですが、どうもお茶がないみたいですからねぇ」
エルシィはひとしきり満足そうにうなずいてから、誰に語るでもなくそう呟いて肩をすくめるのだった。
「農村に持っていったら、早速、パエリアにも使って喜んでたわ。
『これでさらに美味くなる!』って」
続けてバレッタがそう言うと、農村に同行した料理長なども興味深げにエビ塩を手に取っている。
農村ではいろいろ試行錯誤してパエリアをバージョンアップさせているようである。
元々コンソメを使いたかったけど代わりに鶏がらスープを使ったパエリアなので『より原型から遠ざかるわね』とエルシィは目を細めて苦笑いを浮かべた。
報告会が長くなってきたので、ナンバータイトルに副題を付けました
次回更新は金曜日です




