122おコメを求めて
季節は蘭の月。
日本で言えばおおよそ七月くらいの時期と考えればいいだろう。
つまり日本のコメ作ならとっくに田植えは終わり水を張っているころだ。
種もみも毎年更新するなら残ってはいないだろう。
「へぇ、刈入れまでは早くて三か月というところですわ」
「そんなー」
お百姓さんの言にエルシィはしょんぼりと項垂れた。
お米が手に入ると意気揚々とやって来たというのに、何という悲劇。
まぁ、季節をよくよく考えれば、おのずと分かったことではある。
つまりこの悲劇は起こるべくして起こった、エルシィのお間抜けによるものと言っても過言ではない。
ちなみにこの悲劇、いや喜劇はエルシィ以外の者たちには全く伝わっていない。
ゆえにフレヤなどはビックリするほど落胆したエルシィにオロオロしているし、キャリナは大きなため息を吐きながら「何がそんなにエルシィ様を掻き立てるのですか……」と呟いている。
エルシィ以外の皆は、お米……いや亜麦を製粉した状態でしか使ったことが無いのだから仕方がない。
当のエルシィも、そもそも丈二時代に長い外国出張などザラであり、長くお米を摂取できない時などいくらでもあった。
なのでお米を食べずにいるなど造作もないはずなのである。
だが、それはそれ。
一度お口が「お米食べるぞモード」になってしまうと、もう我慢ならなくなるのは人の性ではないだろうか。
読者諸兄も街中でたまたま見かけた「炒飯」の文字のせいで、中華が食べたくてたまらなくなる時があるだろう。
漂ってきた香辛料の香りをかぎ、もう今日はカレーしか受け付けない、となった経験があるだろう。
そう言うことなのだ。
なのだ、といったらそうなのだ。
納得して欲しい。
ともかく、そうして急激な情熱の高まりのせいで、エルシィの落胆は大きかった。
「せ、せめて稲の様子だけでも拝ませてください」
もうなんだか子供を人質に取られたお母さんのごとく、お百姓さんの裾に縋りついてはドン引きされるエルシィであった。
「まぁ……特に面白いモノはねぇですが、見るだけなら」
ということでお百姓おじ……お兄さんの許可が出たので、一行は揃って田畑の様子を見に行くくととなった。
「……あれ?」
そしてまだまだ背が低い稲の様子を目にして、エルシィはかなり深く首を傾げた。
なぜなら、その様子が想像していたものとは違ったからだ。
田……いやそれは畑だった。
想像していたのは日本でも見慣れた美しい水面から伸びる細い葉。
だがそこに広がっていたのは程よく湿った程度の土から生えそろったものだった。
「陸稲でしたか」
エルシィは呟く。
陸稲とは読んで字のごと田んぼで育てる水稲に対し、畑で稲を育てる方法のことだ。
実は日本でも少数ながらこの方法で稲を育てているところはある。
たいていは糯米でおかきになることが多い。
多少想像とは違ったが、エルシィは風にそよそよとたなびくまだ若い稲の葉をいつくしむような目で眺めた。
「早く大きくおなり……」
それは八歳児にしては一種異様な慈愛に満ち溢れた表情だった。
「キモいにゃ……」
それを見て、ねこ耳メイドカエデは、素直な感想を呟くのだった。
カエデはしばしそんなエルシィを眺めた後、ため息をついて口を開く。
「……備蓄があるはずにゃ?」
そのジトっとした釣り目でお百姓のお兄さんを見れば、彼は気まずそうに眼をそらした。
その態度がすべてを物語っていた。
「あなた、エルシィ様をたばかりましたね?」
フレヤが反射的にスラリと短剣の鯉口を滑らす。
お百姓さんの顔は途端にサーっと蒼くなり、エルシィはギョッとし慌ててフレヤを止めに走る。
「すとーっぷすとっぷ! フレヤ、はうす!」
「ですがエルシィ様? この者、不敬にもエルシィ様に嘘をついて亜麦を秘匿していたのですよ!?」
大げさである。
蒼くなって震えるお百姓さん以外、皆が大きくため息を吐いた。
「お百姓さんは何も嘘ついてないにゃ」
「ですが!」
「まぁ、話を聞くにゃ」
激高しかけるフレヤを言葉で抑え、まだ幼いともいえるカエデが肩をすくめる。
「備蓄は何かあった時の備え、とっておきにゃ。
売り買いには出さにゃいし、入れ替えかいざという時以外は蔵を開けないのが常識にゃ。
いくら偉い人が欲しいから売ってと言っても、普通は無いものと扱うにゃ」
「そ、そうですか。では……仕方ない、ですね」
振り上げたコブシを渋々収めるフレヤであった。
「それで、備蓄はあるのですね?」
そんなやり取りをホッとして見送ったエルシィが、改めてお百姓さんに向き合う。
お百姓のお兄さんは言い辛そうにしながらもこくりと頷いた。
「ええ、ありはしますが、そのお嬢さんが言った通りあれはいざという時の備えでして……」
そう言いかけたお百姓さんにエルシィは「みなまで言うな」という意思を示す様に手の平を向けて大きく頷く。
「その備蓄にある亜麦を分けてください。
大丈夫、補填として麦を持ってきます!」
お百姓さんはホッとして、朗らかな笑みを浮かべて頷くのだった。
「それでしたら、構いません。
でも領主様? 製粉前の亜麦など、どうするので?」
「ままま、それは後のお楽しみということで!」
ニマニマしながら質問を曖昧にかわし、エルシィはその場で足踏みする。
もう備蓄の亜麦を分けてもらうのが楽しみで仕方がないという様子だ。
そうして一行は意気揚々という様子のエルシィを先頭に、備蓄の蔵へと向かうのだった。
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