狙い撃ち
「えークズイケメンこと宝さんも目を覚ましたので、儀式の続きをしようと思います」
儀式の間にある石の椅子に座って俺が言った。
天使の天鞠と天留美が両脇に控えている。
「吹っ飛ばしちゃって、ごめんね!」
ぺこりとお辞儀をして天鞠は謝罪した。
宝は冷たい床に正座させられており、戸惑いの表情を浮かべていた。
「これって、どういう状況なんだい?」
「宝六郎さん、残念ながらあんたは死んでしまった」
「は? 君は一体何を言ってるんだ?」
「覚えてないのか? 車に衝突して死んだんだよ」
「車? うぅ、頭が」
宝は顔を歪めて頭を抱えた。
どうやら死後直後の記憶はあいまいになるらしい。俺の時と一緒のようだ。
「悪いけど死を受け入れるのを待っている暇はない。さっさと話を進めるからな」
俺は宝に説明を行う。
異世界に転移して勇者となり、魔王を倒すこと。
勇者の特典として一つだけチートスキルを授ける。
無事に魔王を倒した暁には自由に異世界生活を満喫できる。
「何か質問はあるか?」
「あるよ。そもそも君は誰? 一体何者なんだ?」
わかっちゃいたけどやっぱり名乗らないとダメか。
一度咳ばらいをする。
「俺は神だ」
気合を入れてそう名乗った。
「……ぷふー、アッハッハッハッハ! ……ああ、ごめん。笑うもりはなかったんだけど、つい」
人を小馬鹿にした表情で宝は俺を思いっきり笑った。
まあ、こうなるよな。
覚悟はしていたのでそれほど心にダメージはない……うん、ぜんぜん気にしてないぞ……。
今にも殴りかねない雰囲気で天鞠は前に出る。
「神様を馬鹿にするなーっ!」
「ひぃっ⁉」
天鞠に吹っ飛ばされたのを覚えているのか、勇者は情けない声を出してたじろいだ。
「天鞠、落ち着けって」
「ねぇ、神様。こいつボコっていい? 吹っ飛ばしてもいいでしょ?」
「よくない。そしたらまた気絶して目が覚めるのを待つ羽目になる。いちいち腹立つたびにボコってたら、儀式がいつまで経っても終わらねぇよ」
「でもさー」
「誰だっていきなり『俺は神だ』なんて名乗られたら、ああいう反応にするもんだって。悪気はないだろうし気にするな」
「うん……神様がそう言うなら……」
天鞠はしょんぼりと肩を落とした。
天留美は尊敬の込められていそうなキラキラとした目で俺を見つめる。
「優しいです。きっと神様の半分は優しさで出来てるのです」
それ、言いすぎ。
あと天留美ちゃん、俺は頭痛によく効くお薬じゃないよ。
宝に話しかける。
「信じられなくて無理もない。あんたも気にするな」
「いや、信じるよ」
「うん? 何で?」
「君は神には見えないけど、そこにいる二人の女の子は本物の天使に見える。天使が仕えているなら君は神なのだろう。それに君たちが嘘をついているようにも見えない」
ほほう、案外いけるもんだな。天鞠と天留美がいてくれたおかげだ。
宝は周りを見渡す。
「加えてこの場所もすごく神秘的だ。生きているうちに見たどんな光景よりも美しい。この世のものとは思えないね」
おぉー、こうも効果が現れるとは、ダイスの準備も無駄にならなかったみたいだ。
「だから君を神と信じるよ」
「理解してくれて助かる。それで、勇者をやる気はあるのか?」
宝は大仰に頷いた。
「もちろんさ。僕は勇者が大好きだからね。ハロウィンの時に勇者のコスプレをしていたのも、勇者に憧れていたからなんだ」
「で、勇者に憧れていたのに痴漢をしたと」
「ご、誤解だよ! 偶然ひじが当たちゃったんだ! 痴漢をする気なんてこれぽっちもなかったんだよ!」
「犯人はみんなそう言うんだよな」
「本当だって! 信じてくださいよ、神様!」
俺はスマフォを取り出して召喚アプリを確認する。
死因には明確に「痴漢行為をしていた」と載っていた。
「いくつか質問する。正直に答えてくれ」
アプリにある勇者の情報のいくつかを宝に尋ねて照合する。
情報は全て合っていた。
頬杖をつきながら考える。
他の情報は全て正確なのに死因だけ間違ってるとは考えにくい。これは黒だ。
「神に嘘をつくとはいい度胸だな」
目を細めて俺は宝をにらみつける。
「そんな、僕は本当にやって――」
宝の言葉を遮る。
「宝さん、あんたに一つだけ言っておく。交通事故に遭って死んだからって、あんたの罪が許されたわけじゃない。痴漢の被害にあった女性は一生癒えない心の傷を負っているかもしれないんだ。それを絶対に忘れるな」
宝は悲しそうに顔を歪めた。痴漢行為を反省して悔いているのか、あるいは信じてもらえず悲しんでいるのか、どちらともとれるような表情だった。
さて勇者になる承諾はもらったし、次はスキルを与えるとしますか。
「天鞠、箱からワニの歯を取ってくれ」
「はいはーい!」
天鞠はガサゴソと音を立てながら椅子の裏にある箱を漁り、事前に用意していた特別なワニの歯を取りだす。
「宝さんにスキルを与えてやってくれ」
「うん、わかった!」
ワニの歯を使ってどうスキルを与えるのか俺は知らない。ダイスからは歯を天鞠に渡せばいいとだけ聞いている。見てからのお楽しみだと言っていたけど、さてはてどんなもんか……。
「よーし、いっちょやったるぞー!」
天鞠はワニの歯を真上に投げた。
歯は回転し、理由はわからないが光を放つ。
輝きながら落ちてきた光る歯は完全に下まで落ちず、宙に浮かんだ状態で静止する。高さは天鞠の顔のあたりだ。
光る歯は形を微妙に変化させて光の矢じりとなっていた。
天鞠が左手を前に突き出し、右手で矢じりに触れる。
そして右手をすっと引くと矢じりから矢の棒の部分が伸びて現れた。
天鞠の弓を引くポーズに合わせて光の弓と弦が出現する。
えっ? 弓矢で勇者を打ち抜くの? それあれじゃね? スキルじゃなくて超能力的なパワーを持った像が使えるようになるやつじゃね⁉
「光の矢ぁあー!」
掛け声ともに光の矢が放たれる。
光の軌跡を描き、矢は宝の首へ見事に突き刺さった。
「がはぁあ!」
首に矢を受けた宝は背中から倒れた。
びくんびくんと震えつつ口から泡を吹いている。
「いえーいー、ヒットー!」
天鞠はぴょんと飛び跳ねて拳をぐっと握った。
「て、てまりぃ⁉ 今のは本当にスキルを与えたんだよな? 殺したわけじゃないんだよな?」
「うん、ちゃんとスキルを与えたよ。ほら、見て」
宝の首に刺さった光の矢が輝きを増したかと思うと消えていく。
すると宝の体全体が光を帯びる。体に力が宿ったように見えた。
次第に光は収まり、宝は意識を取り戻す。
「ん? 僕は確か膝に矢を受けて――」
「膝じゃねえ首にだよ。なに冒険を始める前に引退しようとしてんだ、こら」
宝ははっとして首を確認する。
「あれ? なんともない?」
俺はほっと一息ついた。
「無事にスキルの付与には成功したようだな。おめでとう、今からあんたは勇者だ」
「僕が……勇者?」
「天留美、箱から紙束を取ってほしい」
「はいです」
静かに天留美は箱から言われたものを取り出した。
「その説明書を勇者に渡してくれ」
「わかりました」
勇者のもとへと持っていく。
「ありがたく頂戴するですよ」
「ああ、どうも」
勇者が天留美から紙を受け取ろうとした瞬間、俺は口を開く。
「待て」
勇者の動きはぴたりと止まった。
「どさくさに紛れて天留美の手に触るなよ」
どすの利いた声で釘を刺した。
「さっ、さわらないよ」
ひきつった笑顔で勇者は返事をした。
勇者が紙を受け取ったのを確認して説明する。
「その紙にはスキルの使い方が書いてある。いわゆる取り扱い説明書だ。スキルの名前、効果、範囲、発動時間、使用できる回数などが書いてある。今口で説明しても忘れたら意味がないからな。異世界についたら確認するように」
「わ、わかった……」
「よし、じゃあ異世界に送るから、魔法陣の上に立てくれ」
「あ、いや、ちょっと待って! まだ聞いたい話が色々とある」
「何だ?」
「そのぉ……異世界の話とか?」
「ありふれた異世界だよ。中世風のファンタジーな世界で、スキルによって魔法や技が使える。世界には魔王とその配下である魔物が存在していて人類とは敵対関係にある。後は――うん、これ以上は説明するより体験してもらったほうが早いな。後は現場研修ってことでよろしく」
「そんな適当な! 心の準備だってまだできていないのに!」
「てぇまりぃー」
「はいはーい!」
ニコニコしながら天鞠は手をぽきぽきと鳴らす。
「ひいぃい!」
情けない悲鳴を上げながら勇者は魔法陣へと直行した。
俺はスマフォを取り出す。
インストールされている「勇者転移」アプリを起動した。
まさかワンタップで勇者を転移できる日がくるとはな。
画面に「転移」と表示されたところをタップする。
魔法陣が光りだした。
「あ、そうだ。最後に一つだけ」
と人差し指を立てて前置きをしつつ、俺は勇者のプロフィールに載っていたある情報を伝える。
「遺族は宝さんが宝くじで当てた六億円で幸せに暮らしてるみたいだから、安心していいぞ」
「僕のマネーがあああぁああ!」
悲痛な叫びをあげる勇者。
俺は勇者に向けて軽く手をふった。
「んじゃ、バハハーイ」
光に包まれ勇者は異世界へと旅立っていった。