127パエリア(後)
昨日、籾摺りして茶色身を帯びた玄米になっていたお米だが、今投入されたのはかなり白い。
いや我々が普段目にするモノから比べれば、まだまだ茶色く見えるが、玄米から比べれば真っ白と言ってもいいだろう。
もう別物と言っても過言ではない。
アベルの疑問に、エルシィはえへんと胸を張って答えた。
「昨晩、一生懸命精米しましたから!」
「せいまい……」
いまいちよく解っていないアベルだったが、キャリナは精米の様子を知っているのでこくりと頷いた。
精米とは何かといえば、もみ殻を取り除き玄米の状態になったところから、さらに外側の糠を削り取って白いお米にすることである。
場合によってはもみ殻を取るところから含めて「精米」と呼ぶ場合もある。
では実際の精米プロセスを見てみよう。
キャリナは昨晩のエルシィの様子を思い出した。
場所は伯爵館の食堂奥にある厨房である。
普通は貴顕が出入りする場所ではないが、エルシィはその限りではない。
いやキャリナからすれば、嫌な顔の一つもする案件ではあるのは間違いが、それはさておき。である。
「エルシィ様、それで何をなさるおつもりなのですか?」
厨房にいるのはエルシィ、キャリナ、そしてこの部屋の長であるコックさんだ。
一応すぐ近くに近衛のフレヤもいるが、彼女は厨房への立ち入りをコック長から許可してもらえなかった。
普段から手入れしているとはいえ、フレヤたちのような近衛士が着ている装備品の衛生状態を疑問視されたからだ。
館や食堂には普通に出入りしているのでさほど汚れているとも言えないが、厨房とはそれらとは一段上の衛生が求められる聖域なのだ。
話は戻る。
キャリナの指した「それ」とは何かといえば、陶製のすり鉢と木製のすり棒である。
当然ながらこれはエルシィの指示でコックさんが用意したものだ。
「これから精米を行います!」
「せいまい……でしたか」
エルシィがまるで手術前の医師のように両手を揃えて前に出すと、ピンとこないキャリナはキョトンとした顔で復唱した。
「本日、農家のお兄さんに籾摺りしてもらったお米をもっと美味しく作業です」
「ほほう」
これまでは黙ったままだったコックさんだが、これには興味津々である。
「まずはお米をこちらに入れます」
そんな反応に気を良くしたエルシィは、そう言いながら意気揚々と玄米の入った袋を持ち上げる。
いや、持ち上げようとしてそのまま止まった。
今日玄米にしてもらったのはたった一キロだったが、それでも貧弱なエルシィには相当な重量物だったのだ。
「……入れれば宜しいですね? どれほどですか?」
「あ、そうですね。すり鉢の容量に対して二割くらいですかね?」
コックさんはお米の袋を軽々と持ち上げて、言われた通りにすり鉢へと注いだ。
ほぉ、と感心気に尊敬のまなざしをエルシィが向けて来るので非常にやりにくい。
たったの一キロなので、細腕のキャリナだってこれくらいは出来るのだ。
ともかく、そうしてすり鉢に注がれた玄米を、エルシィはすり棒で軽く突き始めた。
「えい。やぁ。とぉ」
二回、三回とおぼつかない手で突くが、どうにも力は入っていない。
お米の方も特に変化があるようには見えない。
キャリナは困惑して首をかしげる。
「ええと、このお米を磨り潰したいのですか?」
「磨り潰してはダメです!」
くわっと目を見開いたエルシィに気圧され、思わず黙るキャリナだった。
キャリナとコックさんは仕方なくしばらくその作業を眺める。
すると一〇分も経った頃にはほんの少しの結果が見えて来た。
玄米が互いに身を削り合い磨き合い、ちょっとではあるが白い色に近づいてきたのだ。
「なるほど、こうやって研いでいく訳ですか」
「そう、お米を研ぐ! いい響きですね」
なんとなく聞きなれた表現が耳に入って来たのでさらに気を良くしたエルシィが、削れてコメの身からはがれ粉になった糠をフッと吹いた。
途端に粉は宙に舞ってそこらに散らばり、エルシィの顔を糠だらけにした。
「エルシィ様……」
残念なモノを見るようなキャリナの視線が痛かった。
「という様な作業が精米です」
思い出しながらキャリナが説明すれば、アベルたちも「なるほど」と納得して頷いた。
「です!」
皆に理解が広がったところで、エルシィは「褒めていいよ!」と言わんばかりの表情で鼻息荒く胸を張った。
「まぁ、やり方さえ解ってしまえば、そのあとの作業は料理長がしましたが」
「はい、私がやりました」
ただ、そのようにキャリナとコックさんに種明かしをされ、エルシィは明後日の方を向いて口笛を吹いた。
という訳で料理の続きである。
精米したコメはフライパンで軽く炒められ、さらに少し透き通った色に変わっていく。
そうしたら、先ほど皿によけた野菜類やその他の具、そしてターメリックなどの香辛料を投入し、最期にコックさんがあらかじめ用意していたらしいスープを注ぎ込む。
「あれは?」
「鶏ガラのスープです。あれも昨日わたくしが作りました!」
エルシィがまた胸を張ってそう言う。
まぁ、当然ながら実作業したのも、エルシィたちが寝静まってからも鍋の番をしたのもコックさんである。
皆、もうその辺りは判っている顔でエルシィを生暖かく見守ることにした。
「本当はコンソメスープが良いのですけど、作り方知らないのですよね……。
あとここでホールトマトも入れたいのですけど、トマトなかったのですよぅ」
そんな皆の想いを知ってか知らずか、エルシィはアゴのあたりを指でトントンしながらそうのたまうのだった。
はてさて。
なんてことはない話をしながらフライパンのフタは閉じられ、火加減を調節しながらぐつぐつとニ〇分ほど煮込また。
さらに火から上げて一五分も蒸らせば完成である。
「さぁ、食べましょう!」
エルシィの声と共に、フライパンのフタが取られると、パエリアの美味しそうな香りが広がった。
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