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7Dice  作者: 雨夜冬樹
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イッツショータイム!

 場がしんと静まり返る。


 そうですねと盛り上がっていた熱気は嘘のようになくなり、代わりに冷たい空気が流れている。

 ただならぬ雰囲気に俺は生唾を飲み込んだ。


 死んだ? 嘘だろ? 俺に死んだ記憶なんてない。


「まさか、冗談でしょ? はは、さすがに笑えませんよ」


「冗談じゃないわ。可哀そうに、覚えていないのね。なら証拠を見せてあげる」


 ダイスはステッキを振る。


 目の前に映像が現れた。

 映像には小さな会場が映っていた。白い壁と床、簡素なテーブルと椅子が並んでいる。奥に棺が置いてあった。

 棺の中には死化粧が施された俺が永遠の眠りについていた。


「そんな……嘘だ……こんなことって……」


 衝撃の映像を目の当たりにしてひざが落ちる。

 両手を台座につけ、首を垂れた。


「畜生……どうして、どうしてだ⁉ まだやりたいこともたくさんあったのに、どうしてなんだよ⁉」


 拳を叩きつけて俺は行き場のない怒りを台座にぶつける。

 いつの間にか現れた神使のポットがウサ耳で俺をぽんぽんと叩く。


「あなたはまだ若い。死を受け入れるのは難しいでしょうね。けれど、これが現実なのよ」


「……理由はなんですか? 俺、健康体だったはず。事故ですか? それともまさか他殺?」


「いいえ、どちらもでもないわ。死因は――」


 そこでダイスはいったん口を閉ざす。


「死因は?」


 なかなか言わないので俺は催促した。


「死因は――」


 再び口を閉ざすダイス。

 まだひっぱるつもりのようだ。


「……」


 おい、こら、いつまでひっぱる気だよ。溜めがなげえよ。早く言えよ!


「死因は――」


 デデンっとクイズ番組で使われるような効果音が鳴る。


「萌え死」


「……すいません、よく聞こえませんでした。もう一度お願いできますか?」


「萌え死」


「ふうぇへぇ?」


 やべぇ、予想外すぎて変な声出ちゃった。

 もえし? 日え、明え、萌え……萌えると死ぬの? 人って萌え死ぬのものなの⁉

 あっ、そうか!


「燃え死、ようするに焼死ですね! あははっ、やだなぁー勘違いしちゃいましたよ。イントネーションが燃えるじゃなくて萌えるのほうだったので」


「いいえ、萌え死よ」


 反射的に俺は叫ぶ。


「嘘だっ!!」


「ところがどっこい、これが現実」


 噛み締めるようにしみじみとダイスは言った。


「なん……だと……」


 信じられない事実に俺は開いた口が塞がらなくなる。


「人類史上初の悲劇よ。極度の萌えによって死んでしまった若き日本人。その名は時を超えて永遠に語られるでしょうね。萌えに生き萌えと共に散った少年、ハレルヤ。私たちは決して彼を忘れない」


 亡き人をしのぶようにダイスは胸に手を当てた。


「いや、今すぐ忘れてください、お願いします。あと、ハレルヤじゃなくて晴也です」


「わかったわ。萌え死にした少年、晴也よ」


「すいません、やっぱりハレルヤでいいです。萌え死したのは晴也じゃなくてハレルヤにしてください」


「あらあら、自らの死から目を背けてはだめよ。死んだあなたには審判を下さなければならないわ」


 ダイスがステッキを俺に向けて振る。

 俺の前に大きなサイコロが現れた。足置きに使う正方形のスツールぐらいのサイズだ。


「遊戯の女神である私の審判は遊戯で下す。振りなさい。出目によってあなたの運命は決まる」


「えっ、待ってください! いきなり言われても俺、まだ死んだ自覚もないし、萌え死したなんて受け入れられそうにないし」


「悪いけど、あなたが死を受け入れるのを待っているほど暇じゃないの。振りなさい」


 いたずらする暇はあったのにせっかちな!


「ならせめてどんな運命になるのか先に教えてもらえます?」


「しょうがないわね。いいわ、特別に教えてあげる。大いに震えなさい。この残酷な運命の前に」


 またもやステッキが振られると、今度は観客席の後方に大型のスクリーンが現れた。

画面に文字が浮かび上がり、次々と文章が表示されていく。

 

 一の目、ペロペロ地獄行、ケルベロスから三つの舌でペロペロされる。


 二の目、ぬるま湯地獄行、ぬるま湯に浸かったまま悶々とする。


 三の目、脇役地獄行、劇で毎回木の役をやらされる。


 四の目、S地獄行、角の生えた美女悪鬼に鞭で打たれてお仕置きされる。


 五の目、冷え冷え地獄行、最低温度に設定をされたエアコンの風にさらされ冷え冷えになる。


「ちょい待って! ちょい待って! おかしい、何かおかしい⁉ 俺の知ってる地獄とは違う!」


 ダイスの目が怪しく光る。


「ふふふ、これから待ち受ける過酷な運命に恐怖のあまり混乱しているのね。無理もないわ。軟弱な現代っ子にはつらい地獄ばかりだもの」


「いや、優しくない? どれも微妙に嫌だけどさ、どちらかといえば優しいほうだよね?それぞれ地獄ってついてる割にはぬりぃよ。軟弱でも大丈夫そうだよ。てか、現代っ子なめんな!」


「強がらなくてもいい。男の子だもの、見栄を張りたいのよね? でも安心して。地獄の呵責は一日一時間だけ受ければいいから、きっと耐えられる」


「予想よりよっぽど甘え! 甘すぎる! これなら現代人のほうがよっぽど呵責を受けてるよ! 辛くても日々を精一杯生きてるよ!」


「引きこもりのニートだったあなたにそれを言う資格はない」


 容赦のない言葉を受けて俺は言葉につまる。

 ぐっ、確かにその通りだ。まさかこのボケ女神に逆にツッコまれるとは。


「つうか、どうして俺の運命は地獄行ばっかりなんっすか? 地獄に落ちるほどの悪事を働いた覚えはないんですけど」


 すっとダイスは人差し指を立てる。


「理由は簡単。死因が萌え死だからよ。昔から萌え死は問答無用で地獄行って決まってるの」


「ひでぇ! 萌える心に罪はないだろ! てか、萌え死は俺が人類史上初じゃ――」


「さっ、はりきって最後の目の運命を発表するわ」


『イエーイ!!』


「おいこら、まてぇぃ!」


 取りつく間もなくダイスは司会を進める。


「気になる六の目は――」


 勿体ぶってるけど、どうせ地獄のどっか行きなんだろ?

 今まで出てきた候補から考えると、地獄というには微妙な感じの場所なんだろうな。


 またもやデデンっと効果音が鳴る。


 六の目、そうだ異世界、行こう。ドキドキのハーレムライフがあなたを待っている。


「異世界キター!! けどこの流れでなぜに異世界行⁉ 問答無用で地獄行じゃなかったのかよ⁉ 適当すぎんだろっ!」


「だって、一つぐらい当たりがないとおもし――こほん、じゃなくて救われないじゃない?」


 今、面白くないって言おうとしたよね? 畜生、この女神完全に人の運命をもて遊んでやがる! 遊戯の女神とはよく言ったもんだ!


「というか、萌え死した人間にハーレムって……それもういっぺん死んで来いって意味だよな? それって救われてんの?」


「あら? じゃあ止めとく? せっかく気に入ると思ったのに残念ね。仕方ない、地獄行に変えようかしら?」


 即座に俺は土下座した。


「そのままでお願いします! 異世界行がいいです!!」


 何を隠そう俺は異世界ファンタジーに憧れていた。

 現代の知識を生かして成り上がる。

 あるいはチートスキルで無双しまくって俺TUEEEEをする。

 そしてまだ見ぬ美少女たちとキャッキャウフフの日々を送る。

 あぁ、なんて素晴らしき異世界ライフ。


 ダイスの傍でポットが耳でハートのマークを作る。


「ふふ、あなたも好きねぇ。わかった、六の目が出れば異世界行よ」


「あざあぁあああああすっ!!」


 腹の底から声が出た。

 かつてここまで心を込めて感謝をしたことがあっただろうか。


「それじゃあそろそろ振って」


「う、うっす!」


『イエーイ!!』


「では、はりきってどうぞ」


 ファンシーな観客たちが手拍子を始める。


『何が出るかな? 何が出るかな?』


 サイコロを抱えて俺は集中する。


 見せてやるぜ! 俺の圧倒的運命力、徹底的主役補正!

 待ってろ、ハーレムライフゥウゥー!!!


 渾身の力を込めてサイコロを投げる。


「のわっ!」


 勢いのあまり前のめりに転んでしまった。

 気づいたら台座から転げ落ちていた。


「いてて……」


『ざわ……ざわ……』


 観客が動揺している。

 もうサイコロの目が出たようだ。

 どうなったんだ? どの目が出たんだ?


「これは驚いたわ……」


 ダイスの反応を見て、俺の気分が沸き立つ。

 もしかしてやったのか? 出しちまったのか⁉

 転がったサイコロを見つける。


 その出目は――六だった。


「よっしゃああああああ!!!」


 ぐっと拳を握り雄たけびを上げた。

 これから夢にまで見た異世界生活が始まる。


「女神様! 俺、やりましたよ! 気合で出しましたよ!」


「えぇ、出したわね。本来出るはずのない目を」


 へっ? 本来出るはずのない目?


「まさか六は出ないよう細工してたんですか?」


「何言ってるの? 私が細工なんてつまらない真似をするわけないじゃない」


「だったら別に六が出てもおかしくないのでは?」


「あら、勘違いしているのね。あなたが出した目は六じゃないわ」


 慌ててサイコロの目を確認する。

 やはり出目は六だ。

 俺はサイコロを指さす。


「やだなー、よく見てくださいよ。サイコロの出目は六です」


 ダイスは別の場所を指さした。


「あなたこそよく見なさい」


 ダイスが指さした先、そこには一の出目のサイコロがあった。


「はあっ⁉ サイコロが二つ⁉ どうして……あっ!」


 よく見ると、サイコロは半分に割れていた。


「強く投げすぎたみたいね。床のパネルに当たって割れちゃったのよ。ちょうど半分ぐらいになって、それぞれ一と六の目を上に向けた状態で止まったわけ」


「そんな……じゃあ出目はいくつに?」


「出目は――七よ。さすがに予想外の結果だわ……」


 それは本来出るはずのない目。

 一から六の目のどれかしかでないはずの運命を覆す目だった。


『ざわ……ざわ……』


 観客は動揺していた。

 観客だけではない。ダイスもまた動揺している風に見える。

 サイコロを見つめたまま呆けているようだ。

 予期せぬ事態に俺の審判を決めあぐねているのかもしれない。


 数秒後、さらに予想だにしなかった光景を俺は目撃する。


「ぷっ……ぷふぅーっ」


 女神ダイスが顔をほころばせて笑っていた。

 ポーカーフェイスは崩れ、笑顔の花が咲いていた。楽しく笑う女神からは喜びが明確に伝わってくる。楽しいと、心から楽しいと、伝わってくる。


 目が離せない。

 俺は女神の素敵な笑顔に見惚れてしまった。


 しばらくしてダイスは落ち着きを取り戻す。

残念ながら表情は無表情に戻ってしまったが、少し柔らかい雰囲気があるようにも見える。


「出目は七。よって運命は決まったわ」


 ふわりと宙を舞いダイスが目の前までやってくる。

 細い両手を伸ばし俺の頬に小さな手を添えてきた。


 突然手に包まれ、俺は少し戸惑う。心臓の鼓動が早くなるのを感じた。


 愛おしいものに触れるように、その手は優しく温かった。

 ダイスはわずかに目元を和らげてこう言った。


「晴也、あなたは神になる」


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