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じょじたん~商社マン、異世界で姫になる~  作者: K島あるふ
第二章 ハイラス鎮守府編
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143報告会 その六 海賊

「終わった? じゃぁ次はあたしね? いいわね?」

 国境両市府の新太守就任劇が収まるか収まらないというところで、退屈で待ちきれなかったという顔のバレッタがぴょんこと椅子から飛びあがる。

「いいかげん退屈だったの。そろそろ寝そうだったわ!」

 ……表情どころか、ハッキリ言ってしまうのがバレッタという少女だった。

「はいはい、ではバレッタ。水司の様子などを報告お願いします」

「りょーかーい」

 ちょっと苦笑い気味にエルシィが頷いて話を向ければ、バレッタは待ってましたとばかりに机に置いてあった紙束を手に取って、猛スピードでバラバラとめくる。

 それを「え、もしかして報告すること、今、確認してるの?」と皆がギョッとした目で彼女に注目し、弟のアベルは恥ずかしさから片手で目を覆った。


 ほんの数秒で書類を確認したのか、すぐに顔を上げたバレッタは、実に晴れやかで自信に満ちた表情にて皆を見回し、こうのたまう。

「ぜんぶ、問題ないわ!」

 人、それをドヤ顔という。

 あまりのことに予想していたエルシィとアベル以外の者が唖然とした顔になった。

「お姫さん、ごめん……うちの姉ちゃんが……ごめん」

 ついには両手で顔を覆ってしまったアベルが、蚊の鳴くような声でそう呟くのが聞こえ、「ちょっと面白い」と思っていたエルシィも流石に胸が痛む。


 まぁ、正直言えばいくら人より能力の高い神孫とは言え、バレッタもアベルもエルシィと同じ八歳児だ。

 しかもエルシィと違って四〇代の魂が入っているわけではない、正真正銘の児童なのである。

 その子供にお役人の指導をさせようというのがそもそも無理がある話だった。

 ではなぜやらせたか。

 それはバレッタが「やるわ!」と言ったからである。

 みんな何かのお役目で忙しそうなのに、自分だけ遊んでいるのは気が引ける……と言いう訳ではなく、単に自分だけ暇なのがつまらなかったからだ。


 そもそもハイラス領は半島国家で国土の多くを海に面しており、またジズ公国より農地に適した平地も多い。

 そんな国であるから、農林水産業を統括する水司はそこそこの力を有していて、お役人の中でも比較的エリートが配属される傾向があった。

 そういう事情もあってか、まはた偶々か、他の司府と違い腐敗がほとんどなかったのだ。

 バレッタは「本当に様子を見て来てくれるだけでいいか」という気持ちでエルシィに送り出されたのだ。

 つまりエルシィからすれば「これでいいのだ」である。


 だが、特に姉弟のアベルは黙っていられなかった。

「姉ちゃん、もうちょっとなんかあるだろう?」

「なにかって」

 苦言を呈したが、すぐに聞き返されて言葉に詰まる。

 アベルはエルシィの護衛をしていたので、全体的な部分を表面的に薄っすら見てはいるが、水司だけを見てきたはずの姉より詳しいはずがないのだ。

 先にも述べた通り、エルシィにとってはまぁ期待通りだったし、特にこれ以上バレッタに求めるつもりはなかったが、さすがにアベルが可哀そうになって来た。

 本来なら恥に思う本人が泰然としており、血縁者の方が辛そうにしているというのはさすがにいたたまれない。

 エルシィはバレッタに助け舟を入れることで、間接的にアベルを救うことにした。


「えーと、そうそう。海賊の方はどうなっていますか?」

 咄嗟に思い浮かべたにしては、良い質問が出来たと自画自賛。

 そう、先日港の視察に行った時、確か「最近海賊が増えた」という話を聞いているのだ。

 水司、特に港への出入りが多いバレッタに訊ねるには、うってつけの話題であろう。

「あ、そうね海賊!

 まぁね、あたしがいるからぜんぶ大丈夫よ。

 マーマン隊もいるしね!」

 えへん、とバレッタは腰に手を当てて胸を張る。

 どちらもエルシィは先日報告を受けているが、この会議室にいる者の中には知らない者もいるので、そこで終わらず是非説明して欲しい。

 そういう気持ちを込め、ニコニコ顔のままバレッタをしばし見つめる。

 するとバレッタも流石に察したようで、少しだけ「あー……」と考えてから言葉をつづけた。

「マーマン隊は人魚の警備さん。ぜんぶあたしの子分よ!」

 会議室にいる諸兄らは「なるほど?」と半分くらいは理解した顔で、さらなる説明を求めてエルシィの方を向く。

 もうみんな、バレッタの説明は無理だと諦めているのだ。

 エルシィは、自分で説明するのも良いけど……と思案しつつ、思い付きで視線をライネリオに送ってみる。

 最近はエルシィの秘書二号の様な仕事をすることが多いライネリオなので、エルシィが把握していることは彼もまた知っているはずだった。

 ライネリオの紹介も兼ね、ここは彼に任せてみるのもいいかな。という采配である。

 ライネリオはエルシィの視線を正しく解釈し、小さな会釈と共に口を挟む。

「マーマン隊はエルシィ様に恩を感じている人魚の集落より雇い入れた、いわば海における警士集団です。

 職域としては港湾及び近海における警備、偵察などですね」

 ちなみにマーマンたちは自分たちの「国」と認識しているが、そもそも陸の種族である人間たちはその「国」を把握してないのでこういう表現になる。

「ほう、それは頼もしいな。

 さすがに海のこととなると、我ら騎士府や警士府の精鋭を当ててもおぼつかぬ」

 ライネリオの簡単な説明を聞いて感心声を上げたのはホーテン卿だった。

 次いで、いつもエルシィの傍らにいるライネリオへ嫉妬の視線を向けていたカスペル殿下も、ふと表情を緩めて頷いた。

「そういえば帰還時も港で人魚を見たね。

 あれがマーマン隊だったか」

「たぶんそうね。

 船の来た時や出てく時、引っ張ったりするのも手伝ってくれるわ」

 曳航作業や誘導のことである。

 バレッタはいかにも誇らしげに言い、続いて「褒めろ!」とでも言わんばかりの表情で周囲を見回す。

 皆、マーマン隊の功績については言うことないのだが、そのバレッタの態度に苦笑いをこぼしつつ微妙な空気で褒めそやした。


「海賊の話は本で読んだことがあります。

 確かここより北の海でよく出没すると。

 その海賊がなぜハイラス近海に?」

 そんな中、クレタ先生が小さく手を挙げて疑問を呈する。

 これにもライネリオが答えた。

「エルシィ様が赴任なされてから、多くの荷を積んでケントルム海峡を渡る船が増えましたので、それの影響でしょう。

 ……まぁ、表向きは」

 ケントルム海峡とはジズ公国とハイラス領の間にある海のことだ。

 エルシィが伯爵家の財産によってジズ公国への戦時賠償を行ったことで、今、両国間ではちょっとした好景気なのだ。

 これはこの街にいれば誰でも肌で感じることなので、ライネリオの説明には大いに頷いた。

 ただし、最後の言葉を訊くまでは、である。

「表向き、とは?」

 ホーテン卿が少し厳しくした視線をライネリオに向ける。

 ライネリオは涼しい顔のまま、視線を伏せてから思案顔で窓向こうに見える景色に目を向けた。

「ヴェイセルか、もしくはセルテ侯が裏で糸を引いていると、私は考えます」

 このハイラス領の支配者であった旧伯爵ヴァイセル。

 ライネリオの血を分けた実兄である。

 そしてセルテ侯国はハイラス領と唯一地続きの、北東側にある隣国。

 ヴァイセルが逃げ込んだ国である。

次の更新につきまして、定例であれば次の火曜ですが、その日は私が職務上の講習を受けに行かねばならないのでお休みします

次回は来週の金曜日です

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