103ユスティーナ
新たな仲間となったユスティーナ視点のお話です
途中、ちょっと三人称視点を挟みます
国を持たない、少人数に分かれて旅をして暮らす人々がいます。
それが 流浪の民と呼ばれる人たち。
大昔にはその人たちの国があったのだけど、何かがあって国を作るのをやめちゃったらしい。
その何かについてはもう少し大人になったら教えると、お父ちゃんが言ってました。
流浪の民の人たちは旅の先で歌や踊りを披露したり、占いをしてお金を稼ぐ。
ボクのお父ちゃんもそんな流浪の民の一員で、歌と楽器がとても上手です。
ボクはお父ちゃんに連れられて、二人だけで旅をしていました。
あ、でもお母ちゃんはちゃんと生きています。
だけどお母ちゃんは僕を生んだ後、旅をするのは大変な身体になっちゃったらしくて、街に住む仲間のところでお世話になっているそうです。
流浪の民は家族ごとにバラバラで動くけど、みんなそれなりに仲が良くて、どこかでバッタリ会えば困ったことを助け合ったりする。
街に住む仲間はたいていお金持ちで、旅をする仲間を見かけるとたくさん助けてくれるのです。
ボクとお父ちゃんは、そんな旅の途中でこのハイラス伯爵さまの国に来たのでした。
この国は大陸の西南の端にある半島だけど、野菜や穀物も、そして獣もお魚も豊富な国です。
山脈の向こうにあるセルテ侯国の方が豊かな国だけど、周りがほとんど海になる半島のハイラス伯国は、セルテ侯国よりお魚料理がとても美味しい。
海の向こうにあるジズ公国は周りが全部海の島国なので、もしかするともっとお魚の料理が美味しいのでしょうか。
「ハイラス伯国で稼いだら、海を渡ってジズ公国へ行ってみよう」
お父ちゃんもそう言っていたのでとても楽しみでした。
でも、その未来はありませんでした。
さっきも言ったけどお父ちゃんは流浪の民の中で比べても歌がとても上手で、どこへ行っても人気の歌い手でした。
こういうのを吟遊詩人というらしいけど、ボクも将来はそうなろうと思いました。
……これはまだ前ハイラス伯爵が病床に就く前で、ヴァイセルが嗣子として奔放に遊びまわっていた頃。
ジズ公国侵攻をやらかす、つい1年くらい前の話だ。
その日も街で浮名を流したヴァイセルは、ご機嫌で伯爵館に帰って来た。
いつもなら帰るのは午前様になるヴァイセルだが、一旬に数回はこうして夕刻に帰って来る。
その日は父母と共に夕食を採る日なのである。
もう三十路に足をかけたヴァイセルだが、こうした父母との触れ合いは大事にしている。
なにより、父が長生きしてくれないと、自分はこうして遊び歩くことが出来ないのだから。
「おい、何人か手伝ってくれ」
ともかく、帰って来たヴァイセルは、まずは自分の部屋で身体を清めてから食堂へ行くつもりで、玄関ホールからメイドを数人呼びつけた。
「若様、着替えでしたら我々が……」
「やだよ。何が悲しくて男にベタベタされなきゃいかんのだ。
それよりお前たちも着替えて来いよ」
「……別にベタベタはしとらんでしょうが」
一緒にいる侍従たちとそんな会話を交わしため息を吐かれる。
が、いつものことなのでヴァイセルはどこ吹く風で鼻歌など奏でている。
最近、街でよく聴く歌だ。
「はーげはげはげはげ人間!
はげ人間蔓延る街に、神の雷一発、沈没させるぞ!」
「若様、そういう歌はここではあまり……」
「若はやめろってば。
もう俺も若くないんだからさ。ははは!」
ご機嫌である。
まぁ今日も楽しかったのだろう。
だが、次の瞬間、その機嫌は吹っ飛んだ。
呼びつけたメイドより早く二階から降りて来たのは、この伯国の支配者であるヴァイセルの父、現伯爵陛下だったからだ。
「ヴァイセルよ、その歌は何だ?
ハゲが……、何だって?」
伯爵陛下はまだ五〇を越えたくらいの歳だが、まるでゆでだこの様に頭を真っ赤にして、そのツルツルの頭に青筋をいっぱいに浮かべていた。
マズい。
そういえばうちの親父はハゲだった。
ヴァイセルは今更ながらにそんなことを思い出し、今しがた自分の諳んじた歌のヤバさに気付く。
こういう迂闊なところが、ヴァイセルにはある。
というか迂闊なところしかない人物なのだ。
「いやこれは、最近、街で流行ってる歌で……その、けしからんな、と……」
「うむ、確かにけしからんな。
髪……いや神に対する冒とくである」
シュンとして小さくなる息子にため息をつきつつも怒りは収まらない。
その怒りの矛先は、愚息ではなく歌を作った者へと向く。
「おい、この歌の出所を探して、作った者をひっとらえろ。
縛り首にしてしまえ」
「はっ!」
伯爵は気性が荒い御仁ではないが、それでも鱗に触れるような時は激怒する。
それを重々知っている侍従たちは、短く余計なことを言わずに承諾の意を示し、すぐに夕闇へ向かう街へと走ったのだった。
「ユスティーナ、よくお聞き」
伯爵さまのお城があるこの港街に来てしばらく経ったころ、いつもニヤついているお父ちゃんが真剣な顔でそんなことを言いだした。
ボクは何事か困ったことが起こったのだと理解して、姿勢を正す。
「お父ちゃんの歌が伯爵さまの勘気に触れたらしい。
お城の警士がお父ちゃんを捕まえて縛り首にするって走り回ってる」
「そんな!」
びっくりした。
いつも街の人はお父ちゃん歌を大喜びで聴いているし、中には苦しくなるほど笑い転げる人もいる。
なのに伯爵さまはその歌で怒ったらしい。
何でそうなったのか、ボクにはよくわからなかったけど、それよりお父ちゃんが殺されるんじゃないかって気が気じゃなかった。
「なのでお父ちゃんは逃げることにする。
お前のことは知り合いの吟遊詩人に頼んでおいたからそちらに行きなさい。
ほとぼりが冷めたら戻って迎えに行くから」
「うん、わかったよお父ちゃん。
気を付けてね」
「ああ、任せておけ」
何が任せておけなのか解らないけど、そうしてお父ちゃんは一人でフラッと姿を消した。
その後、ボクはお父ちゃんの知り合いという、ユリウス先生のところでお世話になることになった。
そこで先生に滾々と教えを受け、お父ちゃんの歌がロクでも無いというのを知ることになった。
ダメだうちのお父ちゃん。
帰ってくる頃に真っ当になっていることを祈ります。
たぶん変わらないと思うけど。
とにかくそうしてユリウス先生の元での生活が始まりました。
先生も流浪の民だけど、街で暮らす裕福な仲間の一人でした。
先生のところには、やっぱり流浪の民出身の、ボクと同じくらいの歳の男の子がたくさんいて、先生から詩吟を習っています。
ボクもその中に加わり、来た初めの頃から「筋が良い」と褒められて可愛がられるようになった。
そうすると弟子のみんなも仲良くしてくれるようになって、ここでの生活はとても楽しいものになりました。
でも、ある日から、そんな生活はガラリと音を立てて変わったのです。
弟子のみんなは順番で先生のお世話をすることになっていて、夜、寝る前に呼ばれたりする。
その日はボクの初めての順番で、夜に決められたお世話服を着て先生の寝室へ行きました。
どんなお世話をすることになるのか。
ボクは気になって先輩たちにいろいろ聞いて回ったけど、みんなクスクス笑うだけで教えてくれませんでした。
「とても楽しいことだよ」
という人もいたので、不安ながらもちょっと期待もありました。
お世話の時に着ると決められている服は透けるほどに薄くてちょっと肌寒いけど、冬の野宿や川での水浴びに比べればなんてことありません。
ボクはいそいそと先生の寝室へと行きました。
でも。
「ユスティーナ、君は……
もういい、下がりなさい」
初めボクの姿を見て大きく目を見開いた先生は、次に大きなため息をついて目を伏せてしまいました。
あれは、何かにガッカリしたときの顔だ。
それから、先生はボクに笑いかけなくなり、他の弟子たちも何だか態度が冷たくなりました。
楽しかったここでの生活は、突然、つまらなくて寂しいものになりました。
それからの一年は、雪の中、大岩の上で寝るような、そんな辛さでした。
もういっそ、一人で旅に出てしまおうか。
そんなことも思いました。
そして春が終わりをつげ、もうすぐ夏がやって来るというころ。
突然国のありようが変わったのです。
今までの伯爵さまがお亡くなりになって、その息子の人が新しい伯爵さまになったかと思うと、隣国のお姫さまがその伯爵さまを追い出してしまったらしいのです。
ボクの生活はあまり変わらなかったけど、こうなるともしかしてお父ちゃんが戻って来るかも、という期待が少しありました。
そうすればこの生活から抜け出せる。
でも、お父ちゃんから「まだしばらく帰れない」という手紙が来ました。
どうやら別の街でちょっとトラブル起こしているみたい。
酷く落胆していたそんな時、久しぶりにユリウス先生から声を掛けられたのです。
「ああ、ユスティーナ。君がちょうどいい。
鎮守府の総督閣下とやらが吟遊詩人を側に置きたいらしいので行きなさい。
ここへは戻らなくてもいいから」
どうやら先生からは捨てられるらしい。
悲しくはあるけど、それでもここの生活からは抜け出せるので、喜びの方が大きいかな?
お城か。
次はどんな生活が待っているのだろう。
次回更新は来週火曜を予定しております