141報告会 その四 褒章
「そういう感じで『サーカスとパン作戦』は進んでいます。
さっきも言った通り、だいたい成功していると思います」
そう、報告を締めくくり、ユスティーナはひと仕事終えた安心感から大きく息を吐いて勢いよく椅子に座った。
彼女にとってみればこの報告会のメイン行事は自分の報告なので、あとはもう座って聴いていれば良いだけなのだ。
報告前のドキドキも鎮まってきて、やっと周りが見えて来る。
ユスティーナより先に報告したおばあちゃん、クレタさんや、厳ついおじいちゃん、ホーテンさんたちがガヤガヤと何か話していた。
特にひそひそ話しているわけではないのでユスティーナにも聞こえてくるが、『サーカスとパン作戦』、特に『パン作戦』の部分について話しているようだった。
とはいえ、ユスティーナはエルシィから指示されたことを、現場でちょいちょい修正しながら実行しただけなので、報告が終わった以上もう関係ないのだ。
と、一種、現実逃避じみた考えで割り切って、机の上にあった飲み物に口をつけるのだった。
結果をもう少しだけ詳しく話そう。
実際のところ、市場や職人街がスラムより散らかっていることについては、住民たちも薄々判っていたようだった。
なので、ユスティーナがそれぞれの街の顔役を集めて『パン作戦』について話した時、おおよそ好意的に受け入れられた。
この世界の庶民の子供は、基本的に学校や私塾などに入っておらず、比較的忙しい家だと労働力の一環として組み込まれている。
とは言え、所詮は子供なので、出来る仕事はそれほど多くない。
ゆえに、「パンを報酬に出すので街の清掃をしないか?」と持ちかけられれば、家業と天秤にかけても悪くない選択肢と受け取られた。
なにせ、子供は成長の為によく食べる。
各家庭でそれなりにちゃんと食事を与えていても、なんだかすぐ「お腹空いた、何か無い?」などと無心されるのだ。
そこ行くと、外に出て街のお役に立たせ、その上でおやつ代わりにパンを食べさせてもらえるというなら歓迎すらされるというモノだった。
という訳で、エルシィの思い付きだったこの作戦は、思った以上に成功したと言えるだろう。
「なるほど……さすが総督閣下、と言ったところですか」
クーネルが自慢のチョビ髭を撫でつけながら感心の言葉を口にする。
「エルシィ様のなさることに間違いなどないのです」
と、なぜか胸を張って答えるのは近衛士フレヤだ。
最近、とみに強くなった彼女の信頼がちょっと怖いエルシィだった。
「では、そのままクーネルさんの報告に行ってみましょうか」
「は? はぁ、では」
クーネルが偶々発言していたので、エルシィはそう指示をする。
当のクーネルも特に異存は無いようで、机に置いてあった資料を手繰り寄せてぱらぱらとめくった。
「財司へ出向していますクーネルです。
えー、当初ボロボロだった財司ですが、まぁおおよそ健全化したとみていいんじゃないですかね?
そろそろ私が上からとやかく言わなくても大丈夫でしょう」
聞く人からすれば投げやりにも聞こえる彼の言葉だったが、エルシィは感慨深げにうんうんと頷いた。
だが、当然、どういうことかわからない者もいる。
「それでは解らん。もう少し詳しく報告できんのか」
その代表として、ホーテン卿が机を指先でトントン叩いて訊ねる。
「え? では、そうですね……」
同じエルシィの家臣とは言え、情報をどれだけ共有して良いかというのが彼には判断できず、ついーっと視線をエルシィに向けてみる。
エルシィは小さく頷いて見せた。
こういうやり取りは家臣中で「クーネルならでは」と言えるだろう。
ところによっては情報の重要性がまだ浸透していないこの世界の組織において、こうした配慮ができる者はまだまだ少ないのだ。
とはいえ、あまり専門的なことを言ってもしようがない。
「まぁ、そうですね。簡単に言えば、手続きの不正や横領が横行しておりまして、これを正すのにひと苦労でした。
が、まぁ何とか山は越えました。というところですな」
「ほほう、さすがスプレンドの懐刀よ。
さしずめ、お主の役目は不徳役人の取り締まりというところか」
「いえいえ、エルシィ様のご威光で、すでに不良役人どもは逃散しておりまして、私などは後追い調査やその帳尻合わせが仕事ですよ」
「それは……面倒だな」
「ええ、面倒ですとも」
最初は派手な懲悪の話を期待したホーテンだったが、ことが実務関連に傾くと途端に眉をひそめた。
彼も騎士府で組織運営に携わってはいたが、良く言えば基本的にはデーンと構えて実務は部下を信頼し任せるタイプなのだ。
武辺者の自分には出来ないことが判っているので、そうせざるを得なかったというのが実際である。
そういう意味で、ホーテンはクーネルの苦労を特に過大に評価するのであった。
そしてもう一人、彼の功績を過大に讃えようとする者がいた。
誰あろう、エルシィその人である。
「素晴らしいお手並みですクーネルさん!
そんなあなたにご褒美があります!」
だが、長い中間管理職経験から来るクーネルの厄介事レーダーは、その言葉に対してやけに激しい警鐘を鳴らしていた。
なので、クーネルはとてもいい顔で笑うエルシィに、感情のこもらない笑顔で答える。
「いえいえ、私の働きなどどれほどのものでもございません。
その褒美とやらはぜひ他の者へどうぞ」
笑顔でにらみ合うエルシィとクーネル。
そこへ会議室の者たちが予想もしなかったところから声が挟まれる。
「クーネル、そっちの仕事が終わったなら、こっちを手伝ってくれ。
当てにして待っているのだ」
それはエルシィのすぐ後ろに突然現れた、お馴染み、元帥杖の権能の一つである虚空モニターに映るスプレンド卿だった。
実は、この報告会の初めからこうしてリモート参加していたのである。
知っていたエルシィは平然としてお茶を飲む。
「という訳でクーネルさん。
財司の健全化という大役を果たされましたあなたには、ご褒美として太守の座を用意いたしました。
ナバラ市府、カタロナ市府、どっちが良いですか?」
エルシィからそう言い渡され、クーネルの表情がどんどん蒼くなる。
元々将軍府所属でこの国の情報を知ることが出来る立場であった賢い彼からすれば、どっちも苦労ばかり大きい職務にしか見えなかったのだ。
「どっちも嫌だー!」
ゆえに、クーネルはつい、そう本音を漏らすのだった。
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