104コズール
「ちくしょう、ついてねぇ。
国から追い出された挙句、結局は牢屋入りかよ。
ちくしょう、まったくついてねぇ」
薄暗い石造りの部屋の中で、両手を鎖につながれた無精ひげの男がぼやく。
身なりはこんな場所にお似合いの薄汚れたシャツにズボン。
別に逮捕された時点で着替えさせられたわけではない。
これが彼の普段着なのだ。
彼の名はコズール。
ジズ公国で警士だった男である。
コズールは「国から追い出された」などと言っているがそんな事実はない。
彼は担当していた道路普請の仕事の中で、その費用の一部を少しばかり拝借した。
まぁ、借りたと言っても返すつもりは無いのだが。
ともかく、それが偶々視察に来ていた姫様にバレたものだから、逮捕され、蟄居を言い渡されたのだ。
蟄居とは現代風に言いなおせば自宅謹慎である。
牢屋にブチ混むのは勘弁してやるから、しばらく大人しくしてなさい。
と、こういう刑だ。
彼はちょろまかし発覚後に「大公家への不敬罪」もついているので、この程度で済んだなら非常に軽い刑と言える。
だが、コズールは逃亡した。
国内にいればあの姫様に捕まるかもしれないので、領都から少し離れた漁村の若い者に話を付けて船を譲ってもらい、海を渡った。
まぁ、これは彼の主観で、実際には漁師の若者から小舟を強奪した。が正しい。
ここでコズールの罪状に、また新たな一翻が加わった。
そうしてハイラス伯国へ来たコズールは、チンピラよりは立つ腕でそこそこ稼ぎつつ、この街の底辺でのたくっていたのである。
稼いだ、とは言え、大公家の準家臣格である警士のお給料に比べるまでもないのだ。
ところが、である。
こうして残りの一生を底辺で暮らしていくのか。
などと少し不貞腐れた気持ちで日々を過ごしてたら、件の姫様があれよあれよという間にこの街を制圧してしまったというではないか。
街には何の被害も無かったので寝耳に水だった。
訊けば代替わりしたばかりのハイラス伯爵がジズ公国に軍を送って反撃されたらしい。
まったく余計なことをしてくれる。
コズールは大公家に続いて伯爵家にもまた暗い気持ちを向けた。
暗い気持ちを普段押し殺して過ごしていても酒が入れば饒舌になるもので、近頃は安酒をあおりながら大公家の姫様や伯爵への呪いごとを呟く毎日だった。
そして今、姫様の息がかかった警士によりひっとらえられ、こんな家賃もかからぬ鉄格子のなかに押し込められたという訳だ。
コズールにしてみれば運がない。
傍から見れば自業自得と言えるだろう。
だが、こういう人物は、自分の所業を全く顧みずにこうつぶやくのだ。
まったくついていない。と。
さて、こうして繋がれていても毎日二食は粗末ながらも食わしてもらえる。
それくらいしか楽しみがないので、本日のディナーを待ちながらぼへーっと天井を眺めていると、その日はやけに早い時間に見張り当番の警士がやって来た。
「なんだ? 今日はおやつでも食わせてくれるのか?」
コズールはひきつった笑顔を浮かべながら軽口を叩く。
「おやつ」と言っても文字通りの楽しい意味ではない。
警士の気分で行われる、犯罪者に対するリンチのことだ。
この国でも行われているかはわからないが、コズールが警士だった時はたまにやっていたのを思い出す。
当時は楽しんでやっていたが、やられる身になればたまったものではない。
コズールは身を固くして震えそうになる心をグッとこらえた。
だが、行儀の良さそうな警士はコズールの軽口を鼻で笑った。
「総督様がお呼びだ。出ろ!」
総督、つまりはコズールの主観においては彼をここまで追いやったエルシィのことである。
恨み心はすでに萎えていたので、コズールは「ついに死刑になるか」と諦観の気持ちで肩を落とした。
謁見の間ではなく高層階にある執務室に連れてこられたコズールは、両脇を固める警士から強制的に跪かせられる。
コズールがよれよれの服しか着ていないのに対し、警士は簡素ながら胸当てなどの鎧を着ているので、ちょっと組み合うだけでも痛い。
コズールは顔をしかめながらも従った。
「お久しぶりですね、コズールさん。
お元気そうで何よりです」
そんな様子を気にも留めずににこやかにそう言うのは、執務机の主エルシィだ。
少しは痛ましそうな表情をするかと思ったが、そんな素振りは全くない。
このガキはこういうところがあるから空恐ろしいのだ。
そんなことを考えたところで、エルシィの近衛であるフレヤから射殺すような視線を刺された。
やべ、心を読まれたか。
コズールはあり得ないことを考えながらバツが悪そうに眼をそらす。
コズールとフレヤは同じ孤児院出身者で、一応顔見知りだ。
孤児院では金主である主家、ジズ公国の場合は大公家への忠誠心を刷り込まれる。
フレヤは自ら進んでこれに染まり、コズールは早々に反発した。
ゆえにこの女とは反りが合わん、と、ずっと思っていたのだ。
とは言え、今はもう向こうが圧倒的に上で、こっちは底辺。
少しくらい殊勝な態度を見せた方が、同じ殺されるにしても苦痛が減るかもしれない。
なんてことを思い、コズールは床をなめるような勢いで平伏する。
そして声がかかるのを待つのだ。
フレヤか、はたまた幼い姫君が「死刑に処す」と仰せになるのを。
「コズールさん、あなたには……」
いよいよ幼い姫君が、丁寧ではあるが冷淡な声で言葉を紡ぐ。
ところが、その後に続いたのは、コズールの予想とは全く違うものだった。
「頼みたい仕事があるのです。
請け負ってくれると非常に助かるのですけど。
今なら成功報酬として、横領罪と逃亡罪をセットで棒引きするキャンペーン中でお得ですよ!」
「……は?」
コズールは非常に間の抜けた声を上げ、直後、フレヤを始めとした室内の側仕え衆から厳しい視線を浴びせられた。
あれぇ? コズールの描写でほぼ一話使ってしまいましたな?
……次回更新は金曜日です