105もう一つの情報政策
エルシィの言葉に驚いたのはコズールだけではない。
同室内で共に話を聞いていた側仕え衆も同様にビックリだった。
そもそも「コズールに会う」とは聞いていたが、何の為かは誰も全く聞いていなかったのだから、まぁ半分は側仕え衆のせいではある。
ただ、誰もが自分の本来の仕事以外に何らかの言付けをされていたので、いつも以上にキャパシティが足りておらず、気が回らなかったのだ。
出来る侍女との評判を築きつつあるキャリナでさえそうなのだ。
そのキャリナはまた頭痛にでも襲われたかのようにコメカミをおさえる。
他の側仕えたちも似たようなもので、そんな様子にエルシィは「ごめんね? 苦労掛けるね?」と心の中だけで謝罪した。
「エルシィ様、このような畜生にも劣る忘恩で無法なならず者を助命するというのですか?」
特に大きな反応を示したのはフレヤだった。
フレヤは眉を吊り上げて主君であるエルシィに抗議する。
抗議、というか彼女の場合は忠言だろうか。
「ちっ、酷い言い草だ」
それを聞いて平伏しているコズールも思わず舌打ちをする。
フレヤとコズールは、交流はないが同じ孤児出身ということで他より気安くはあるのだろう。
だがそんな愚痴に、フレヤの眉は余計に吊り上がる結果となる。
「おお、一〇時一〇分ですね……」
そんなフレヤの顔を覗き込みエルシィは思わずつぶやいたが、その意味を解する者は、残念ながらここにはいなかった。
気を取り直し、エルシィは小さく咳払いをする。
「フレヤの苛立ちも理解します。
ですが畜生にも劣る忘恩で無法なならず者には、畜生にも劣る忘恩で無法なならず者なりに出来ることがあるのです」
姿かたちに似合わぬ言いぶりに、不満そうだった家臣たちが皆ギョッとした。
その言葉を吐いた当のエルシィは、いつも通りニッコリと微笑んでコテンと首をかしげるだけだった。
「……フレヤ、あなたのせいでエルシィ様の言葉遣いが乱れました。
後でお話があります」
さすがにいち早く気を取り直したキャリナが、首を振りながらそう言うと、フレヤの背筋がピンと伸びるのだった。
キャリナはエルシィに直接指導するだけではもう駄目なんだ、という諦めの気持ちと、あとは八つ当たりである。
「それでお姫さん、このチンピラになにをさせるんだ?」
女性陣二名が姫の教育について思いを馳せる中、護衛としてエルシィのすぐ斜め後ろでコズールから目を離さないままにアベルが問う。
アベル自身はコズールという男を直接知らないし、だから確執も何もない。
ゆえに、エルシィがこの犯罪者を使って何をするつもりなのか興味があった。
彼が思いつくのは、危険だったり人がやりたがらない仕事に従事させて使い潰すくらいだったが、そんなことの為に忙しいエルシィが直接会うなんて言い出すわけがない。
危険は危険でも、なにか秘密の重大な任務を課すのだろう。
そういう興味だった。
エルシィはアベルの言葉で周りの者たちが聞く姿勢になったと判断して満足そうに頷き、そして口を開いた。
「コズールさんには今まで通り、街の酒場なんかでわたくしの悪口を吹聴してもらいます。
いえ、もう少し派手にやってもらいましょうかね?」
「はぁ!?」
言われたコズールだけでなく、皆が計らずも同様の声を上げた。
再び皆が聞く姿勢のなるのをしばし待ち、話は続く。
「えっとですね。
ユスティーナやフレヤのおかげで、わたくしの評判はおおむね良い方に行ってると思うのです」
先日雇い入れた吟遊詩人見習いのユスティーナを「ひとまず孤児院回りをするように」とフレヤに預けたところ、エルシィの行いを讃える詩を歌って回ったらしい。
これはフレヤが独断で詩の作成などを頼んだようだ。
言われたユスティーナもユスティーナで、こうした面倒ごと以外の頼みをされるなんて今までなかったらしく、喜んでこれを受けた。
二人はめでたく暴走し、このビッグウェーブに乗った市井の吟遊詩人たちの存在もあり、「エルシィの正当性を広める」という最初の思惑があっという間に成ってしまったのだ。
「エルシィ様を褒め称えるだけでそのようなお言葉をかけていただけるとは。
このフレヤ、存外の幸せであります」
フレヤ、ご満悦で深く腰を折る。
エルシィは苦笑いで「まぁまぁ」と彼女をなだめて、話をつづけた。
「ともかくデスネ。
わたくしの良い評判は充分に広がってくれたのですけど、それでもわたくしや現在の体制に不満がある人はいるでしょう」
「そんな者がいるのですか!?」
「……まぁ、いるでしょうね」
思いもしなかったというフレヤの言葉に、呆れたようにキャリナが返す。
フレヤはさらに驚愕に目を見開き、そしてハッとしてコズールを睨んだ。
そうか、こいつか。
そういう顔である。
「はいはい、フレヤ。はうすはうす」
「……?」
ひとまず主からそう声を掛けられて落ち着いたフレヤだったが、何を言われたのかいまいち理解できなかった。
理解はできないが、主の言葉なので恭しく受け取るのだった。
エルシィは話を続ける。
「コズールさんにはそういう人たちを見つけて集めてもらいたいのですよ。
特に『気に入らないから暴れてやろう』みたいな過激な人たちですね。
出来れば集めて、一つの組織にしちゃってください」
「そんな……良いのですか?」
キャリナが眉をひそめて訊ねる。
エルシィのやろうとしているのは、自ら自分に対する反抗組織を作ってしまおうということなのだ。
だがアベルはしたり顔でニヤリと口元を歪めた。
「なるほど。
どうせ反攻されるなら手の内で、ってことか」
「その通りです」
つまり、知らないところでレジスタンスされるくらいなら、それをコズールにやらせて情報をぶっこ抜いてしまおう。
行動が筒抜けで、程よく抑制されている反抗組織など、不満ある者たちに対するガス抜きでしかない。
と、そういう魂胆なのである。
「そして程よく育ったところで潰すってわけか……、えげつないこと考える姫様だ」
コズールは、自分がなめていた姫様の本性を垣間見て、ブルリと身を震わせた。
次の更新は来週の火曜を予定しています




