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7Dice  作者: 雨夜冬樹
17/23

はっぱ一枚あればいい

「次のシーンに移ります」


 リモコンを操作して天留美が映像を切り替える。


 画面にはまた街の広場が映っていた。

 広場には人だまりが出来ており、何やら騒ぎになっている。


『やーだー、マジー?』


『ありゃあ、何のつもりだ?』


『ママー、見て見てー、あの人すっぽんぽん』


『しっ、見ちゃいけません!』


 人々の視線の先には一部モザイクがかかった勇者の姿があった。


「ちょっ、あいつ全裸で何やってんの⁉」


 モザイクのせいではっきりしないが服も装備も一切身に着けていないように見える。


 ほんのりと頬を赤くしながら天鞠が目を細める。


「おぉー、すっぽんぽんだー」


「天鞠、目を細めて見るのはやめような」


 つい反射的に俺は注意した。


 モザイク処理がかかっていても刺激が強いのではと思ってしまう。

 あまり見せたいものじゃない。


「天留美もあんまりじっと見るなよ」


「こ、このぐらい平気なのです」


 今にもぶっ倒れそうなくらい顔を赤くしながらも天留美は気合を入れて見ている。

 全然平気そうに見えない。漫画とかアニメなら目がぐるぐるになってそうだよ!


 まさか⁉


 俺はダイスに尋ねる。


「なあ、もしかして天留美って目が良いからモザイクとか意味ないんじゃないか? ステルス状態の勇者も確認できていたし、今もモザイクなしで見えてるとかないよな?」


 無表情のままダイスは固まる。


「見えてない、はずよ……たぶん」


「どっちだよ! もうこういうシーンはモザイク処理じゃなくてカットにしたほうがよくね?」


「カットできない重要なシーンなのよ。それと安心しなさい。勇者は全裸じゃないわ。下のモザイク部分を見なさい」


 勇者の股間のあたりにかかったモザイクに注目する。

 よく見るとモザイクの色に緑色が混じっていた。


「あれはもしや⁉」


「そう、おそらく伝説のはっぱよ。勇者ははっぱを一枚だけ装備している。だから全裸じゃない」


「そうか全裸じゃないなら安心――じゃねぇよ! 全裸でなくても変態だよ。目の毒という点は同じだよ。まったく安心できねぇよ!」


 勇者は集まった人々に向けて語りかける。


『みんな聞いてくれ! 人はなぜ人を疑ってしまうのか? それは隠すからだ。見られてはまずいものを、知られてはいけない秘密を人は隠そうとする。ゆえに我々人間は隠されると良からぬ秘密があると疑ってしまう生き物なのだ!』


 人々は首を傾げる。


『なあ、あの露出狂は葉っぱ一枚で何言ってんだ?』


『さあ? 変態の話なんて理解できるかよ』


『おい、誰か早く衛兵呼べって!』


 なおも勇者は語り続ける。


『僕は疑われている。僕がステルスのスキルを使っているせいだ。だが勘違いしないでほしい! 僕には決してやましい秘密などない。悪いことは一つもしていない。ステルスで隠れていたのは予期せぬ脅威から身を守るためなんだ!』


 群衆からヤジが飛ぶ。


『ふざんけな! 公共の場で裸になっておいて悪くないもクソもあるか!』


『今のお前のあり様こそ俺たちにとって予期せぬ脅威だ!』


 痛いところを突かれた勇者は憤る。


『黙れっ! 裸になって何が悪い! 僕は身の潔白を示すためにあえて裸になったんだ! 今の僕は何も隠していない。このはっぱ一枚を除いては!』


 ふと俺は疑問を口にする。


「ところであの葉っぱはどうやってついてんだ? 紐とかでどうこうなるもんじゃないよな?」


 ダイスが答える。


「そこはツッコまないのがお約束よ」


「さいですか」


 騒ぎを聞きつけて衛兵たちがやってきた。

 勇者の周りを衛兵たちは囲む。


『勇者、貴様いったいどういうつもりだ⁉ 往来の場で裸になって演説するとは正気の沙汰じゃないぞ!』


 ほんとだよ。


 やってきた衛兵を見て勇者は歓喜する。


『やっと来てくれたか、待っていたよ! さあ、僕を捕らえてくれ!』


『はぁ? こいつ頭大丈夫か?』


 勇者は集まった人々に向けて宣言する。


『みんな聞いてくれ! 今から僕は捕らわれの身になる。独房に入れられ監視下に置かれるだろう。その間街で起こるいかなる悪事にも僕は関与できない。悪事が起きてもそれは別の人物の仕業になる。僕がいなくても街に今までと同じような被害が出続ければ、僕のせいでないと証明できるはずだ!』


『……つまり自ら捕まって無実を証明するわけか? しかし、被害が出なくなったら逆に貴様の行いだと決まるぞ、それでもいいのか?』


 勇者は力強く頷いた。


『かまわない。だが断言しよう。たとえ僕がいなくても被害は出続けると!』


『それほどの覚悟があるのならいいだろう。おい、連れて行け!』


 衛兵は勇者を捕らえて連行していった。


 俺は腕を組んで小さく唸る。


「まさか自ら捕まったとはな」


 殺人事件かと思ったら実は自殺でしたって感じのオチだ。ステルス中の勇者を捕らえるのは不可能と考えた時点でこの展開を予想出来たら良かったな。俺もまだまだ想像力が足りてないぜ。


 天留美に尋ねる。


「それで勇者は無実を証明できたのか?」


 天留美はゆっくりと首を横に振る。


「いえ、証明はされませんでした」


「あれっ? でも勇者は何一つ悪いことをしてないはずだよな?」


 往来の場でほぼ全裸になった点は除いて。


「はいです。でも理屈が合っていなかったのです」


「どういうことだ?」


「えっと……説明するのはちょっと難しいです……すいません」


 ダイスが俺に言う。


「なら代わりに私が説明しましょうか?」


「この先の映像も見てもないのにわかるのか?」


 余裕そうに笑みを浮かべるダイス。


「えぇ、これぐらい簡単よ」


「おぉー、ならご説明お願いしやす」


「初めに言っておくけど、勇者が捕まっている間に犯罪が起きようが起きまいが、勇者の無実は証明されない」


「何でだ? 勇者が捕まっていれば勇者の犯行でないことは一目瞭然だろ?」


「捕まった後に起きた犯罪に関してはそうでしょうね。でも、証明しようとしているのは過去に起きた事件における潔白よ。思い出して。勇者のせいにされた事件はどんな事件だったかしら?」


 酒場にいた女剣士と盗賊のやりとりを思い出す。


「犯人がわからない事件だ」


「そう、詳しく言えば犯人に繋がる痕跡が発見されていない事件よ。痕跡が見つからないから、認識される痕跡を残さずに事件を起こせる勇者の存在がやり玉にあがるわけね。本来犯人とは犯行を裏付ける証拠によって特定されるものだけれど、勇者の場合は証拠がなくても犯人と決めつけられてしまった」


 考えて見れば証拠もないのに犯人扱いされるのは異常だ。これも優秀なステルススキルの弊害か。


「つまり勇者のせいにされた過去の事件には証拠がないの。さて、ここで質問よ。新たな事件が起きたとして、その犯人が過去の事件にも関与していると判断するには何が必要?」


「証拠だ……。ああ、わかったぞ! 証拠がなければ過去と未来の事件における犯人は繋がらない。同一犯だと結びつけるためには証拠が必要。だが勇者のせいにされた事件にはそもそも証拠がない」


「たとえ新たな事件にて勇者以外の犯人が捕まったとしても、過去にあった事件もその犯人による犯行であるかは断定できない。ゆえに勇者は無実の証明ができなかった」


 ダイスは天留美に問いかける。


「この理屈で合ってるかしら?」


 天留美は目が点になっていた。


「は、はいです。まさしくその通りなのですよ! すごいです、ダイス様!」


 俺は両手を頭の後ろに置いた。


「ようするに勇者は暴走していたわけか。無実を証明しようと奔走したが筋が通っていなかったと。かわいそうだが、捕まる意味はなかっただろうな」


 そうかしらとダイスは口にする。


「意味はあったかもしれないわよ。確かに無実の証明はできなかったでしょうけど、街の人々の誤解を和らげる効果はあったんじゃない? 証拠の見つからない犯人は勇者に違いないって誤解をね。勇者が捕まっている間に似たような事件がまた再発したら人々はこう思うはずよ。もしかして勇者の仕業ではなかった? 勇者以外に真犯人がいる? ってね。そう人々に思わせられれば、捕まった甲斐もあるでしょう」


「あーなるほど、だからあんな目立つ形で捕まったのか。印象に残るようにすれば、街中に勇者が捕まったと大体的に知らしめられる。はっぱ一枚の姿に至るまで、そこまでの計算があったとは驚きだ」


「さあ、どうかしらね? 誤解を解こうとして勇者がはっぱ一枚になったかはわからない。冷静とは言い難いもの。はっぱ一枚になって誤解を解こうとするなんてね」


 天留美はこくこくと頷く。


「勇者さんは変態さんだったのです」


「まあ普通そう解釈されるよな。誤解を解こうとして新たな誤解が生まれとる」


「知ってるよ! そういうのって本気転倒っていうんでしょ!」


 得意げな顔で天鞠は言った。


「すげー地面にめり込みそうな転び方だな。違うぞ、天鞠、それを言うなら本末転倒だ」


「そうそれ!」


 ある点に俺は気づく。


「つうかさ、勇者が捕まったと大っぴらになれば真犯人にも伝わるだろ。真犯人は勇者が捕まっている間、犯行を控えるんじゃないか?」


 そうなれば勇者の疑惑は深まるばかりだ。


「控えないわよ。勇者のせいされていた悪事は、もともと犯人が捕まっていない事件だもの。勇者のせいにされるようがされまいが、捕まらないのなら繰り返す。人間とはそういう生き物よ」


「まあ、一理あるな」


「ただ結果は見るまではわからない。実際には犯行を控えたかもしれないわ」


「控えたところで勇者の潔白は証明されない。結局、勇者は捕まったまま出られなかっただろう?」


 俺は天留美に尋ねた。


「はいです。ですが、勇者が解放されなかった理由は無実を証明できなかったこととは関係ありません」


「もしかしてまた人体実験されそうになったのか?」


「いえ、研究は行われませんでした。理由は別にあります。その理由は――」


「待って」


 とダイスは天留美の言葉を途中で遮る。


「テレビを消してないのはまだ見せたいシーンがあるからなのよね?」


「はい、もう一つだけあります。そのシーンで理由がわかるのです」


「なら映像の続きを見て確認しましょう。口で説明されるよりもそっちのほうがわかりやすいし、面白いそう」


 頷いて俺は同意する。


「それもそうだな。天留美、再生してくれ」


「はいです。では最後のシーンを再生します」


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