107お休みしてください
朝、まだ手を付けていない仕事が気になって早く目覚めてしまったエルシィは、いつも通り寝たふりでキャリナが来るのを待った。
貴人たるもの、目を覚ましたからと言って側仕えが起こすより早く勝手に支度を始めてはいけないのだ。
そして静かなノックと共に「よし、いよいよ起きるぞ」と気合を入れたところで出鼻をくじかれる。
「エルシィ様、今日から三日ほど予定を空けましたので、そのままお休みいただいて結構ですよ」
「なんですとー!?」
つい、ベッドから飛び跳ねてしまったエルシィだった。
ひとまずキャリナが入れてくれた薬草のお茶をすすりホッと一息つく。
今日はお休みなので急いで着替える必要もないでしょう。という配慮だった。
ちょっと落ち着いたエルシィはそこで疑問を口にする。
「それで、なんで急にお休みなのです?」
「さすがにちょっと働きすぎです。
エルシィ様のお身体はまだ小さいのですから、もう少し労わっていただかないと」
「……なるほど。りょーかいしました」
言外に、中身はおっさんでも。と言われているような気がしたのは被害妄想だ。
なにせこの中にいる上島丈二の身の上などまったく語っていないので、おっさんであることをキャリナたちが知る由もない。
ともかく急なお休みということで、「有効に使わなければ」とエルシィは考えをめぐらし始める。
「お休みなのだから休んでくださいね」
だが、考える素振りを見抜かれ、早速と釘を刺されるのだった。
「くぎゅぅ……りょーかいであります」
さて、そうなると途端になにをしていいか判らなくなる。
何もするな、と言われているのだが、とは言え時間が空くと落ち着かないのも確かである。
特に忙しく集中して何かをやっていた時に、ポッカリと余暇が出来てしまった場合の手持ちぶたさと言ったら、ともすればパニック一歩手前という感じだった。
そんなわけでしばし上の空になったエルシィは、キャリナやグーニーの手で右から左へ、という流れ作業で清拭とお着換えを終えて朝食へ向かう。
エルシィが正気に戻ったのは、朝食もそろそろ終わろうという頃だった。
「やっと戻って来たみたいね」
そんなエルシィの様子に、共に食卓へ着くバレッタが肩をすくめる。
きょろきょろと見回せば、いつも通りバレッタとアベルが左右に座って食後のお茶を飲んでいた。
「お姫ちゃん、今日お休みですって?
ねぇねぇ、何するの?
遊びに行くならあたしもお休みにするわ!」
バレッタがにぱっと明るい笑顔で言い放つ。
彼女もまた水司方面で色々抱えているはずだが、その辺りはエルシィと違って上手く休みを入れているようだ。
エルシィは彼女の言葉からそう察してホッとした。
そうか、自分が休まないと、周りも休めない空気になりかねないか。
そう、思い出したのだ。
そもそも上島丈二時代は出張先にて一人動くことも多い仕事だったので、あまりそういうことに気を留めたことはない。
だが彼も開拓課に配属される前は、内務に従事していたこともあるわけで、そういう時は上司が休まないと下も休みづらい空気になることもあるのだ。
大きい企業だと労働組合がしっかりしているのでそういうこともないが、中小企業ではなかなか難しいところなのである。
エルシィはまたちょっと「どうせなら気分転換しつつも後の仕事に役立つことがしたい」などと考えた。
このあたりは仕事ばかりしていた人間の悲しいサガである。
「なら今日は街の視察……いえ、観光をしましょう。
この街に来てからというもの、ゆっくりと出歩いてもいませんし」
そうなのだ。
ジズ公国を侵攻された仕返しに逆撃を掛けたら、周りの家臣があれよあれよと中枢機構をおさえてしまい、あれよあれよという間に国主の席に就いてしまったエルシィだ。
それからずっと山積みにされた政府運営のお仕事に追われていた訳で、書類や伝聞以外でこの国を知る機会があまりなかったと言える。
そんな様子のエルシィを見て頷いたのはアベルだった。
「確かに。
俺やフレヤの方がよっぽど外に出てるだろう」
アベルやフレヤはエルシィの近衛として常にどちらかが侍っているが、交代で休みを取ることもあった。
また、特にフレヤはユスティーナの世話も言付かったので、アベルよりも席を外す機会が多い。
「ではそういうことで。
みなさん、支度をお願いしますね」
「承知いたしました」
と、そういうことになった。
キャリナとしてはのんびり身体を休めて欲しいという気持ちもあったのだが、まぁ、じっとしている人じゃないか。と諦めた。
一応、「視察」から「観光」に言いかえる配慮はしているようだし。と。
今回から休暇編ですが、はてさて、エルシィはちゃんとお休みできるのか
次回は来週の火曜を予定しています




