119予算豊富な水司
「それでマーマン隊?」
「そぉ。人魚さんの集落の男衆ね」
ほいっと出てきた海賊を撃退したマーマン隊と言うのが、読んで字のごとく人魚たちだったことが判ったので先の説明を聞いてみる。
バレッタが言うには、先日、人魚の集落で事件があっていろいろお手伝いをした結果らしい。
とは言え、恒常的に働いてもらうなら無料という訳にはいかない。
実際、バレッタからは「雇った」という言葉が先に出ている。
ならばそこには予算が発生しているはずなのだが。
「わたくし、そんな予算の書類見てませんね?」
と、エルシィは記憶を掘り起こすため両人差し指でコメカミをぐりぐりしながら考える。
残念ながら「チーン」という閃き音は鳴らず、マーマン隊設立に関する配分を決裁した憶えも報告された憶えも無かった。
一応、と言っては何だが、エルシィはこのハイラス領のトップ、鎮守府総督である。
トップと言うとなんとなく「一番偉いんだ、えへん。」などとふんぞり返っている印象だが、実際にはそんな暇はない。
国を動かすには様々な仕事があるわけだが、それぞれにはそれぞれを担当する部署があり、基本的にはトップが大方針を定めて官僚が動かす。
わけだが、それだけですべてが収まるほど甘くはないのである。
現状で担当部署が無いような仕事もたくさんあるのだ。
ではその担当がいない仕事を誰がするかと言えば、それはトップがするのである。
以前、日本の総理大臣を務めていた方が「総理とは森羅万象大臣だ」という発言をして話題になったが、これは冗談でも何でもない。
森羅万象、つまりは世にある様々なことを何でもかんでも担当しちゃうぞ、という趣旨の話なのだ。
「ああ、それはね?」
不思議そうに首をひねるエルシィを見て、バレッタはクスクスと笑いながら答える。
「マーマン隊のお給金はお姫ちゃんに出してもらってないもの」
「おお」
エルシィは納得してポンと手を叩いた。
なるほど。
確かにエルシィは森羅万象担当だが、他に担当者がいてその部署内で解決しえることまでエルシィが決裁していては組織は動かない。
今回のマーマン隊設立に関しても、そういう事柄の一つだったのだろう。
「ふむ……。それで、満足にお給金出せているのですか?」
「それは大丈夫よ。まかせて!」
最後に気になったことを聞いてみると、バレッタは大きく胸を張って答えた。
あまりに自信満々なので逆に不安になったエルシィは、まだそこにいて会話を黙って聞いていたお役人の青年に視線を向けた。
この流れなので無言でも通じたようで、お役人はバレッタに同意すると言わんばかりに大きく頷いた。
「総督閣下、ご安心ください。
ハイラス伯国……いえ、ハイラス領の水司はとても余裕があるのです」
『ハイラスの』という部分が言外に『ジズ本国とは違い』、という揶揄に聴こえるのは少々被害妄想が過ぎるだろうか。
「そうなの?」
「そうみたいね?」
バレッタに振り返って訊ねてみるが、当のバレッタは何ということも無いように合わせて首を傾げた。
いやあなた、水司に出向してるでしょうに……。
一抹の不安を覚えないでもないが、まぁ相手は子供なのであまり多くを求めるのは酷というものだろう。
まぁ、わたくしも八歳だけどね!
JUST 若干 8 YEARS OLD だけどね!
ともかく、エルシィはそう思いなおし、改めてお役人に向き直った。
お役人もエルシィがもう少し詳しい内情を求めていることに気付いて言を続ける。
「ハイラス領、特に領都は大きな貿易港を擁しておりますから、税収はもとより港の使用料もそれなりの額で入ってきます。
もちろん多くを鎮守府へ上納しますが、港の管理、維持、警備にも潤沢な予算を割り当てることが出来るのです」
なるほど。ほとんど独立採算でもやっていけるどころか、ハイラス領の中でも稼ぎ頭と言える優良部署ということだった。
実際のところ、水司は水運水産関係だけじゃなく農林業も担当する部署なので、沿岸は水運水産、内陸は農業が盛んなこの国では最も力を持つ省庁と言えるかもしれない。
ちょっと農林は分業した方が良いかもね?
などとエルシィは今後のことを考え、脳内のToDoリストに書き加えた。
つまりまとめると、儲かってるから独自予算でマーマン隊を雇っているので、鎮守府の決済は必要ではない。ということだ。
ならエルシィのところに詳しい報告が無いのもうなずける。
もしかすると水司関連の報告の中で数行くらいはあるかもしれないが、それくらいは憶えていなくても見逃してほしいと思うエルシィであった。
さて、そうした水司のお仕事に幾らか理解を深めたところで、また新たな騒ぎが耳に入って来た。
今度はいったい何だろう、と目を向けてみる。
すると、水司の出張事務所前で駄々をこねるように暴れる女児と、それをなだめ取り押さえる役人の姿が見えた。
「……あれは何ですか?」
「えっと、何でしょうね?」
今まで饒舌にいろいろ教えてくれた方のお役人さんも首をかしげる。
エルシィは念のため、そのままバレッタや他の側仕え衆にも視線を向けてみたが、どの顔も「さぁ?」と物語っていた。
判らないのなら直接訊きに行くしかない。
エルシィは仕方なく当該事件の現場へと足を向けた。
「先頭切って歩くなと何度も言われてるだろう」
歩き出し、すぐアベルに引き戻され「えへへ」と笑ってごまかした。
アベルもだいぶ丁寧語が自然に抜けてきたようで、それはそれで嬉しいエルシィだった。
そして大名行列よろしくぞろぞろと移動したエルシィ様ご一行が見たものは……。
「離すのじゃ! ワシこれでも男爵様じゃぞ!
本来であれば貴様など直答すら許されん高貴な身分じゃぞ!」
「はいはい、解ったから。
危ないからあっちで遊んでね」
「ええい、離さんかい!」
それはブカブカのコートに三角帽をかぶったのじゃろり幼女だった。
「えーと、ナニコレ?」
「うん、わかんないわ!」
次回更新は金曜日です




