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010騎士府(前)

「てろーん」

 エルシィは脱力したように頭と両手をだらんと左右に振った。

「なんですか姫様、またお疲れですか?」

 それを見たキャリナは呆れたように言う。

 昨晩もベッドに身を投げ出した姫が同じような言葉を吐きながらグッタリしていたな、と思い出したのだ。

「違う。今はテンション低くなった時の音。てろーん」

「まったく、貴方と言う人は」

 昨日から楽しみにしていたお城の探検。

 エルシィが思い浮かべていたのは「お城」の定義に含まれる天守だったわけだが、その天守の見学はお預けとなってしまった。

 そんなわけで、せっかくの城内散策だがテンション駄々下がりのエルシィであった。

 エルシィ、いや丈二は別に城マニアでもなければ戦国ファンでもない。

 ただ幼少の頃から祖父母の家に遊びに行ったときの楽しみの一つが小田原城だった。

 そんな体験、記憶から、「旅行に出かけ、近くに城があるなら見学に行く」くらいにはお城好きなのである。

 それゆえ、せっかくの美しいシンメトリーの庭も、今のエルシィには眼中にない。

「……ではエルシィ様、騎士府の見学でもなさいますか?

 あちらなら許可が出るかと存じますが」

 見かねて、後ろで警護しているヘイナルが声を掛ける。

 そんな言葉にキョトンと目を点にして、エルシィは首を傾げた。

「きしふ?」

「姫様は城内の事を何も知らないのですね」

 その様子に前で警護に当たるフレヤがクスクスと柔らかく笑った。

 微笑ましいものを少しからかう様な、そんな笑いだ。

 エルシィはドキッとした。

 もちろんトキメキ方面の高鳴りではなく、焦りの方の高鳴りだ。

 エルシィの中身が丈二であることをバレたらどうなるのか。

 そのあたりは旧エルシィからも女神からも言われていないが、「エルシィとして生きろ」と言われている以上はバレてどんな影響があるかわからない。

 おかしな影響がなかったとしても、面倒なことになるのは想像に難くない。

「わたくし、何にも知らなくて恥ずかしいわ。おほほ…」

 だから誤魔化し笑いもどこかぎこちなかった。

 そこへ救いの声を上げるのは、公私に渡りエルシィをサポートすべき侍女キャリナだ。

「おやめなさいフレヤ。

 姫様は身体も弱く自分のことで手いっぱい、これまで城内に目を向ける余裕がなかったのです。

 学んでいないのだから知らなくて当然でしょう」

「あら、そうですね。姫様、失礼いたしました」

 注意され、フレヤは素直に頭を下げた。

 エルシィとしても変にこじれると面倒なので「許します」と言ってその場は収めた。


「それで、『きしふ』とは?」

 収まったところで、エルシィは再び疑問を上げる。

 答えるのは騎士府見学を提案した近衛士ヘイナルだ。

「『騎士府』は騎士を統括する司府です。実際に見学するのは騎士府の訓練場になりますけど」

「騎士、でしたか!」

 名前からしてお馬に乗って戦う職業の人たちだろう。

 庭できれいなお花を見ているよりは面白そうだ。

 と、ガッカリ気分だったエルシィのテンションが浮上した。

 それに、とエルシィは思案を巡らす。

 一晩寝て起き、さすがにこれが夢だとは断言できなくなった。

 ならば何であるのか、と言えば、あの推定女神から買ったゲームの中ではないかと推理できる。

 まぁ常識で考えればあり得ないことだが、何かの幻覚や催眠と考えれば、無いこともないような気にはなった。

 であれば、ここから抜け出すにはどうしたらいいか。

 女神が提示する目的を果たせばよい。

 と言うか、情報のない今考えられるのは、それくらいしかない。

 ならばその目的とは?

 それがまた、まったくわからないから困るのだ。

 だがヒントはあのゲームソフト『レジェンダリィチルドレン』。

 まだ起動して主人公に「エルシィ」と名付けただけのゲームだが、ジャンルはシミュレーションRPGだと聞いたはずだ。

 ならシミュレーションゲームらしく、何らかの集団戦闘があり、それをクリアしていかなければならないだろう。

 とすれば、である。

 これから見学しようという騎士は純粋に戦力であるはずで、エルシィにとって重要なファクターとなる可能性が高いのだ。

 これは気合入れて視察せねばなるまい。

 そう思うと、なぜか自然と口元に不敵な笑いが浮かんだ。

「ふふふ、では騎士府見学に出発しましょう」

「はい、姫様」

 意気揚々とコブシを振り上げたエルシィに、フレヤは微笑ましいものを見るようにクスクスと笑って先頭を歩き始めた。


 さて、エルシィたちが住まう館を出た場所にある庭の向こうには、館と同じくらいの規模の建物があった。

 館に比べると質素な外見ではあるが、こちらは優雅さより堅牢さを目指して建てられたような質実剛健さが見て取れた。

「あれが騎士府ですか?」

 そんなエルシィが建物を指さす。

「いえ、あれは近衛府です。私たち近衛士の寮もあそこにあるのですよ」

 フレヤの答えを聞き、エルシィはなるほどと頷いた。

 大公家の者を守るための近衛士。

 その司府が大公館の近所にあるのは道理である。

 簡単な説明を聞きながら近衛府を過ぎると、今度は横に広い壁の様な建築物が見えてきた。

「あれは?」

「あれが騎士府です。訓練場でもあります」

 ヘイナルの言葉を聞いてもう一度目を向ければ、近付いてきたそれは、例えるならばサッカーや陸上競技のスタジアムのようにも見えた。

 きっとあの壁の内側がグラウンドのようになっていて、そこが訓練場なのだろう。


 大きな門に近づいたところでキャリナが少し先行し、門番へ声をかける。

 おそらくエルシィが見学をしたいという旨を伝えて手続きしているのだろう。

 待つことしばし。

 申請は無事に受理されたようで、また同じ隊列に戻ったエルシィ姫御一行は、訓練場内へ向けて行進を再開した。

 門をくぐり、薄暗く短いトンネルを抜けると、そこはまさしくスタジアムだった。

 出たのはちょうどグラウンドになっている場所で、ぐるりと見渡せばグラウンドを見下ろす形で設えられた大きな楕円を描く段々の観客席がある。

 観客席には誰もいないが、グラウンドには馬に乗った鎧姿の人が何騎も見て取れる。

 それらが互いに見合うように列を作って、駆け出しては手にした槍で打ち合う姿が見えた。

 槍、とは言ったが、穂先が長いのでグレイブという種類の武器だろう。

 日本で言えば薙刀。三国志で言えば青龍偃月刀。と言った感じだ。

 また見る場所を変えれば騎乗していない者たちが、両刃の直剣を斬り結んでいた。

 こちらは長剣といった感じではなく、短剣という程度のものである。

 おそらく、馬を降りた際の補助武器なのだろう。

「ふおおぉ」

 エルシィは興奮して小さく声を上げる。

 こういうものに心躍らせる当たり、エルシィの中身はやはり男子であった。

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