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じょじたん~商社マン、異世界で姫になる~  作者: K島あるふ
第二章 ハイラス鎮守府編
137/462

137カスペル殿下の帰還

 エルシィの実兄にしてジズ公国の第一公子カスペルの帰還とあって、エルシィたちはその日は朝から港へと集まった。

 「たち」と言っても、まぁいつもの側仕え衆なわけだが。

 それに加えて、今回はライネリオも同行している。

 今後、領地運営の中枢にいることになるので、この機会に紹介してしまおうという魂胆であった。

 さて、カスペル殿下を乗せた船は、実のところ昨晩遅くには港沖に着いており、入港は朝まで待っていたという経緯がある。

 電灯がないこの世界において、夜の光と言えば月か炎くらいである。

 さすがにそんな中で繊細な入港作業を行うのは危険なので、暗くなってから着いた船はたいてい朝まで入港をのだ。


 朝一からとはいえ、そこそこ大きい船の入港作業となるとそれなりに時間がかかる。

 なのでエルシィはゆっくり港に入ってくる船を見ながらも、屋外用の机を出して比較的簡単で機密性の低い執務をするのだった。

「こんな時くらい、やめたらいいのに」

 近頃は護衛の一人としてほぼ同行しているアベル少年が呆れたように言う。

 彼から見ればエルシィは本当に働き詰めなので、ちょっとした時間の隙間でもいいから休んで欲しい、という心配も含んでいる。

 だがエルシィは肩をすくめて苦笑いを浮かべる。

「そうしたいのですけどね~。

 休んでも書類は溜まるだけなので、ちょっとでも進めといた方が後が楽なのですよ」

 完全に「サービス残業する社畜」の考えである。

 ただ企業における一般社員と違い、エルシィはこの領のトップだ。

 そういう意味では企業における社長などと一緒で、代われる者が本当になかなかいないのである。

 そんな軽口を聞き流しながらも、ライネリオやキャリナはテキパキと書類を片付けていく。

 二人のおかげでエルシィの仕事もスムーズになるし、彼らが文句を言わない以上、エルシィもまたへこたれるわけにはいかないのだ。


 特に不審者が接近するでもなく時は過ぎ、カスペル殿下を乗せた船は接舷を果たしていよいよ乗員下船が始まった。

 最初に降りて来るのはやはり貴人ということになるので、当然、カスペル殿下だ。

 陸の側から登った朝日を浴びながら、貴公子然としたカスペル殿下が側仕え衆を引き連れてタラップの上に立つ。

 そして着ていた外套の長い裾をバッと払って手を振った。

 実に絵になる光景だ。

 下船の時間が近づくにつれてエルシィたち以外にも城下の民衆たちが見物にあつまっていたので、中でもうら若い乙女たちは「キャー」と黄色い声を挙げて手を振り返す。

 もちろん、カスペルの目には彼女たち一人一人が映っているわけではないが、それはそれである。

「さすがお兄さま。人気ですね!」

 エルシィがフンスと誇らしげに言いながら周囲を見回す。

 アベルはちょっとだけ面白くなさそうな顔をしていたが、他の者たちは概ね微笑ましげな表情で頷いた。

 特にフレヤはカスペルの顔など見ておらず、兄の帰還を嬉しそうに迎えるエルシィの方ばかり見ている。

 ここにヘイナルがいれば「それでは護衛にならんだろう」と小言を言われるところである。

 だが残念なことに……フレヤにとっては幸運なことに、ヘイナルは近衛府を整える仕事でまだまだ奔走中なのであった。


 さて、そうしている間に、まずは近衛が数人駆け足でタラップを降り、あとに続いてカスペル殿下が悠然と降りて来た。

 その途中にも、彼の瞳はエルシィを見つけて花がほころんだかのような笑顔を浮かべる。

 また観衆の乙女たちから黄色い声が上がった。

 だが今度はその声に応えるでもなく、カスペル殿下は近衛や侍従たちが反応するより早くタラップの途中から飛び降りた。

 もちろん、その行く先はエルシィ一行の場所だ。

 慌ててついてくる側仕え衆を引き連れて駆けて来たカスペル殿下は、エルシィの小さな身体を持ち上げた。

「エルシィ! ただいま!」

「おかえりなさいませ、お兄さま!」

 二人はそう言葉と笑顔を交わし、しばしカスペルによって高い高いのままでクルクルと回る。

 わざわざ野次馬に来た観衆の中に、二人が兄妹であることを知らぬ者などいないので、どの顔もこの再会を祝福するように見守った。

 そんな微笑ましい風景の中でも、近衛たちだけは隙なく二人の周囲をさりげなく警戒しているが、それはあまり観衆の目に入らないのだ。

 クルクル回すのに満足したのか、あるいは腕が疲れたのか、カスペルはやっと止まってエルシィを抱きかかえるように降ろす。

 そしてそのまま抱き締めるように頬を寄せた。


 頬ずりする気か!

 エルシィの危機管理意識が緊急警報を鳴らす。

 すでに兄妹としてのふれあいには慣れたエルシィだが、さすがに男から頬ずりされるのはちょっと! と思わざるを得ない。

 カスペル殿下と言えば爽やかな貴公子であり、こうして抱き上げられていてもい匂いしかしないようなイケメンだが、それはそれ。

 すっかり女児面して生きているエルシィでも、何かその一線だけは死守したい気分だった。

 ゆえにエルシィはカスペルの顔をググっと両手で押し返す。

 抵抗するなら簡単に振り切れる程度の弱々しい力だが、カスペル殿下は当然そんなことしない。

 どころか、エルシィからの拒絶に「ガーン」というショックの表情を隠せなかった。

 さすがにエルシィも悪いことした気分になる。

「え、えとえと。

 お兄さま、帰って来たばかりなので、まずは湯あみでもしたらいかがですか……ね?」

 おずおずと取ってつけたように言ってみると、カスペル殿下も思い当たったように苦笑いをこぼした。

「ああ、ごめんごめん。ちょっと臭かったかな?」

 いえ、いい匂いしかしませんけどね。

 とか思いつつも、エルシィもまた苦笑いを返すのだった。


 と、そこでカスペル殿下は少し難しい顔を見せる。

「少し、軽くなったのではないかい?」

 そう、彼が気付いたのは、エルシィの体重に関することだ。

 エルシィは八歳児にしては小さくて軽い。

 が、今日、抱き上げて感じたところ、カスペルが旅立つ頃よりさらに少し軽くなったように感じたのだ。

 彼女ほどの年齢であれば、一、二か月もあればむしろ成長して重くなっても良いくらいなのに、である。

「き、気のせいではありませんか? きっとこの旅でお兄さまが一回りも二回りもたくましくなられたのです」

 エルシィは気まずそうに眼をそらしながら口を開く。

 カスペルは厳しい表情のままにその視線をキャリナに向ける。

「どうなんだい?」

 キャリナもまた気まずそうにしながらもエルシィの顔色を窺う。

 エルシィは一生懸命「話を合わせて」とでも言うようにウインクしていた。

 ため息をつきながらも、キャリナは言葉少なくこちを開いた。

「一応、お休みはとっておられます。

 先日も三日ほど……」

 まぁ、身体が休まったかどうかは置いておいて。

 という言葉が、他の側仕え衆には聞こえるようだった。

 カスペル殿下のジト目が痛いエルシィだった。

「そ、そうだ。お兄さまのお話も聞きたいし、お兄さまも離れていた間のハイラス領が気になることでしょう。

 一度、みんなを集めて報告会をしましょう!

 うん、それがいいそれがいい!」

 かくして、カスペル殿下の気をそらすことを第一の目的とした、報告会が開催されることに相成った。

次回更新は来週の火曜日です

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― 新着の感想 ―
[一言] 8歳の子供が抱き上げただけで判る程体重減ってるって真面目に危ないですね
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