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じょじたん~商社マン、異世界で姫になる~  作者: K島あるふ
第二章 ハイラス鎮守府編
117/462

117港を散策

「はてさて、次はどこ行きましょう?」

 食事処を出たエルシィが、ふと足を止め人差し指を立ててそう呟いた。

 此度の城下町行脚は別に仕事の視察ではないので予定は全く決まっていない。

 いや、観光でも予定を立てるのは大事だし、エルシィだって決まった日程の旅行であればキッチリ予定を組む。

 だが今回は急なお休みであり、行き当たりばったりで出て来たぶらつきなのだ。

 予定などはなから無い。

「何もないなら港へ行きましょう!

 お姫ちゃん、まだ港をじっくり見てないでしょ」

 側仕えの誰もがエルシィの決断を待つように黙っている中、バレッタがぴょんこと前に出てそう言った。

「ふむ、港ですか。それもいいですね?」

 確かに港もまだまだじっくり見ていない。

 というか先にも述べた通り、この国へやってきてから、ほぼ省庁と城の往復ばかりで街も見ていないのだが、それは言い出したらきりがないので置いておこう。

 とにかく、港はジズリオ島から大陸へ上陸したとき以降、ほとんど訪れていない場所と言えよう。

 ぐるりと海に面した半島国家にとって、重要な施設なのに。である。

「では港に行ってお魚を見ましょう!」

 側仕え衆が「結局それか!」と心中で叫んだのは言うまでもない。



 結果的に言えばエルシィの期待は裏切られた。

 ハイラス城下街に隣接する港と言えば、それは商港だったからだ。

 隅っこにはハイラス伯国政府からハイラス鎮守府に権利が委譲された船もあるので、軍港も兼ねているともいえる。

 だが、残念なことに漁港は別に、少し離れた漁村まで行く必要があるのだそうだ。

「ま、まぁ、漁村から海産物を運んでくる商船もあることにはあるでしょうから、まったく期待外れとはいえないでしょう。ね?」

 唖然とした後に見るからに気落ちしたエルシィを、フレヤが慌ててフォローする。

 便乗するようにキャリナやアベルも頷いて言葉をかけると、エルシィも段々と気分を上昇させたようで、皆ホッとした。

 端的に言えば「チョロい」とも感じた。

「そういう船は朝いちで入るから、今はいないけどね!」

 そして気分が上がったところでまた叩き落すバレッタだった。

 エルシィの背景に「がーん」という大きな文字が見えたとか見えなかったとか。


 気を取り直して港を散策する。

 期待した海産物は確かに無いが、これはこれで悪くないと思えて来た。

 当たり前だが港にいる船はすべて帆船か小型のガレー船であり、重軽油やガソリンを使う様な動力船は一隻もない。

 また旧レビア王国圏では奴隷制度という文化がないため、ガレー船と言っても漕ぎ手は下級の船員であり「近づくと匂いが酷い」などということもない。

 つまりエルシィの目には、ただの商港であるこの場所も情緒ある風景に映るのだ。

 しばし異世界情緒を楽しんだエルシィだったが、一つ目を引いたものがあり立ち止まる。

「アレは何でしょう?」

 エルシィが気になったアレとは、港に据え付けられた木製の塔から長い腕が生えたような、例えるならクレーンのようなものであった。

「ああ、あれはクレーンよ!」

 バレッタがえへんと胸を張って答える。

 そう、クレーンに見えた、ではなくクレーンだった。

「へぇ、ああいうものもあるんですねぇ」

「見に行くわよ!」

 感心して頷くと、バレッタはすぐエルシィの腕を引いて駆けだした。

 他の側仕えたちも慌てて後を追う。

 近づいてみればその塔の高さは三メートルほどで、腕部分も合わせればなかなかに立派な作りである。

 その立派なクレーンのあちこちに滑車があり、太いロープが縦横無尽に張り巡らされている。

「このロープを引っ張って動かすのよ!」

 実演とばかりに堂々とした態度のバレッタがロープの端をもってクイクイとした。

 まぁ、当然その程度の力ではビクともしないのだが。

 バレッタにはそれが不満だったらしく、しばしロープを睨みつけてから、クレーン塔に足をかけて引っ張り出した。

 もちろんビクともしないので、力を入れているバレッタの顔が力みで赤くなるだけだった。

 しばらく頑張ったがやっと自分の力ではどうにもならないことを悟ったようで、バレッタはため息交じりにロープの端を放り投げた。

「このロープを引っ張って動かすのよ!」

 放り投げ、さっきと同じセリフを同じポーズでのたまった。

 どうやら今の頑張りは無かったことにしたらしい。

 エルシィたちも頬を引きつらせつつ、バレッタの言を受け入れるのだった。

 つまり、このクレーンの動力は人間なのである。

 たぶんむくつけき水夫たちが数人がかりで引っ張って荷揚げなどに使うのだろう。

 それでも手ずから荷物を運ぶより効率いいのだ。

「むむ。こういう器械ができるのだったら、腕木通信もありですね」

 エルシィはこのクレーンにいたく感心しつつ呟いた。

 腕木通信というのはそれなりの遠距離で連絡を取り合うためのシステムだ。

 見晴らしのいい場所に大きな腕の生えた構造物を作り、その腕木のポーズで文字や暗号を表す。

 それを遠くから見た者が読み取って、同じように据え付けられた腕木建造物で返信をする。

 そうしたやり取りで通信するシステムなのである。

 電気や電波を使用しない視覚頼りなので、いわば狼煙(のろし)の発展版と言えばいいだろうか。

 ともかく、そうしたアイデアを得てご満悦なエルシィだった。


 さて、次は何か見るモノはないだろうか。

 いっそ帆船の中でも見学しようか。

 と、エルシィは獲物を探してキョロキョロする。

 帆船はここへ上陸する際に乗ったので、その時存分に見たのではあるが、別に何度見たって面白いものは面白いのだ。

 城マニアが全国の城を見て飽きないのと一緒である。

 いや別にマニアじゃないが。

 と、楽しい思考を巡らせながらのんびりと歩いていると、何やら前方が騒がしい。

「何かあったのでしょうか?」

 楽し気な騒ぎではないようなので、キャリナが心配そうにつぶやく。

 見れば二階建ての事務所の前に人だかりがあった。

「あれは水司の派出所ね!」

 バレッタの言葉にそれぞれが納得して頷く。

 そもそも港を管理するのは水司の仕事であり、彼らは出入りする船や人、荷のチェック、使用料や税金の徴収をする。

 そのための拠点があの事務所なのだろう。

「なるほど。それで何があったのです?」

「知らないわ!」

 では港のことを何でも知っているバレッタに訊ねてみよう、とエルシィが発した問いだったが、それはさすがにすげなく返された。

 まぁ、今一緒にいるバレッタが、今起こっている事件を知りようもないのは当たり前だった。

 皆がですよねー、と言いたげな顔で頷いた辺りで、事務所の方からこちらへ向かってやって来る若い男に気付いた。

 服装からしておそらく水司のお役人だろう。

「バレッタ様、いい所に……って、総督閣下!?」

 その若いお役人が割とノンビリした調子でバレッタに声をかけ、そしておののいた。

 まさかエルシィが一緒にいるとは思わなかったのだろう。

 エルシィは鷹揚に手を上げて跪こうとする若いお役人を制止する。

「あー、いいですから。楽にどうぞ。

 それで、何かあったのですか?」

「はい。それが、また海賊が出たそうで」

「海賊!?」

「またぁ?」

 エルシィと側仕え衆が驚きに声を上げる中、呆れたように言うバレッタと落ち着いた雰囲気のお役人がやけに対照的だった。

次の更新は金曜日です

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― 新着の感想 ―
[一言] 一撃で船沈めるちびっこがいる海で海賊とかなんて命知らずな…
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