108休日にお出かけ
本日の城内番を務めていた警士たちを引き連れて、城内にあるお館から最も外にある城壁までやって来たエルシィは、くるりと振り返って言った。
「ここまでで結構です。
後はわたくしと側仕えだけで行きますので」
「は、よろしいので?」
その中の隊長格らしい壮年の男が敬礼しつつ訊ねて来る。
エルシィはキョトンとした顔で彼らを見回した。
警士だけで一五人くらいいるだろうか。
もちろん城内番として登城している警士はもっといるが、彼らはエルシィが出かけると聞いてすかさず集まった者たちだ。
当然、外まで警護するつもりだった。
今まで、ハイラスの土地が伯爵のモノであった時は、かの陛下がお出かけあそばすとなれば、馬車は数台、護衛は二〇以上という行列が当たり前だったのだ。
「はー、ところ変わればと言いますが、うちとは大違いですね」
「やんごとない身分のお方であれば当然です。
むしろうちの規模が小さすぎたのです」
エルシィ同様にちょっと驚いた顔だったのは近衛士フレヤで、それを諭すように言うのは侍女頭のキャリナだ。
これについては警士たちもキャリナに同意で頷き合う。
むしろ急ぎこうして集まらねば、伯爵陛下からおしかりを受けるまであった。
エルシィは集まった者たちと側仕えたちを改めて見回して頷きながら口を開く。
「うん、やっぱり皆さんはそれぞれのお仕事に戻っていいですよ。
護衛はフレヤとアベルがいれば大丈夫でしょう?」
「はい、お任せください」
そんなエルシィの言い様にフレヤは誇らしげに胸を叩き、アベルは無言で小さく頷いた。
ついでにアベルの姉、バレッタもぴょんこと跳ねて前に出た。
「お姫ちゃん、あたしもいるわ!」
「そうですね。よろしくお願いします」
バレッタが陸で何を出来るのか不明ではあるが、エルシィは特段突っ込まずにこやかに頷いた。
「そういうことであれば……。
ですがエルシィ様の御身を狙うものがあるかもしれませんので、重々お気を付けください」
「了解です!」
渋々、という態で警士たちが引き下がってくれたので、エルシィも敬礼でこれに応える。
すると彼らはそれぞれの仕事へと解散していった。
さて、集まった警士たちだが、彼らが真面目な仕事人であるのは間違いない。
が、それに加え、彼らの多くはエルシィの家臣でもあった。
ジズ公国へ攻め込んだ軍団に所属していたため、復路ではエルシィに臣従して戻って来たという者たちだ。
騎士や警士といった役職として国の臣である上にエルシィの家臣でもある者たちはそれなりの数いるわけだが、彼らは国庫から給与を貰っているうえに、エルシィからも俸給を貰っている。
エルシィを個人的に信望しているフレヤの様な者でなければ、こうした恩がなければ奉公も無いのが当たり前なのである。
以前に「ハイラス伯国は豊かな国なので国庫には余裕がある」ということを述べたが、上記の理由もあり、エルシィの個人資産は無駄遣いできるほどあるわけではないのだ。
エルシィの個人資産とは、つまり元伯爵家資産である。
元伯爵の資産も、それはもう莫大なモノであった。
が、その数割は逃げた伯爵が持ち出しているし、加えてジズ公国への賠償も何割かここから出したのである。
その残りを、ジズ公国のヨルディス陛下や各司府長と話し合った結果、「国主並みの体裁を整えるため」としてエルシィが引き継いだ次第である。
この資産から家臣たちの俸禄を出しているのだ。
エルシィとしては、いっそ国に所属する軍人格をすべて家臣化してしまい、その恩給をすべて国費で賄おう、と考えている。
が、それはまだまだ先の話である。
閑話休題。
そういうわけで、今日のお出かけはエルシィ以下、侍女キャリナ、使用人カエデ、近衛フレヤ、近衛アベル、そしてオマケのバレッタという構成でお送りすることとなった。
街の案内役に一人くらいこの街の出身者が欲しい所だが、どこも人手不足なので贅沢は言えないのだ。
「それで、どこ行くの?」
「そうですね……まずは市場とかみたいですね?」
「いいわね! 美味しい出店はチェック済みよ!」
バレッタは側仕え衆という枠に一応入っているが、むしろお友達枠と言ってもいいかもしれない。
二人が朗らかにそんな会話をしているのを見ながら、キャリナたちはそんなことを思いつつぞろぞろと進んでいく。
こちらの城下街はジズ城下街より広いので、目的地まで馬車で行く方が効率的ではある。
あるが、そこはまぁお休みの日の散策が第一目的なので徒歩で良いのだった。
初夏の午前。
まだいくらか涼しいうちにしばし街を見ながら小一時間も歩くと、汗が多少にじんでくる頃には一つの市場へと辿り着いた。
一つの、というからには他にもいくつかあるが、ここの市場はちょうど中間規模といったところだろう。
「ジズ公国に比べると明るく開放感がある様に感じます」
人の賑わいや出店の数、売っているものの種類をざっと見て、エルシィはそんな感想を呟いた。
もちろん、ジズ公国側が暗く閉鎖的という訳ではない。
ただやはり豊かな国は商売する側の活気も違ってくるのだろう。
「お姫ちゃん! あそこの串焼きが美味しいのよ」
早速駆け出そうとするバレッタをアベルが引き止める。
「さっき朝ご飯食べたばかりだろ。少しは自重しろ」
「串焼きは別腹よ!」
「……胃袋何個あるんだよ」
なぜか自信満々な態で言うバレッタと呆れたようなアベル。
もうこれはいつもの光景だ。
皆これを見てクスクス笑いながら、人混みの中をゆるゆると進んで行った。
元の世界で見たことのあるモノ、似てるけど微妙に違うモノ、そして初めて見るモノ。
実に様々なモノで溢れている。
エルシィの興味は特に食材へ向いたようで、あちこちの出店に寄っては知らない食材について店主へとあれこれ訪ねて回った。
その度にキャリナが憮然とした表情になる。
貴顕が市井の者に直接話かけるなど、よっぽど特別なことでもなければ普通はない。
だがもうこれはジズ公国にいたころからなので今更だった。
「おや、あれはなんでしょう?」
そしてまたエルシィが一つの出店に目を付けた。
他の食材店はたいてい一目で並んでいるものが解るが、そこは大きな壺が並んでいるように見えるだけで、何のお店か判らなかった。
「ああ、あれは塩屋ですね」
「塩……でしたか」
フレヤからそう聞き、興味を失うかと思っていた他の者たちは、逆にランランと目を輝かせ始めたエルシィに首をかしげるのだった。
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