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7Dice  作者: 雨夜冬樹
18/23

君が変われば世界も変わる

 映像が切り替わった。


 画面には鉄格子で囲まれた牢屋が映っていた。

 四方に看守が椅子に座り、誰かが常に牢屋を監視している。

 牢屋の中では勇者が簀巻きにされて吊るされていた。


『おい』


 勇者は看守を呼んだ。


『どうした? 便所か?』


 面倒くさそうに看守は要件を尋ねた。


『違う』


『ならおやつか? もぐもぐタイムにはまだ早いぞ』


 もぐもぐタイムあんのかよ! 


『そだねー……って違う! 僕はいつまで捕まっていなければならないんだ? もう一週間は経っているぞ! 僕が悪事をしていないとみんなわかったはずだ。いい加減解放しろ!』


 ぼやっとした面をして看守は頭をぽりぽりと掻く。


『って俺に言われてもなー。上から命令は下りてこないし、解放をするわけにはいかねぇよ。黙って大人しくしてな』


『だったら上のものを連れてこい! 直接話をつけてやる!』


『って言われてもなー。上のものを連れてこいって命令は来てないし、呼びに行くのもだりぃからダメだ』


『ふざけるな! 僕を今すぐ解放しろ!』


 拘束を解こうと勇者は必死にもがくが、宙ぶらりんになった体が左右にぶんぶんと揺れるだけだった。


 画面に看守とは違う人物が現れる。

 身綺麗な服装をした中年の男で武器や防具を身に着けていない。


『良かったな。役人が来てくれたぞ』


 看守はそう言いながら席を立った。他の看守たちも立ちあがる。

 役人は牢屋の前に立って勇者に話しかける。


『調子はどうだね? 三食おやつ付きの生活は悪くないだろう?』


『僕を甘く見ているのか?』


 わなわなと勇者は震える。


 いくら条件が良くても囚われの身だもんな。そりゃあ頭にくるさ。


『おやつと言っても木の実ばっかりじゃないか⁉ もっとクッキーとかケーキみたいな美味しいおやつをよこせ!』


 怒るとこそこなの⁉


 役人は鼻で笑った。


『監禁されている身で図々しやつめ。そんな余裕のある態度を取れるのを今のうちだ。お前にいい知らせを教えてやろう。お前が捕まっている間も被害は出続けている』


『ほら見たことか! これで僕の無実は証明されたわけだ』


『されておらんよ。今起きている被害がお前の仕業でなくても、前にあった被害はお前の仕業かもしれないではないか』


「ダイス様が言った通りなのです」


 感心した様子で天留美は言った。


「ほらね」


 涼し気な表情でダイスはかすかに微笑む。


 勇者は鼻を鳴らして笑う。


『はん、僕がやった証拠はない』


『証拠がないのが証拠になる。痕跡を残さないステルススキルを持つお前の場合はな』


『その理不尽な考え方も、今回僕が捕まっていたおかげで変わったはずだ。あんたはともかく街の人々は考え直してくれたに違いない!』


「わぁー、ダイス様が言った通りだー」


 驚きに満ちた声で天鞠は言った。


「ほらね」


 またもや得意げになるダイス。


「……お前、もしかして映像を見れてたんじゃないのか?」


 テレビに映像が送られたときにダイスも画面を見ていた。超高速の映像は天留美にしか捉えられないと思っていたが、実はダイスにもできた。そう考えると辻褄が合う。


 ダイスはミステリアスに微笑む。


「ふふ、どうかしらね?」


 相変わらず底の知れない女神だ。


 役人は声を出して笑った。


『何がおかしい⁉』


『確かに人々の中には考えを改めるものもいるだろう。だが、それがどうした? お前はこれからも牢屋からは出られない』


『なぜだ⁉』


『お前という存在は危険すぎるからだ。お前がその気になれば痕跡一つ残さず、王室へ侵入できる。そして寝ている王に元へ忍び寄り、枕返しができてしまうではないか』


 枕返しって何だよ? そこは寝込みを襲う恐れがあるとかじゃないんかい!


『馬鹿な! 僕がわざわざいたずらしに王室へ忍びこむわけないだろ』


「だよな。ダイスじゃあるまいし……」


 誰にも聞こえないほどの小声で俺は呟いた。


「何か言った?」


「いえ、何でもないです」


『王は寝不足になるのではと危惧しておる』


 知らねぇよ! 他にもっと危惧するところあんだろ! 王の能天気さのほうがよっぽど危惧されるべきだよ!


『僕はやらないと言っている』


『その確証はどこにある? お前がスキルを持っている限り、いくら王に忠誠を誓おうとも得られぬ証拠だ』


『くそうっ!』


『それに街の治安にとっても都合がいい。お前が街にやってきてから街の治安が急に悪化した。とくに盗難事件が相次いでいる。大方、勇者のスキルの噂を嗅ぎつけ、便乗する輩が現れたのだろう。盗んでも勇者のせいにできると考えてな』


『僕のせいじゃない』


『いや、お前のせいだ。お前という存在が盗人を招き、住民の心を陰らせ、治安を悪化させる』


『……だったら僕を解放しろ。街にとって害悪になるなら、僕は街から出ていく』


『ダメだ。まず本当に街から出ていく保障がない。加えて捕まえているほうが街にとって安全だ』


『どういう意味だ?』


『お前が捕まっている間も被害は出続けた。だが、数は減少していっている。勇者が捕まったという事実が悪事の抑制に繋がっているのだ。考えて見ろ。この流れで勇者が解放されたと知られれば、また治安は悪化してしまう』


『だが魔王はどうするんだ! 僕がやらなければ誰が魔王を倒せるっていうんだ! 魔王を野放しのままにすれば、いつかこの街もお前も滅ぼされてしまうかもしれないんだぞ!』


『魔王の脅威は認めよう。しかしそれでもお前を解放するわけにはいかない。仮にお前が魔王を倒せたとしてその後はどうなる?』


『どうって世界に平和が訪れるだろ?』


『いいや、訪れやしない。魔王を倒した勇者は魔王以上の危険な存在となる。お前は魔王よりもよっぽど危険だ。しかも住民たちから迫害を受けたせいで、この街に恨みも抱いているに違いない。魔王を倒した後、お前は街に魔王の脅威を上回る最悪を招き、街を滅ぼすだろう』


『馬鹿な……僕は決して街を滅ぼそうとはしない!』


『信用できん。お前という存在は危険すぎる。勇者は捕まっていたほうが人類のためなのだ。救世主である勇者なら理解してくれたまえ』


『納得できるか! 出せ、ここから僕を出してくれ!』


 役人は牢に背を向ける。


『おやつの件は料理人に伝えておこう。クッキーでもケーキでも好きなだけ食べればいい』


『ま、待て! 話を聞いてくれ!』


 勇者の制止に応えず役人は歩き去ってしまった。


 看守はあくびをする。


『残念だったな、勇者。まあ、そう気を落とすなよ。次からのおやつは期待できそうじゃないか。きっとうまいもんが食えるぞ』


 勇者の目に涙が浮かぶ。


『嫌だ……こんな場所で終わるなんて……。誰か……誰か助けてええぇ!』


『デンッテーレレ、デンッテーレレ、デンッテーレレ』


 ノリのいいリズミカルなBGMが聞こえ始めた。


 看守たちはそわそわと辺りを警戒し始める。


『何だ、この音は……?』


 勇者の目から涙が零れ落ちた瞬間、壁が勢いよく吹き飛んだ。


『テンシマァアアアアアアァン!!』


 壁の向こうから天使の羽が生えた全身銀色のムキムキマッチョマンが現れた。天使ヒーロー、スーパーテンシマンの登場である。


『うわぁあああっ⁉ 誰だこいつは⁉』


 鮮烈な登場に看守は圧倒され、腰が引けていた。


 テンシマンは牢屋の前まで一瞬で移動し、鉄格子を両手でがっしりと掴む。

 テンシマンが力を加えると、鉄の檻は飴細工のようにねじ曲がってしまった。


『嘘だろ……』


 体をぶるぶると震わせ看守は呟いた。


 簀巻きにされた勇者は顔を上げる。


『天使が、助けに来てくれた?』


 勇者を吊っている縄を手刀で切り、テンシマンは勇者を肩に担いだ。そのまま脱出するのかと思いきや、体を回転させ始める。


 回転はどんどん速度を増していき、テンシマンを中心に風が吹き荒れる。


「あ、あれは! テンシマンがもつ特技の一つ、『エンジェル・タイフーン』! 体を猛烈に回転させ、ミラクルな風を巻き起こす技。暴風によって武装した集団を傷つけずに、強制的に武装解除させてしまう。看守たちの武装を解くつもりか⁉」


『のわぁああっ⁉』


 風によって看守たちの武装が解除される。

 しかしテンシマンは回転を止めない。それどこかますます回転を増していく。


 吹き荒れる風に武器どころか、周りにある物まで攫われていく。

 石壁に亀裂が入り、ついには天井が崩落した。


 されどテンシマンは回転を止めない。


 ミラクルな風は人間を除いて全てを攫っていく。巻き上げられたものはバラバラになり、上空のはるか彼方へと消えていく。


 被害は勇者のいた建物に収まらない。

 エンジェル・タイフーンの風は街中に吹き荒れ、家、店、道路、植木、ありとあらゆる人工物を吹き飛ばす。

 街の人々が悲鳴を上げている。


 風は彼らが着ている服までも散り散りにして、奪っていく。

 されど人体までは傷つけない。非常に紳士的な風である。


 やがて風は街そのものを攫い、残されたのは裸になった人間だけだった。

 悪夢のような出来事に人々は項垂れる。


 その元へスーパーテンシマン舞い降り、勇者が降ろされた。

 簀巻きに使われていたボロ布をマントのように羽織り、勇者は街の惨状を見渡す。


『もう隠されたものは……ない』


 そう勇者は呟くと、ボロ布のマントを勢いよく脱ぎ去った。捕まった時と同じ、はっぱ一枚の姿となる。その姿になぜか後光が差しているように見える。


『みんな聞いてくれ! 人はなぜ人を疑ってしまうのか? それは隠すからだ! 人に見られたくないものを、見られるとまずいものを隠そうとする』


 瓦礫の上に立ち勇者は大声でスピーチを始める。


『しかし、もうこの街に隠されたものなどない! 家も財産も、何もかも風が攫ってしまった。今、全ては白日の下へ晒されている! あらゆるものがリセットされたんだ!』


 顔上げて人々は勇者の話に耳を傾け始めていた。


『積み上げてきた富や地位を失い、嘆く人もいるだろう。しかし、僕たちは生きている!生きているだけでラッキーだ! 生きてさえいれば何度でもやり直せる!』


 勇者は手を高々と掲げた。


『だからもう一度立ち上がろう! 背筋を伸ばしまっすぐ立つんだ! そして周りを見てくれ。みんな裸で丸腰だ。今なら誰も差別や偏見を持たず、手を取り合っていける。みんな一緒でハッピーだ!』 


 人々の顔に活力が戻りつつある。


『そうだ、俺たちは一緒だ! 丸腰だからみんな最強だ!』


『ヤッタ、ヤッタ!』


 勇者に賛同し立ち上がるものまで現れた。


『まだ僕を疑っている人もいるだろう。けど信じて欲しい。僕はもう隠れない! このはっぱ一枚の姿で人と正面から向き合い、信頼を取り戻して見せる!』


 いや、そこは普通に服を着たほうが信頼を取り戻せるのでは?


『みんな協力してくれ! この街をともに復興させるんだ!』


 そう勇者が叫ぶと至る所から拍手と歓声が聞こえ始めた。


『よく言ったぞぉー勇者ー!』


『疑って悪かったー! 許してくれー!』


『ワンチームになって頑張ろうぜー!』


 勇者からテンシマンがそっと離れる。

 彼は満足そうに一度頷くと空高く飛び立っていた。


『テンシマァアアアアアアァン!!』


 天留美はぽちっとテレビを消した。


「以上なのです」


「失敗はともかく、いい話だったー」


 わざとらしい口調でダイスは感想を述べた。


「いい話……だったのか?」


 勇者は変態になっちまうし、街は滅んだし、人々は全裸になるし、結構滅茶苦茶な話だった気がする。


「隠し事をせずに人と真摯に向き合うためには全裸になる必要がある。うん、教訓になるわね」


「ならねぇだろ! 変なところを教訓にするなよ! 露出狂を増やすだけの都合のいい口実になりかねない!」


「さっそくこの教訓を生かすべきよ」


「もしもし、俺の話聞いてます?」


 ピーと笛を吹く効果音が鳴る。

 ポットが口にホイッスルをつけていた。

 音に合わせてダイスは俺を指さす。


「というわけで、晴也、服を脱いで」


「はい? 今なんて?」


「私は晴也と真摯に向き合いたいの。だから、脱いで」


 人を脱がすための口実として利用する気か!


「ふ、ふざけんな! 誰が脱ぐか!」


 ダイスから俺は距離を取る。


「逃げようとしても無駄。出番よ、パペットカンパニー」


 ダイスが指を鳴らすと、ファンシーな動物のぬいぐるみたちが姿を現した。女神ダイスが使役する小さき神使、パペットカンパニーのご登場である。


「晴也を捕らえなさい」


『イエーイ!』


 パペットたちはダイスの命令を受けると、一斉に俺へと向かってくる


 捕まってるなるものか!


 俺は天鞠に向かって叫ぶ。


「頼む、パペットを止めてくれ!」


「はいはーい!」


 元気よく返事をして天鞠は俺の前に出る。寄ってくるパペットを目にもとまらぬ動きでいなしていく。


「やるわね」


「へへーん。たとえダイス様でも、はるにいには手出しさせないよ」


「それは残念。あなたは晴也の裸を見たくないの?」


 ダイスの良からぬ企みに天鞠はピクリと反応する。


「おい、耳を貸すなよ。男の裸なんてただの汚物だ。見たら目が腐るぞ」


「あの、そこまで卑下しなくてもいいのでは?」 


 横から天留美はそっとフォローを入れてくれた。


「あら、天留美は見たいようね」


 天留美の顔が真っ赤になる。


「そ、そんなことないです!」


 くるりと振り返ってから天鞠は俺に笑いかける。


「ごめん、はるにい。やっぱりあたしも見たい!」


「なっ、ダイスの手先になるつもりか!」


「ふふ、これで二対一ね」


 むくりと倒れていたパペットたちが起き上がった。


 二対一っていうか多数対一なってるぅ!


 俺と天鞠の間に天留美が割って入る。


「ダメだよ、てまりお姉ちゃん! はるやお兄ちゃんを裏切るなんてっ!」


 てるみんマジ天使!


 裏切るという言葉を聞いた天鞠はまたもやピクリと反応する。


「うーん、裸は見たいけど、はるにいを裏切るわけには……あっそうだ!」


 振り返って再びダイスと対峙する天鞠。


「て、天鞠、わかってくれたのか?」


「ダイス様から守った後にご褒美で裸を見せてもらえばいいんだ!」


「なんですと⁉」


「晴也の裸を独り占めにする気ね。そうはさせないわ」


「はるにいは誰にも渡さないぞぉー!」


 ダイスと天鞠はにらみ合ったまま火花を散らす。


 天留美は小声で囁く。


「はるやお兄ちゃん、今のうちに……」


「……ああ、わかった」


 ダイスと天鞠が一触即発の空気の最中、俺は天留美に隠れてこっそり部屋から抜け出したのだった。


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