106隷属者登録?
「ではコズールさんを登録しちゃいましょうか」
軽く言って、エルシィは取り出した元帥杖で虚空にちょいちょいと小さなモニターを浮かび上がらせた。
「まさか、コズールごときを家臣になさるおつもりですか!?」
と、激しく反応したのはフレヤだ。
もっとも忠誠心高いと自負もあるし、実際その通りのフレヤからすれば、これまでエルシィをなめ切っていたような男が同列に家臣化するのが耐えられないのだろう。
驚いて嫌悪感を抱いているのはフレヤだけじゃないようで、キャリナもまた無言で眉根を寄せていた。
「……まさかぁ。あはは」
咄嗟に言いつくろうエルシィだった。
エルシィ自身は王政や主従というものが未だにピンと来ていない。
それはそうだ。
今はエルシィとしてふるまっているが、元はと言えばとっくの昔に民主化された平和ボケ国家ニッポンで生まれ育った人間である。
仕事で海外に行く機会が多かったので、それなりに物騒な常識もわかっているが、それでもやっぱり主従関係の重さはピンとこないのだ。
なので元帥杖の権能の一つである家臣システムも、いろいろな可能性を秘めた便利機能としか考えていない面がある。
ゆえに本人は軽く「あ、コズールも家臣登録しちゃえば管理が楽々ですね?」くらいの気持ちで、それに対し大きな拒否反応があるだろうということを失念していたのだ。
エルシィはこの数秒、考えを巡らせて取り繕うような笑いを浮かべて口を開く。
「これは……そう!
隷属者登録というシステムがありまして、コズールさんにはこちらに入ってもらおうかと思ったのです」
「隷属者……でしたか」
少しほっとしたようにキョトンとしたフレヤだった。
エルシィはたたみかけに入る。
「そうなんです。
決して家臣ではないのですが位置情報や忠誠度などが見られるし、支配地域認定されている場所に送ったり、逆に呼び出したり出来るのですよ」
「家臣登録と似てるな?」
「そ、そうですね。まぁ便利なのでいいじゃないですか」
途中、アベルのツッコみも入るが、何とか押し切ることに成功したようだった。
そして改めてエルシィは虚空の小モニターを操作する。
ああは言ったが基本的に家臣化システムなので、画面を見られてバレないよう素早くパパパと文字を入力していく。
やったのは家臣の中でのグループ分けだ。
家臣が多くなれば当然一覧が見難くなるので、ランクやグループで画面を分けることが可能になっている。
具体的に言えば今のところ、「側仕え衆」「突撃隊1」「守備隊2」の様にしてあるわけだ。
ここに「隷属者」というグループを作り、その画面を開く。
これで画面を見られたとしても、あくまで「隷属者登録の画面ですよ」と言い訳がたつだろう。
「ふぅ」
ここまでを瞬息でやり切ったエルシィは、ちょっとほったらかしになっていたコズールへ元帥丈を手にと向き直る。
「さてコズールさん。
あなたにやっていただきたいお仕事は把握できたと思います。
受けるのでしたらこれからわたくしに従うという証を立てていただきます。
いかがですか?」
ここまでの経緯を眺めていただけのコズールには、半分くらい何が何だか解からないという印象だったが、それでも生き残るには従うしかない、ということは理解できた。
なので頭を垂れて言う。
「承知しました。
このコズール、エルシィ様からの命をお受けさせていただきます」
この日、コズールもまたエルシィの家臣に加わった。
本人たちにその意識はなかったが。
そしてその夜、日課の報告にやって来たクーネルは思わぬ話を聞かされた。
「……は? いまなんと?」
疲れが耳か脳に来て、何かおかしな幻聴でも聞いたのか。
そいういう態で目頭をよく揉んでから訊き返す。
訊かれたエルシィは肩をすくめて再び同じ言葉を繰り返した。
「コズールさんが反政府組織を作りますので、上手い事やり繰りして、わからないようにほどほどの資金を提供してあげてください」
コズールとはジズ公国で不正を働いた逃亡役人だという話は聞いていた。
だがそれが反政府組織?
しかもそこに資金を提供しろ?
正直、何を言っているか理解できなかった。
「どこに、反抗する組織ですか?」
「うちですが?」
確認せずにいられなかったが、どうやらクーネルの耳も脳もまだ健在だったらしい。
おかしいのは主様の方だ。
なぜ自分に逆らう連中を擁立しようというのか。
部屋中に無言で疑問符をまき散らすクーネルだったが、それからしばらくエルシィやアベルの話を聞いてようやく理解した。
「なるほど。了解しました。
まぁおかげさまで財政には余裕がありますので、貧乏組織を一つでっち上げる程度なら問題ないでしょう」
「クーネルさんならつつがなくやってくれると信じてます」
「は、お任せあれ」
最後に両コブシを胸の前でグッと握りながら言うエルシィに、クーネルは傅いてこの秘密指令を拝領した。
「これで国民向けの情報政策はひとまずおしまい。
後は都市間の情報通信ですが……それは太守たちが集まってからですね。
ふぁ……」
子供には大きすぎる執務椅子に身を預けて、大きなあくびをしながらつぶやく。
一つの仕事に段落が着いたので、エルシィはちょっとだけ解放感に浸りながら目を瞑った。
「エルシィ様。ちゃんとベッドで寝ないと疲れが取れませんよ」
「はっ、わたくし寝てました?」
「よだれが出かかっております」
「これは、わたくしとしたことが……」
ちょっと息を吐いたつもりが、一瞬で眠りに落ちていたらしい。
キャリナが気付くまでのほんの十数秒のことだが、それだけ疲れているのだ。
それはそうだろう。
朝から晩まで国政のことを考え、そして同時に処理していかなければならないのだ。
国主などという仕事は真面目にやればとても忙しいのだ
いろいろ人に任せればいいのだが、その人手が足りないので仕方ない。
食事の時間ですら出来る仕事を兼ねつつ行う訳だから、あと足りない時間は睡眠を削るしかない。
寝る子は育つ、などと言うが、まだ子供の身体のエルシィには圧倒的に仕事量が多すぎ、反比例して睡眠時間が足りていなかった。
「……てろん」
呟きながら、エルシィは執務机に身体を伏せた。
「エルシィ様?」
「もう今日は動けません。ベッドまで運んでください」
「仕方ないですね」
キャリナもエルシィが許容量を超えているのは解っていたので、特にお小言は出さなかった。
同じ年齢の子供に比べても軽いエルシィを抱えキャリナが執務室を去ると、やっと城内の灯りが落とされる。
エルシィの執務室が、最も遅くまで仕事をしているのだ。
そろそろ本気でエルシィ様にはお休みしていただかないといけませんね。
キャリナは薄暗い廊下をアベルやフレヤに挟まれて進みながら、ため息を吐いた。
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