上手に焼けました♡
モデリングルームにて俺はパソコンのキーボードを叩く。
再度勇者を召喚する前に新たなスキル開発を手掛けていた。
パソコンのディスプレイを睨みながら俺は悩む。
今度こそ魔王を倒せるスキルを作らなくては!
「はるやお兄ちゃん、コーヒーをお持ちしました」
天留美が隣にやってきて、ほのかに湯気が立っているカップを俺に渡す。
「ありがう、天留美」
カップを受け取った俺は作業をいったん中断した。
「調子はどうですか?」
「まーぼちぼちかな。スキルの案はわりとすぐに思いつくんだけど、それを形にするまで結構手間が掛かるからな」
天留美が画面を見たそうにしている。
「ん、見るか?」
「はい、見たいです」
椅子を少しずらしてスペースを空ける。
天留美はディスプレイを覗き込んだ。
画面にはスキルを作るためのソフト、『スキルツクール』が開かれていた。
スキルツクールのウィンドウには次のような項目が並んでいる。
スキル名、種類、効果、効果範囲、エフェクト(演出効果)、発動時間、継続時間、発動条件、影響率、成功率、使用回数(制限)……など。さらにこれらの項目にいくつもの小項目が続いている。
「いつ見ても細かいのです」
「これでもかなり簡略化されてるだけどな。細かい調節は専門の業者に依頼してやってもらってるし」
「見積もりをお願いするんですよね?」
「そうそう、項目を入力して送信すると考案したスキルの詳細がプレビュー付きで返ってくる。プレビューを見ながらスキルの良し悪しを判断し、気に入らなければまた見積もりを頼む。そしてまたプレビューが返ってきたらチェックする。納得いくまでその繰り返しだ」
「大変なのです」
しみじみと天留美は呟いた。
腕を組みながら俺は頷く。
「ほんとほんと、スキル作りって大変なんだよ。しかもまだこれが第一段階っていうのがなぁー。第二段階からもまた苦労するんだ」
「第二段階はタイミングが難しいです」
「そうそう、最初は何度もやり直したなぁー……」
初めてスキルを作った時を俺は思い出す。
あれは一撃必殺のスキル、エターナル・パニッシャーを作ったときだった。
ようやく第一段階のスキルの設計が終わった後、俺は遊戯の女神ダイスに連れられ天鞠と天留美と一緒にある場所に訪れていた。
「じゃあ、スキル作りの第二段階を始めましょうか」
額から汗を流しながら俺は聞く。
「あの、ダイスさん。本当にここでやんの?」
「そうよ。どうしたの? 何か不安なの?」
「不安というか、何ていうか……まずここ、どこ?」
周りを見渡すと鬱蒼と草木が生い茂る密林が広がっていた。
近くには幅広な川が流れており、俺たちは川辺の岩場に立っている。
おかしいな? さっきまで大型ショッピングモールにいたと思ったのに……。
「密林よ」
「いや、そりゃあ見ればわかるよ! どうしてモールから出たらすぐ密林なんだよ⁉ おかしいだろ、周りにあるはずの建物が影も形もないぞ!」
「細かいことは気にしないで。ここは神界なのだから地理なんてあってないようなものよ」
地理っていうか空間の繋がり方がおかしいよ。
「はるにい、もう下ろしていいー?」
ぱんぱんになった大きな袋を背負った天鞠が俺に尋ねる。
「あっああ、すまん。下ろしていいぞ。ありがとう、天鞠」
どすんと音を立てて袋が地面に降ろされる。
持ち前の超越的な身体能力を活かして天鞠は俺を手伝ってくれていた。
「へへ、力仕事ならまかせてよ。はるにいも下したら?」
俺も俺で重たいパックパックを背負っていた。
「そうするか」
肩からバックパックを下ろし俺は一息ついた。汗が頬を伝って流れ落ちる。
「はるやお兄ちゃん、使ってください」
どうぞと天留美が俺にハンドタオルを差し出してくれた。
「ありがとう、天留美。でも先に天鞠に渡してあげてくれ。俺よりもはるかに重たいものを持ってきたんだ。さぞ汗をかいてるだろうから――」
そう言いつつ天鞠のほうを見る。
名前を呼ばれた天鞠は不思議そうに小首を傾げる。顔には汗の一滴も浮かんでいなかった。
「ああいや、何でもない……」
ハンドタオルを受け取り俺は汗を拭いた。
うん、仕方ないよな。天鞠は身体能力が極めて高い天使だし。俺は神と言ってもまだ普通の人間と大して変わらないし。気にしない、気にしない。
「荷物を下ろしたなら、さっそく組み立ててみて。説明書は一緒に中に入ってるから」
「はいよ」
バックパックを開けて中身を確認する。
中には肉焼きセットが入っていた。火をつける台座の部分と、肉を置く支柱、火をつけるための小道具が一式揃っている。
説明書を見ながら俺は肉焼きセットを組み立てた。
「天鞠、そっちの袋から例のお肉、持ってきてくれ」
「はいはーい!」
ぎっしりと肉が詰まった袋から天鞠は一つ取って、俺に渡す。
肉はこんもりとしており、中央に太い骨が通っている。漫画によく出てくるやけにおいそうなお肉のようだ。
「サンクス。……にしてもこんなんで本当にスキルを作れるのか?」
「あら、疑ってるの?」
「だってさ、第一段階はパソコンのデスクワークなのに、なんで第二段階になったら密林で肉焼きになってんだよ? 意味わかんねぇよ」
「晴也ってお肉嫌いだったかしら?」
「肉は好きだけど、そういう問題じゃねえ! 第一から第二にかけての繋がりがイミフすぎんだよ! パソコンのソフトで設定したスキルが、肉焼きにどう関係してんのかって話」
「お肉には設定したスキルの情報が盛り込まれているわ。お肉を焼くとスキルの情報を含んだ美味しいお肉になる」
「いや、余計に意味がわからない」
スキルって調味料なの? お肉にかけて一緒に焼くと美味しくなるもんなの?
片手を頬に当ててダイスは思い悩むようなポーズをとる。
「子どもの晴也にはまだ早かったわね」
「大人になっても分かる気がしないんですが……」
「とにかくお肉を焼くのよ。上手に焼けた肉が出来なければ、スキル作りはここで中断よ」
結局意味はわからずじまいだが、焼かなければ次に進めないとあればしょうがない。
俺は台座に火をつける。やけど防止用の厚い手袋をはめて肉を取り、支柱に乗せようとした。
「待って」
寸前のところで俺は手を止める。
「ん、どうした? 肉を焼くんじゃなかったのか?」
「ただ焼くだけじゃ不十分よ。上手に焼かないと意味がないの」
「上手につったって、俺は肉焼きに関しては素人だぞ。フライパンやコンロで焼くのとは勝手が違うだろうし、いきなりうまく焼くのは無理だ」
「そこはあの子たちに手伝ってもらうのよ」
そう言ってダイスは天鞠と天留美を呼ぶ。
まもなくして二人はダイスの前にやってきた。
「いい二人とも? 教えた通りにやるの」
「うん、わかった!」
「はいです!」
どうやら事前に二人には話をしていたらしい。
今度は俺のそばに天鞠と天留美は近寄ってきた。
選手宣誓するときのように天鞠はびしっと手を伸ばす。
「てまり、歌いまーす!」
「へ?」
呆ける俺をよそ可愛らしい声で歌が始まる。
『テンッテテン テテテ テンッテテン テテテ テケテンッ テケテンッ テケテンッテケテンッ テッテケレンッテンテンッ!』
唐突に歌い、そして唐突に終わった。
聞き覚えのあるBGMだった。確か狩りをするゲームで流れていたような気がする。
「……いきなりどうした?」
「あたしが歌うから、はるにいはリズムに合わせて肉を焼いてね。最後の『テッテケレッテンテンッ!』の直後にタイミングよく肉を上げれば上手に焼けるよ!」
「マジで⁉」
天使は朗らかに笑う。
「うん、大マジ!」
ただのマジじゃない。大マジときた。
ならば物は試しにと俺は支柱に肉をのせる。
肉の骨につけたハンドル部分をゆっくりと回す。
俺のスタートに合わせて天鞠は歌い始めた。
『テンッテテン テテテ テンッテテン テテテ テケテンッ テケテンッ テケテンッテケテンッ テッテケレンッテンテンッ!』
「そりゃあ!」
気合を入れて俺は肉を持ち上げた。
どうだ? うまく焼けたのか?
天鞠に肉を見せてみる。
肉をしばらくじーと眺めてから天鞠は笑った。
「あはっ、わかんない!」
わかんないのかい!
「お前なー、自信ありげに言っておいてそりゃあねぇだろ」
「出来栄えを見るのはあたしの担当じゃないもーん」
口をとがらせて天鞠は反論した。
「じゃあ、誰が見るんだよ?」
「あの、見せてもらってもいいですか?」
控えめに天留美が申し出てきた。
「おっ、いいぞ」
焼いた肉は熱いので手袋をはめた俺が持ったまま見せる。
天留美はお宝を鑑定するように肉を間近で確認する。
「ふむふむ、これは『やや焼けた肉』ですね。タイミングが少し早かったみたいです」
ややってこれまた微妙なラインだな。
「やり直しってこと?」
天留美の表情が申し訳なさそうになる。
「残念ですけど、そうなります」
「しょうがない、もう一回やってみるか! 天鞠、もう一度歌ってくれ」
「らじゃっ!」
ぴしっと天鞠は敬礼をした。
袋から俺は新しい肉を取り出す。支柱に乗せてハンドルを回し始めた。
『テンッテテン テテテ テンッテテン テテテ テケテンッ テケテンッ テケテンッテケテンッ テッテケレンッテンテンッ!』
「せいやあ!」
掛け声ともに俺は肉を持ち上げた。
「天留美、見てくれ」
「はいです。ふむふむ、これは――」
どうだ? 今度こそうまく焼けただろ?
「『やや焦げた肉』ですね。タイミングア少し遅かったみたいです」
あちゃー、ちょっと焦げちゃったかー。
「またやり直し?」
「はい、そうなります」
「天鞠、もう一度だ!」
「がってん!」
天鞠は力こぶを作るポーズをした。
『テンッテテン テテテ テンッテテン テテテ テケテンッ テケテンッ テケテンッテケテンッ テッテケレンッテンテンッ!』
「おりゃあ!」
勢いよく俺は肉を持ち上げた。
どうよ? いい感じに焼けてないか?
「ふむふむ、これは『少しばかり焼けた肉』ですね。タイミングが早かったみたいです」
「あのさ、さっきの『やや焼けた肉』とどう違うんだ?」
いつになく真剣な表情で天留美は語る。
「違うのです。やや焼けてるのと、少しばかり焼けてるとのでは、そこはかとなく違います!」
「そこはかとなく⁉」
もうそれ直観でかすかに感じるレベルの違いだよね? 判定細かすぎない?
「またやり直しっすか?」
「はい、そうですね」
「もうこれでいいじゃないの?」
「中途半端はよくないわ。もっと美味しく焼けるはずよ」
横からダイスがダメ出しをしてきた。
「一応焼けてるしいいじゃん?」
ぱちんとダイスは指鳴らす。
メラメラと燃える炎がダイスの背後に現れた。
「どうしてそこでやめるのそこで? もう少し頑張ってみなさいよ」
「うわっ、あっつ!」
「もっと熱くなりなさいよ」
「心だけじゃなく、体を物理的に熱くさせようとするのやめい! 火傷すんだろ! ていうか、ダイスは炎の近くにいて大丈夫なのか?」
ダイスはその場で一回転してロリータ風の服をひらりとさせる。
「私の服には火炎竜の鱗が使われているから、耐熱性に優れているのよ」
「そんなひらひらした服のどこに鱗が使われてんだよ! 適当言ってんじゃねぇ!」
俺は声を荒げてツッコんだ。
もう一度指を鳴らしてダイスは炎を消す。
「ふふ、どうやらツッコみのおかげで熱くなれたみたいね。その勢いでもう一度トライしてみましょうか?」
「はぁー、わかったよ……」
気乗りしない返事をしつつ俺はまた肉をセットする。
「頑張ってください、はるやお兄ちゃん!」
傍から天使が悶えそうになるくらい可愛いエールを送ってきた。
ふおぉー、かわええぇー!
お兄ちゃんと呼ばれて体に力がみなぎる。
「よーし、お兄ちゃん頑張っちゃうぞぉー!」
こうして肉焼きは何度も繰り返された。
「てりゃあ!」
「これは『焼きすぎた肉』ですね。タイミングが遅かったみたいです」
「ふん!」
「これは『甘めに焼けた肉』ですね。タイミングが早かったみたいです」
「あらよっと!」
「これは『おいしい肉』ですね。牛乳と合わせると美味しいみたいです」
「まだまだ!」
「これは『とりあえず生の肉』ですね。居酒屋に入ったらまず頼むみたいです」
「おりゃあ!」
「これは『不完全燃焼なんだろの肉』ですね。思わず『そうなんだろ?』って言いたくなるみたいです」
「どうせやり直しなんだろ? そうなんだろ?」
そんなこんなを何十回も繰り返した頃。
俺は額から汗を拭う。
「くそう、またダメだったか……。つうか途中から焼き加減の識別じゃなくなっていたような……」
天留美は心配そうに気遣う。
「あの、少し休憩したほうがいいのでは? もう四十三回も連続でやってます」
「いや、もう少しなんだ。もう少しで掴めそうな気がする」
俺はともかく天鞠のほうは大丈夫か?
俺も疲れてきたが、何度も歌い続けた天鞠も疲れているはずだ。天鞠がヘトヘトなら一度休憩を取るが……。
『めまいと熱は社畜のしるし 二十四時間戦えますか アゲイン アゲイン 若さよアゲイン――』
疲れを見せるどころか天鞠は呑気に他の歌を口ずさんでいた。
あ、うん、ぜんぜん余裕そうですね。さすがだぜ、天鞠ちゃん。
「天鞠、もう一度いけるか?」
両手を上げて天鞠は元気をアピールする。
「バッチコーイ!」
歌が始まる。
『テンッテテン テテテ テンッテテン テテテ――』
落ち着け、落ちついて集中しろ。
宇宙にいる己を、否、己にある小宇宙を感じるだ。
『――テケテンッ テケテンッ テケテンッテケテンッ テッテケレンッテンテンッ!』
「そりゃああああああああああああ!!」
絶妙なタイミングで俺は肉を持ち上げた。
よし! 今までにない手ごたえを感じたぞ!
「こ、これは!」
天留美は目を見開いて驚いた。
「すごいです! これは『上手に焼けた肉』です!」
「しゃああああああああ!」
拳を振り上げ俺は喜びの雄叫びを上げた。
「やったぞ! ついにできたぞぉおおー!」
合わせた手を天留美は頬に当てる。
「上手に焼けましたー」
天鞠は万歳をしてはしゃぐ。
「おめでとう、はるにい!」
結構回数はかかっちまったが、なんとかできて良かった。
傍で見守っていたダイスに俺は「上手に焼けた肉」を見せつける。
「ふふん、どうだ、これで文句ないだろ? ちゃんと美味しく焼けたぞ!」
ダイスは肉を見て頷く。
「なかなかの出来ね。こんがりと焼けていていい匂いだわ」
「いやーここまで苦労したぜ。無事に終わってよかった」
さっそく後片付けをしようと俺は肉焼きセットへと向かう。屈みこんで台座の火を消そうとした。
その時、俺の背中越しにダイスは衝撃の一言を告げる。
「それじゃあこの調子で『ウルトラ上手に焼けた肉』をお願いね」
一瞬、頭が真っ白になった。
「……あんだってー?」
耳の遠いおばあさんみたいな感じで俺は聞き返した。
「だたの『上手に焼けた肉』だと不十分なのよ。もっとタイミングよく火から離せば、『ウルトラ上手に焼けた肉』になるから」
「これよりまだ上の仕上がりがあるのかよ⁉」
お子様ランチに刺さっている感じの旗をダイスは応援するように振る。
「ここからが本番よ。さあ、気合を入れていきましょう」
「嘘だろおぉおお!!」
第二段階を完了するにはさらなる試行回数が必要となったのだった。