イッツショータイム!
場がしんと静まり返る。
そうですねと盛り上がっていた熱気は嘘のようになくなり、代わりに冷たい空気が流れている。
ただならぬ雰囲気に俺は生唾を飲み込んだ。
死んだ? 嘘だろ? 俺に死んだ記憶なんてない。
「まさか、冗談でしょ? はは、さすがに笑えませんよ」
「冗談じゃないわ。可哀そうに、覚えていないのね。なら証拠を見せてあげる」
ダイスはステッキを振る。
目の前に映像が現れた。
映像には小さな会場が映っていた。白い壁と床、簡素なテーブルと椅子が並んでいる。奥に棺が置いてあった。
棺の中には死化粧が施された俺が永遠の眠りについていた。
「そんな……嘘だ……こんなことって……」
衝撃の映像を目の当たりにしてひざが落ちる。
両手を台座につけ、首を垂れた。
「畜生……どうして、どうしてだ⁉ まだやりたいこともたくさんあったのに、どうしてなんだよ⁉」
拳を叩きつけて俺は行き場のない怒りを台座にぶつける。
いつの間にか現れた神使のポットがウサ耳で俺をぽんぽんと叩く。
「あなたはまだ若い。死を受け入れるのは難しいでしょうね。けれど、これが現実なのよ」
「……理由はなんですか? 俺、健康体だったはず。事故ですか? それともまさか他殺?」
「いいえ、どちらもでもないわ。死因は――」
そこでダイスはいったん口を閉ざす。
「死因は?」
なかなか言わないので俺は催促した。
「死因は――」
再び口を閉ざすダイス。
まだひっぱるつもりのようだ。
「……」
おい、こら、いつまでひっぱる気だよ。溜めがなげえよ。早く言えよ!
「死因は――」
デデンっとクイズ番組で使われるような効果音が鳴る。
「萌え死」
「……すいません、よく聞こえませんでした。もう一度お願いできますか?」
「萌え死」
「ふうぇへぇ?」
やべぇ、予想外すぎて変な声出ちゃった。
もえし? 日え、明え、萌え……萌えると死ぬの? 人って萌え死ぬのものなの⁉
あっ、そうか!
「燃え死、ようするに焼死ですね! あははっ、やだなぁー勘違いしちゃいましたよ。イントネーションが燃えるじゃなくて萌えるのほうだったので」
「いいえ、萌え死よ」
反射的に俺は叫ぶ。
「嘘だっ!!」
「ところがどっこい、これが現実」
噛み締めるようにしみじみとダイスは言った。
「なん……だと……」
信じられない事実に俺は開いた口が塞がらなくなる。
「人類史上初の悲劇よ。極度の萌えによって死んでしまった若き日本人。その名は時を超えて永遠に語られるでしょうね。萌えに生き萌えと共に散った少年、ハレルヤ。私たちは決して彼を忘れない」
亡き人をしのぶようにダイスは胸に手を当てた。
「いや、今すぐ忘れてください、お願いします。あと、ハレルヤじゃなくて晴也です」
「わかったわ。萌え死にした少年、晴也よ」
「すいません、やっぱりハレルヤでいいです。萌え死したのは晴也じゃなくてハレルヤにしてください」
「あらあら、自らの死から目を背けてはだめよ。死んだあなたには審判を下さなければならないわ」
ダイスがステッキを俺に向けて振る。
俺の前に大きなサイコロが現れた。足置きに使う正方形のスツールぐらいのサイズだ。
「遊戯の女神である私の審判は遊戯で下す。振りなさい。出目によってあなたの運命は決まる」
「えっ、待ってください! いきなり言われても俺、まだ死んだ自覚もないし、萌え死したなんて受け入れられそうにないし」
「悪いけど、あなたが死を受け入れるのを待っているほど暇じゃないの。振りなさい」
いたずらする暇はあったのにせっかちな!
「ならせめてどんな運命になるのか先に教えてもらえます?」
「しょうがないわね。いいわ、特別に教えてあげる。大いに震えなさい。この残酷な運命の前に」
またもやステッキが振られると、今度は観客席の後方に大型のスクリーンが現れた。
画面に文字が浮かび上がり、次々と文章が表示されていく。
一の目、ペロペロ地獄行、ケルベロスから三つの舌でペロペロされる。
二の目、ぬるま湯地獄行、ぬるま湯に浸かったまま悶々とする。
三の目、脇役地獄行、劇で毎回木の役をやらされる。
四の目、S地獄行、角の生えた美女悪鬼に鞭で打たれてお仕置きされる。
五の目、冷え冷え地獄行、最低温度に設定をされたエアコンの風にさらされ冷え冷えになる。
「ちょい待って! ちょい待って! おかしい、何かおかしい⁉ 俺の知ってる地獄とは違う!」
ダイスの目が怪しく光る。
「ふふふ、これから待ち受ける過酷な運命に恐怖のあまり混乱しているのね。無理もないわ。軟弱な現代っ子にはつらい地獄ばかりだもの」
「いや、優しくない? どれも微妙に嫌だけどさ、どちらかといえば優しいほうだよね?それぞれ地獄ってついてる割にはぬりぃよ。軟弱でも大丈夫そうだよ。てか、現代っ子なめんな!」
「強がらなくてもいい。男の子だもの、見栄を張りたいのよね? でも安心して。地獄の呵責は一日一時間だけ受ければいいから、きっと耐えられる」
「予想よりよっぽど甘え! 甘すぎる! これなら現代人のほうがよっぽど呵責を受けてるよ! 辛くても日々を精一杯生きてるよ!」
「引きこもりのニートだったあなたにそれを言う資格はない」
容赦のない言葉を受けて俺は言葉につまる。
ぐっ、確かにその通りだ。まさかこのボケ女神に逆にツッコまれるとは。
「つうか、どうして俺の運命は地獄行ばっかりなんっすか? 地獄に落ちるほどの悪事を働いた覚えはないんですけど」
すっとダイスは人差し指を立てる。
「理由は簡単。死因が萌え死だからよ。昔から萌え死は問答無用で地獄行って決まってるの」
「ひでぇ! 萌える心に罪はないだろ! てか、萌え死は俺が人類史上初じゃ――」
「さっ、はりきって最後の目の運命を発表するわ」
『イエーイ!!』
「おいこら、まてぇぃ!」
取りつく間もなくダイスは司会を進める。
「気になる六の目は――」
勿体ぶってるけど、どうせ地獄のどっか行きなんだろ?
今まで出てきた候補から考えると、地獄というには微妙な感じの場所なんだろうな。
またもやデデンっと効果音が鳴る。
六の目、そうだ異世界、行こう。ドキドキのハーレムライフがあなたを待っている。
「異世界キター!! けどこの流れでなぜに異世界行⁉ 問答無用で地獄行じゃなかったのかよ⁉ 適当すぎんだろっ!」
「だって、一つぐらい当たりがないとおもし――こほん、じゃなくて救われないじゃない?」
今、面白くないって言おうとしたよね? 畜生、この女神完全に人の運命をもて遊んでやがる! 遊戯の女神とはよく言ったもんだ!
「というか、萌え死した人間にハーレムって……それもういっぺん死んで来いって意味だよな? それって救われてんの?」
「あら? じゃあ止めとく? せっかく気に入ると思ったのに残念ね。仕方ない、地獄行に変えようかしら?」
即座に俺は土下座した。
「そのままでお願いします! 異世界行がいいです!!」
何を隠そう俺は異世界ファンタジーに憧れていた。
現代の知識を生かして成り上がる。
あるいはチートスキルで無双しまくって俺TUEEEEをする。
そしてまだ見ぬ美少女たちとキャッキャウフフの日々を送る。
あぁ、なんて素晴らしき異世界ライフ。
ダイスの傍でポットが耳でハートのマークを作る。
「ふふ、あなたも好きねぇ。わかった、六の目が出れば異世界行よ」
「あざあぁあああああすっ!!」
腹の底から声が出た。
かつてここまで心を込めて感謝をしたことがあっただろうか。
「それじゃあそろそろ振って」
「う、うっす!」
『イエーイ!!』
「では、はりきってどうぞ」
ファンシーな観客たちが手拍子を始める。
『何が出るかな? 何が出るかな?』
サイコロを抱えて俺は集中する。
見せてやるぜ! 俺の圧倒的運命力、徹底的主役補正!
待ってろ、ハーレムライフゥウゥー!!!
渾身の力を込めてサイコロを投げる。
「のわっ!」
勢いのあまり前のめりに転んでしまった。
気づいたら台座から転げ落ちていた。
「いてて……」
『ざわ……ざわ……』
観客が動揺している。
もうサイコロの目が出たようだ。
どうなったんだ? どの目が出たんだ?
「これは驚いたわ……」
ダイスの反応を見て、俺の気分が沸き立つ。
もしかしてやったのか? 出しちまったのか⁉
転がったサイコロを見つける。
その出目は――六だった。
「よっしゃああああああ!!!」
ぐっと拳を握り雄たけびを上げた。
これから夢にまで見た異世界生活が始まる。
「女神様! 俺、やりましたよ! 気合で出しましたよ!」
「えぇ、出したわね。本来出るはずのない目を」
へっ? 本来出るはずのない目?
「まさか六は出ないよう細工してたんですか?」
「何言ってるの? 私が細工なんてつまらない真似をするわけないじゃない」
「だったら別に六が出てもおかしくないのでは?」
「あら、勘違いしているのね。あなたが出した目は六じゃないわ」
慌ててサイコロの目を確認する。
やはり出目は六だ。
俺はサイコロを指さす。
「やだなー、よく見てくださいよ。サイコロの出目は六です」
ダイスは別の場所を指さした。
「あなたこそよく見なさい」
ダイスが指さした先、そこには一の出目のサイコロがあった。
「はあっ⁉ サイコロが二つ⁉ どうして……あっ!」
よく見ると、サイコロは半分に割れていた。
「強く投げすぎたみたいね。床のパネルに当たって割れちゃったのよ。ちょうど半分ぐらいになって、それぞれ一と六の目を上に向けた状態で止まったわけ」
「そんな……じゃあ出目はいくつに?」
「出目は――七よ。さすがに予想外の結果だわ……」
それは本来出るはずのない目。
一から六の目のどれかしかでないはずの運命を覆す目だった。
『ざわ……ざわ……』
観客は動揺していた。
観客だけではない。ダイスもまた動揺している風に見える。
サイコロを見つめたまま呆けているようだ。
予期せぬ事態に俺の審判を決めあぐねているのかもしれない。
数秒後、さらに予想だにしなかった光景を俺は目撃する。
「ぷっ……ぷふぅーっ」
女神ダイスが顔をほころばせて笑っていた。
ポーカーフェイスは崩れ、笑顔の花が咲いていた。楽しく笑う女神からは喜びが明確に伝わってくる。楽しいと、心から楽しいと、伝わってくる。
目が離せない。
俺は女神の素敵な笑顔に見惚れてしまった。
しばらくしてダイスは落ち着きを取り戻す。
残念ながら表情は無表情に戻ってしまったが、少し柔らかい雰囲気があるようにも見える。
「出目は七。よって運命は決まったわ」
ふわりと宙を舞いダイスが目の前までやってくる。
細い両手を伸ばし俺の頬に小さな手を添えてきた。
突然手に包まれ、俺は少し戸惑う。心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
愛おしいものに触れるように、その手は優しく温かった。
ダイスはわずかに目元を和らげてこう言った。
「晴也、あなたは神になる」