126パエリア(前)
翌朝、市場で新鮮な野菜や魚介類と言った材料を調達し、エルシィたちは再び郊外の農村へと向かった。
買い物や移動もあったため、到着していろいろな準備が終わったころには朝昼のちょうど真ん中くらいの時間である。
これから調理を始めればお昼ごはんとして、いい感じに食べられるだろう。
という訳で。
「エルシィ!」
「バレッタの!」
「おりょうりがんばるぞー、おー!」
誰に向けてなのか、二人の少女が元気よくタイトルコールを行った。
集まった面々はと言うと、先の二人以外にキャリナ、アベル、フレヤ、カエデ。
農村側では農家のお兄さんと村長、その奥さん方。
みんなエルシィたちのテンションをキョトンとした顔で見ていた。
場所は村長宅の庭先である。
村長も当然農家なので、庭はとても広いのだ。
「エルシィ様は頑張らなくていいのです」
しばしの時を経て再起動したキャリナがため息と一緒に吐き出すようにそう言った。
以前、ジズ公国の漁港で料理しようとした時にも言ったが、高貴なるものが厨房に立って手ずから料理するなどもっての外なのである。
するとエルシィはいかにも判っておりますという態で何度か頷いて、先に紹介しなかったもう一人のゲストを馬車から引っ張り出す。
「そう言われるだろうと思って、もう一人、ゲストの先生においでいただきました」
そうして庭に据え付けられた特設キッチンに迎えられたのは、白いコックコートに身を包んだ、腹回りに貫禄のある中年男性だった。
彼はエルシィたちが寝食をしている伯爵館に勤めるコックである。
「ええ、知っていますとも。
同じ馬車で来ましたからね」
キャリナはこの茶番に軽い頭痛を覚えつつ、呟くのだった。
まぁ、同じ場所から来たのだから当たり前のことである。
コックのおじさんもこのノリに付いていけないようで、戸惑った様子だった。
「コック長さんはいつの間に着替えたにゃ。
というか料理着なんて持ってきてたにゃ」
と、これはカエデからの疑問。
コックだからと言って常にコックコートを着て出歩いていたら頭おかしい人である。
清潔を保つ為のコックコートで出歩いては意味が無いのだ。
つまり彼は馬車に乗っていたついさっきまで、普通の平常服を身に着けていたはずであった。
「ええ、姫様が持ってこいと仰せでしたので。
それと着替えは皆さまが馬車を降りてから、馬車の中で」
「それもエルシィ様の指示にゃ?」
「そうです」
用意周到である。
そして頭おかしいのはエルシィの方であったことにカエデはホッとした。
「さすがエルシィ様。抜かりはありませんね!」
フレヤがそう褒め称えて手を叩くと、どう反応して良いか困っていた農村側メンバーもまた、調子を合わせて拍手をする。
こうしてこの日の調理は開始された。
「まずはなにしたらいいの?」
特設キッチン……キレイなクロースを掛けた野外用の折り畳みテーブルに積まれた食材を前にバレッタが首をかしげる。
タイトルコールばりに「がんばるぞー」といったはいいモノの、満足に料理などしたこともない。
おまけにエルシィが何を作ろうとしているのかさえ知らないのだ。
バレッタの疑問は当然、そこの集まった皆の疑問であり、エルシィの回答に注目が集まる。
エルシィは勿体着けたように「ふふん」とドヤ顔で笑ってコックさんに指示を出した。
「まずは下ごしらえですね。
野菜とイカを短冊状に切ってください。
エビはゆでて皮むきですね。
あ、やっぱり玉ネギとニンニクはみじん切りで」
「はい、承知しました姫様」
コックさんは恭しくお辞儀をした後に、持ってきていた包丁とまな板を取り出して、用意してあった清水で軽くすすいでから材料を切り始める。
今回改めて市場で用意した食材は以下の通りである。
まずは魚介類。
イカとアサリ、エビ。
アサリは漁師が採った後、すでに砂抜きを軽くしてくれてあるので、ここへ来るまでの間でほぼ下ごしらえ完了していると言える。
そして野菜類。
玉ネギ、ニンニクそして赤ピーマンだ。
本来であれば貝はムール貝、野菜はパプリカと行きたいところだが、無いものは仕方ない。
別にがちがちにガチな本式パエリアを作ろうというのではない。
そもそもエルシィだってそんな格式高いレシピなど知らないので、そこはもうご家庭向け適当レシピなのだ。
一応、昨晩の内に幾らか打合せしていることもあるが、コックさんは効率的に手早く次々と下ごしらえを終えていく。
実際には特設キッチンと簡易窯の間でチョロチョロするエルシィとバレッタに辟易しながらではあったが、それでも十分に早い。
さすがプロである。
それぞれの下ごしらえが終わればいよいよ、本格的に火を使った調理に入る。
……まぁ、実際にはエビを茹でたのですでに火は使っているが、それはそれなのである。
コックさんがニンニク、玉ネギ、パプリカ、の順番で軽く炒めて一度皿に開ける。
「このままでも美味しそうですが?」
それを見てフレヤが呟く。
味付けをしていないからそこまでではないだろうが、確かにこのままでも普通に野菜炒めとして食べられるだろう。
エルシィもふむ、と頷いてこの野菜炒めに注視した。
「美味しいでしょうね……美味しいと思います!」
「つまみ食いしちゃダメよ!」
慌てたバレッタに止められて、二人は「ちぇー」という顔で肩をすくめた。
続きと行こう。
空になったフライパンをさっと濯いで水気を切り、今度はいよいよお米を入れた。
「これが昨日のコメか?」
だが、アベルが怪訝そうな顔でのぞき込んだ。
そこには、昨日見た玄米状態のモノとはもはや別物と言えるほど白いコメがあった。
次回は金曜更新の予定です




