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7Dice  作者: 雨夜冬樹
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なんでやねん!

 混沌と化した場を収めるのには少し時間がかかった。


 プレゼントをねだる天鞠をなんとか引きはがし、涙腺崩壊寸前の天留美をなだめ、なおも変質者まがいの発言するダイスを黙らせるためにあーだこーだ言い合う。


 しばらくして簡単な自己紹介をした後、ようやく二人の天使にそれぞれ名前を与えられたのであった。


 二人並んでいる天使に俺は聞く。


「天鞠と天留美。どうだ、嫌じゃないか?」


「はいはーい! いいと思いまーす!」


 と片手を上げながら元気よく天鞠は答える。


 はいは一回でいいと注意したいところだが、可愛いのでそのままでいいや。


「あの、素敵なお名前をくれてありがとうございます、神様」


 と気恥ずかしそうに天留美は答える。


 わりと好評のようなので安心した。ほっと溜息をつく。


 はいはーいと天鞠とまた片手を上げる。


「ところであたしたちは神様をなんて呼べばいいの?」


「どうって、普通に神様で――はっ⁉」


 よく考えるんだ、俺。


 可愛い天使たちに普段どう呼んでもらいたいか。これは極めて重要な案件だぞ。安易に決めてしまってはならない。後でやっぱり変えてほしいとか頼んだら、その意図を勘ぐられてまた要らぬ誤解を生みかねない。


 ここは神としてふさわしい、威厳のある呼び名であらねばなるまい。


 ふむ、まず鉄板として「お兄ちゃん」だな。

 年下の愛らしい女の子からお兄ちゃんと呼ばれるのは男のマロン。

 想像しただけで萌える。ご飯三杯はいける!


 お兄ちゃんと呼ばれてうれしくない男子などいるだろうか。

 天使からお兄ちゃんと呼ばれる神……うん、いいじゃないか!


 俺は天使に呼び名を伝えようとする。


「俺のことはお兄ちゃんと――はっ⁉」


 いや、待て待て。


 天鞠と天留美が俺をお兄ちゃんと呼べば、すなわち二人が俺の妹として周りから見られるようになる。俺のような引きこもりのキモオタニートの兄がいると知られれば、天鞠と天留美の評判に傷がついてしまうのではないか。


 俺が情けないばっかりに天使の二人に迷惑をかけるなどあってはならない。

 口惜しいがお兄ちゃんはやめておいたほうが――。


「えいっ」


 パシッと頭を軽くたたかれた。

 ふと見ると天留美がハリセンを持っている。


「ご、ごめんなさい! 神様がぼーとしてから、どうしたのかなって思ったら、ポット先輩がこれを渡してくれて、ダイス様から叩いてあげないさいって言われて、神様きっと喜んでくれるからって……」


 天留美の手をハリセンごと俺は両手で握った。


「ありがとおぉおっ! 俺のためにツッコミをしてくれるなんて感激だお!」


「ええーっ⁉」


 急に手を掴まれた天留美は頬を赤く染めてうろたえた。


 やばい、嬉しすぎて変な語尾になっちまった。


「だってさ、俺、ずっとツッコみばかりでさ。ダイスが振ってくるボケをひたすらツッコんで、もうこのままずっと一人でツッコみ続けないといけないのかなって思ってた。だけどもう一人じゃない。天留美がツッコミをできる子とわかってうれしいぜ!」


 天留美の表情がはにかみながらもぱぁと明るくなる。


「か、神様のお役に立てたのなら、その……私もうれしいです」


 この子は天使か⁉ あっ、うん、天使だった。


「そんなに嬉しいの? じゃあ、あたしもやってあげる!」


 天鞠はハリセンを取って振りかぶる。


「なんでやねん!」


 勢いのついたハリセンが顔面に直撃した。


「ぐぼっ! ちょ、顔は止めて」


「なんでやねん! なんでやねん! なんでやねん!」


「れ、連続で、ぶっ、顔を叩くのは、ぶほっ! や、やめい!」


 不服そうに天鞠は頬を膨らませる。


「むぅ……天留美は褒めるのに、どうしてあたしは褒めてくれないの? ふーこーうーへーいー!」


 やだこの子、いっちょまえに焼きもち焼いてる⁉ 膨らんだ頬をつまみてぇ! ぷしゅーってさせたい!

 っといけねえ、ちゃんと理由を説明してあげないと。 


「いいか、天鞠? ツッコミにはタイミングと加減っていうのが大切でな。さっき天鞠がやったのはツッコミというより、ツッコミっぽいボケなんだよ」


「えー、よくわかんない」


 ダイスは指をぱちんと鳴らす。


 側面に「100t」と書かれた巨大なハンマーを持ったポットが現れる。ポットはハンマーを引きずりつつ天鞠のもとへ運んだ。


「つまり加減が生ぬるかったのよ。晴也はもっと思いっきりツッコんで欲しいみたい。さ、このハンマーを使ってもう一発凄いのをお見舞いしてやりましょう」


「うん、わかった!」


 ハンマーを拾って天鞠はブンブンと試しぶりをする。


「あっ」


 勢い余って天鞠の手からハンマーがすっぽ抜けてしまった。


 車と車がぶつかったような爆音が鳴り響く。

 飛んでいったハンマーが遺跡にある石柱の一つに激突した。ぶつかった石柱は上部が崩れ半壊してしまった。


 天鞠はペロっと舌を出す。


「てへっ、手が滑っちゃった!」


 ええーっ⁉


 ショッキングな光景を目の当たりにして俺は開いた口が塞がらなくなる。


 夢でも見てんのか? 小さな女の子が巨大なハンマーを振り回し、あまつさえ立派な石柱をバラバラにしてしまった。


「ふふ、天使の力に驚いているようね。外見の可愛さだけで判断していると痛い目を見るわよ。特に天鞠には並外れたパワーと身体能力がある。うっかりツッコミで殺されないように気をつけてね」


 恐怖で手から汗が滲み出てくる。


「なら百トンハンマーなんか渡すなよ! 殺す気か⁉」


「あれはジョークグッズよ。実際の重さは百トンもないわ。あってもせいぜい一キロのはずだけど――」


 ダイスの視線が無残な姿になった石柱に注がれる。


「……おかしいわ。どうやったらおもちゃのハンマーでこうなるのかしら?」


「こっちが聞きてえよ! と、とりあえず天鞠はツッコミ禁止な」


 不満そうに天鞠は口をとがらせる。


「えー、さっきのはちょっと力んだだけだよ。ハリセンで叩いたときは平気だったじゃん」


 言われてみればとダイスが切り出す。


「よく首が吹っ飛ばなかったわね」


「あの、さらっと怖いこと言わないでくれます?」


 ハリセンで首が飛ぶってなに⁉ 俺の知ってるハリセンと違う!


「そうね、力加減はできてる。でもまだ生まれたばかりだからムラがあるみたい。慣れれば平気よ。それまでは念のため新しい顔を焼いておいた方がいいと思う」


「俺はマルパンマンか!」


「力の調節を練習できるものがあればいいのだけど――」


 ダイスの視線が再び壊れた石柱に向けられる。


「あれが良さそう。天留美、あの石柱が壊れる瞬間を見てた?」


 突然名前を呼ばれた天留美はぴくんと反応する。


「は、はいです! 見てました」


「なら元の形も記憶してる?」


 こくりと天留美は頷く。


「はいです。ただ、中と裏側まではわからないです」


「問題ないわ。壊れた瞬間を見ていたのならたぶんいけるでしょう」


 いまいちダイスと天留美のやり取りに要領を得ない。


 俺はダイスに尋ねる。


「一体何をするつもりなんだ?」


「あなたたちにはあの石柱を直してもらう。散らばった石の破片を拾い集めて立体パズルみたいに組み立てるの」


「拾うつったって、俺の体よりも大きな破片だってあるぞ」


「天鞠なら余裕で持ち上げられるわ。破片の大きさはまちまちだから、持ち上げるのに力の調節が必要になる。力加減を覚えるにはもってこいの練習ね」


 ダイスが指を鳴らすと、ポットともう一体のパペットカンパニーが現れた。ポットは灰色の粘土のようなものが入ったバケツを持っており、もう一体はコテを持っていた。


「接着剤と塗る道具よ。これで固めて直して」


 バケツとコテが俺に渡される。


「いや無茶言うなよ。破片は多いしバラバラなんだぞ。目印もなく破片が石柱のどの部分なのかわかるわけがない」


 天留美は遠慮がちに申し出る。


「あの、私ならわかるのです。私は一度見たものなら忘れずにずっと覚えておけますから」


「マジで⁉ どっかで聞いた覚えがある。いわゆる瞬間記憶能力ってやつだよな?」


「はいです。石の破片を見れば元の形を思い出して、それがどこの欠片かわかると思います」


「すげぇー、それが本当なら大したもんだよ」


 目をきゅっと閉じて天留美は両手をパタパタと動かす。


「い、いえ、てまりお姉ちゃんの力と比べたら私の力なんて、た、大したものじゃないですよ!」


 なにこの可愛い生き物。お持ち帰りぃー、したい。

 何かに足をちょんちょんとつつかれる。

 足元を見ると、神使のポットが束ねたロープらしきものを持っていた。


「それ使っていいわよ」


 意味ありげな台詞をダイスは囁いた。


「いらねぇよ! 神隠しはやらないって言っただろ!」


 ダイスとポットはそろって小首を傾げる。


「神隠し? 何の話かしら? 私はただロープのハシゴを渡しただけよ。それがないと柱の上に手が届かないと思って」


「へっ? ハシゴ?」


 改めて見るとロープは巻かれた縄梯子だった。


 推理をするようにダイスはL字に開いた指を顎に当てる。


「ほほぅ、さては勘違いしていたのね。フフ、晴也は誰を攫おうとしていたの?」


「ご、誤解だよ! お、俺は別に天留美をお持ち帰りしたいとか……はっ⁉」


 しまった、口が滑った!


 天留美のほうを見ると、頬をぽっと赤くさせていた。あわあわと口を動かし、言葉にならない声を漏らしている。


「……これはお持ち帰りしたくなる」


 天留美のやたら可愛らしい反応を見てダイスは呟いた。


「……だろ? けどやらないからな」


 とにもかくにも石柱の修繕が始まるのであった。


 まず天留美が散らばった石の破片からいくつかのかけらを選び、次にそれを天鞠が半壊した柱へと運ぶ。俺は柱へ上り壊れた箇所に予め接着剤を塗っておく。塗った場所へ天鞠が破片を積み上げていった。


 天留美は大きな欠片を指さす。


「てまりお姉ちゃん、次はこれをお願い」


「オッケー、てるみん!」


 両手で抱えきれないほどの大きな石の破片を天鞠は片手で軽々と持ち上げた。


「てるみん? それって私のこと?」


「うん! 可愛くていいでしょ?」


「う、うん。お姉ちゃんがそう呼びたいならいいよ」


 とほのぼのとした会話がされつつも作業は進む。


「よっと!」


 天鞠がまた一つ破片をはめ込んだ。

 破片はぴったりとはまった。


 ほぅと感嘆した声を俺は漏らす。


「元の形を覚えているとは言えよく合うな。見てない部分あるのに不思議なもんだ」


 平面のパズルとは違う。立体的な石柱の中は見えていなかったはず。それなのに天留美は内部に当たるパーツも正確に見極めていた。


 ふわふわと浮遊したダイスが俺に声をかける。


「石柱が壊れた瞬間に見ていたからよ。柱が砕け散る最中、隠れていた中の様子も一瞬だけ見れたはず。

 天留美はその一瞬で砕けた破片の位置を覚えたのよ」


「冗談だろ? 壊れる瞬間なんて瞬きしてる合間に終わっちまう」


「いいえ、本当よ。その一瞬を捉えるだけの目と、光景を覚える記憶力が天留美にはある。スローモーションの映像って見たことない? 物が壊れる瞬間を映した動画とかがあるでしょう。例えるならあんな風に見た光景を覚えておけるのよ」


 柱の上から俺は破片を調べている天留美を眺める。光輪と純白の羽を除けば、可愛らしいただの女の子に見える。


「にわかには信じられないけど、柱は順調に直っているな」


「天使の力は有用よ。きっと晴也の力になってくれるわ」


 ああと同意しつつ、俺は一度ちらっとダイスのほうを窺う。


「その……ありがとな、ダイス。俺のために可愛くて頼りになる神使を生み出してくれて……」


 ダイスは芝居がかった余裕のある笑みを浮かべる。


「ふふ、お腹を痛めて産んだ甲斐があったわ」


「いや、痛めてないよね? 確か指パッチンしただけだよね?」


「あの子たちは私たちの愛の結晶よ、ダーリン」


「誰がダーリンじゃいっ!」


 クスクスとダイスが楽しそうに笑った。


 こっちが真面目に礼を言っているというのに茶化しやがって、まったく……。


 時間はかかったがついに石柱の修繕が終わる。

 俺たちは柱の前に並び、やり遂げた喜びをかみしめていた。


「二人ともよくやってくれたな。まさか本当に直せるとは思わなかった」


 天鞠が得意げに両手を腰当てる。


「へへーん、あたしたちにかかればこのぐらい昼飯前だよ!」


「それを言うなら朝飯前な。もう力加減には慣れたか?」


「うん、ばっちり! 今ならハリセンで神様の顔を吹っ飛ばせそうだよ!」


「おいこら、そうならないように練習したんだろうが」


 からからと天鞠は笑う。


「やだなー冗談だよ、冗談」


 隣で天留美が苦笑する。


「冗談でも失礼だよ、お姉ちゃん」


 つられて俺も軽く笑ってしまう。


「天鞠と天留美が力を貸してくれれば、きっと神としてやっていけそうだ。二人ともこれからよろしくな」


 ニコニコと天鞠は笑う。


「うん、よろしくね!」


 ぺこりと天留美はお辞儀をする。


「こ、こちらこそ、よろしくなのです」


 んーと天鞠は何やら考え込んでいる。


「どうした、天鞠?」


「結局、神様は何て呼んでもらいたいの?」


 そういえばまだ決まっていなかった。もともと神としてふさわしい、威厳のある呼び方を考えていたんだっけ?


 ぶっちゃけ思いつかないな。変に呼び方を変えると厨二臭くなりそうだし、シンプルに「神様」と呼ばれているほうが一番神っぽい気もする。


 しかしついこの間まで引きこもりのニートだった俺を神様と呼んでもらうにはいささか抵抗を感じる。

 いっそ神とか関係なく、親しみやすい呼び方をしてもらったほうがいいかもしれない。

 年下の女の子が親しい年上の男性を呼ぶとなれば……うん、もう呼び名はあれしかないな。


 親指を自分の顔にむけて俺は宣言する。


「俺のことはお兄ちゃんと呼んでくれ!」


 天鞠と天留美は顔を見合わせてくすりと笑う。


「「なんでやねん!」」


 と双子の天使から見事にツッコまれてしまうのであった。


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