勇者は死にましぇん!冒険が好きだから!
勇者を異世界に転移させてからまた一日が経過した。
勇者には前とは異なる新しいスキルを与えてある。
今度こそ魔王を倒せるはずだ。
俺は前と同じくモデリングルームで待機していた。
部屋には俺のほかに女神のダイスと神使のポット、天使の天鞠と天留美がいる。
ポチポチと天鞠はパソコンでゲームをしていた。
ディスプレイを覗き込みつつ俺は天留美に尋ねる。
「何のゲームをしてるんだ?」
画面には世界地図によって表された仮想世界が映っていた。
「んーとねー、病原体を人間に感染させてねー、人類を滅ぼすゲームだよ」
天使がなんつう物騒なゲームをしてんだよ!
「へ、へぇー面白いのか?」
「うん、面白いよ! 人類がなかなか手ごわくてね。うまくやらないと薬で感染した人間が治されちゃうの。人類の目をかいくぐっていかに病気を流行らすかがゲームのキモなんだよ」
「ほぉ、シミュレーションゲームか。ちなみに人類から排除されないようにするにはどうすればいいんだ?」
「病原体を見つからないようにするのがセオリーかな。見つかると薬の研究が始まるから、ばれないように広めるんだ」
悪いことを計画するときは隠れて進めるのが一番というわけか……。妙にリアル感があるな。
「視点はあれだけど、少し興味が出てきた」
「はるにいもやってみる?」
そのときちりんと音がなった。
ポットが小さなベルを鳴らして傍にいるダイスに注目を集めた。
俺はダイスのほうを見る。
「ゲームはまた後にしよう」
皆の視線を受けてダイスは話を始める。
「さて、まもなく勇者が異世界に到着するわ。けれどまだ時間あるから晴也から今回与えたスキルについて聞かせてもらうわね」
「おう、じゃあ紹介するぜ!」
立ち上がり、俺はごほんと咳払いをした。
「俺は考えたんだ。スキルがいくら強力でも勇者が死んでしまっては意味がない」
「スライムにすら相打ちになるもんね」
「リスクが高すぎて使えないです」
「命がけの一発芸になら使えそうね」
「どんな一発芸だよ! 地形を変えるほどの威力があんだぞ!」
「見る側も命がけなのです」
ポットが両耳で天留美を指し示し、
「それな(笑)」
とダイスがドヤ顔で言った。
部屋に笑いが生まれる。
「おいこら、真面目に聞けよ」
気を取り直して俺は説明を再開する。
「勇者が死んでしまっては意味がない。魔王を倒す前に勇者が死んでしまえば魔王討伐は失敗に終わる。異世界は危険でいっぱいだ。いついかなる要因で勇者が死んでしまうかはわからない。であればどのようなピンチに陥っても死ななければいい。たとえ体が跡形もなく消し飛んだとしても再生して生き続ける不死のスキル――その名も『勇者は死にましぇん!』。これさえあれば勇者は無敵だ!」
手を額に当てながらダイスが頭をわずかに振る。
「生命の理を無視した恐ろしいスキルね。神が人に与えるスキルとは思えないわ」
「……やっぱりまずかったか?」
スキルを作っている最中、うすうす思っていたが倫理的にアウトなスキルだからな。ダイスが問題視するものも致し方ない。
「まずいわよ。いくら苦痛を受けても死なないなんて……」
ダイスは片手を頬に当てて思い悩むポーズをとる。
「勇者がドMになったらどうしましょう?」
「心配のしどころソコッ⁉」
「戦いながらもっと痛みをくれって言いだすに違いないわ」
「強化外骨格をまとった忍者か!」
「――ドMはさておき、魔王を倒すまで死なないにしても倒した後はどうするの? 勇者は死ねないまま永遠に生き続けてしまう。死にたくても死ねない。不死者として勇者は苦しみ続けるのよ」
「ああ、その点はちゃんと考慮してあるぞ。スキルはオンオフ可能だ。オフの状態であれば普通に死ねる。魔王を倒し平和になった世界で、普通に人の生を送りたいと願う勇者に配慮してあるんだ」
天鞠が勢いよく叫ぶ。
「さすがはるにい! 心折設計ってやつだね!」
「そうそう、親切設計ってやつさ。珍しく合ってるな」
「……なんだか違う気がするのです」
天留美がぽつりと呟いた。
「ふふ、あなたのような勘のいい子は好きよ」
「ふぇえっ⁉」
突然好きと言われて慌てふためく天留美をよそにダイスは俺に問う。
「ところで肝心の魔王討伐には勝算があるの? 勇者が不死身でも魔王を倒せなくては意味がないわ」
「地道にレベルを上げて強くなってもらうしかないな。スキルをオンにしてあれば、傷を負っても自動で回復されていくから、格上相手にも十分挑める。頑張れば着実に強くなれるはずだ」
「長期戦になりそうだけれど勝算はあるようね。前と違って今度はいけそうよ」
「絶対にいけるよ!」
「わ、私もそう思うです!」
ダイスだけじゃなく天使たちも同意した。
「期待してくれるのはうれしいんだが、みんなで口々にフラグを立てないでくれ」
「あら、自信ないの?」
挑発するようなダイスの発言に俺は確固たる自信を持って答える。
「あるさ。前回と違って自滅はありねえ。それと安心もしてる。今回は万が一に備えて保険もかけてあるからな。失敗しても最悪の事態だけは避けられる」
「二つ目のスキルの話かしら?」
「そう秘密のスキル、『エマージ・レッドコーラ』だ」
「あれ? スキルって一つだけしか与えられないんじゃなかったの?」
天鞠は当然の疑問を抱いた。
二つ目のスキルの存在はまだ俺とダイスしか知らない。勇者にも知らせていなかった。
「基本は一つだ。ただし例外としてエマージ・レッドコーラもセットで与えられるようになった。先日リワインドが発動した後、ダイスと話し合って決めたんだ」
「どんなスキルなの?」
ポットがベルを鳴らした。
「時間よ。話の途中だけど、天留美、準備して」
「はいです」
テレビにはウロボロスのローディング画面が表示されている。
天留美はテレビの前まで移動してスタンバイする。
数字のカウントダウンが始まる。
天留美の瞳はエンジェル・アイに変わった。
3、2、1……。
相変わらず映像は速すぎて、俺には何が起きてるか全然わからなかった。
天留美は映像を凝視している。映像の内容を理解しているのだ。
映像が終わる。画面は再び真っ暗になった。
俺は天留美に尋ねる。
「勇者は魔王を倒せたのか?」
天留美の表情が曇った。
「ダメだったみたいです」
「マジかよ……」
今回はいけると思ったんだけどな。
「勇者の身に何が起きた?」
「そ、それが……」
戸惑いの表情をしながらも天留美は勇者の末路を答える。
「勇者は牢屋に入れられてしまったようです」
「どうしてそうなった⁉」
ダイスはミステリアスに微笑む。
「勇者のくせに牢屋に入れられるなんて一体何をしたのかしらね」
俺は肩をすくめた。
「あいつには前科があるからな。残念ながら馬鹿をやらかした可能性は否定できない」
「今回も映像を見る前に推理をしてみましょうか」
「失敗を予想する力を身に着け、今後のスキル作りに活かすためにだな」
頷いてから俺は天留美に聞く
「ヒントになるいくつかの事実を教えてくれ」
「は、はいです」
推理の道筋を立てるためのヒントを天留美は少し考えてから提示する。
「一つ、勇者を捕らえたのは魔王軍ではなく人類なのです」
そうか魔王軍が捕らえたという可能性もあったのか。失念してた。スキルのせいで勇者を殺せないから、魔王軍が勇者を捕まえて牢屋にいれたとかじゃないと。
「二つ、勇者は悪事を起こして捕まったのではないです」
悪いことをしていないのに捕まった……なぜだ?
「出せるヒントはこのぐらいだと思います」
これだけのヒントで当てられたらすごい気がする。
「もう一つぐらいくれないか?」
「えっと、なら大ヒントです。三つ、勇者を捕らえた人間にとって勇者は希望でした」
勇者は魔王に倒すためにやってきた救世主。異世界の住人とっては誰でも希望の存在だろう。
これが大ヒントと言われてもな……。
顎に手を当てながら考えるが、なかなかいい推理が浮かばない。
そんな時、天鞠が元気よく立ち上がった。
「わかった!」
「おっ、謎は全て解けたのか?」
「うん! バッチリ答えてあげるよ。名探偵と言われたてまりんの名にかけて!」
いや、誰にも言われたことないよね? しかも前回の推理外してましたけどっ!
とは言え出鼻を折るも可哀そうだし、口には出さないでおこう。
「ならてまりんの推理を聞かせてくれ」
天鞠が人差し指を立てて語りだす。
「ずばり、勇者は人気が出ちゃったんだよ。魔王を倒すためにやってきた不死身のヒーロー、うんうん、たちまち巷で噂になっただろうね」
「だとしたらどうして牢屋に入れられたんだ? 悪いこともしてないのに人気者が捕まるのは変だろ」
「人気者だから目をつけられちゃったんだよ。きっと王様が勇者の人気に嫉妬して、言いがかりをつけて牢屋に閉じ込めたに違いない。ほらよく言うじゃん。出る杭は埋もれるて」
「いや出てんなら埋もれてねぇだろ。それを言うなら出る杭は打たれるだ」
「そう、それ! 閉じ込められた勇者は出られず魔王も倒せなかった。これが真相だよ」
ふむ、確かにありそうな話ではある。でもツッコミどころはあった。
「閉じ込められたままっておかしくないか?」
「えっどうして?」
「勇者は不死身のヒーロー、人類の希望だろ? その勇者が理不尽に捕まえられたりしたら、周りが黙ってないだろう。誰かが助けに来てもいいはずだ」
「それは、ほら、捕まえたのは王様だから、みんな王様の決定には逆らえないんだよ!」
「いくら王様でもあからさまに自分の評判に傷をつけるような真似はしないと思うけどな。そもそも勇者を捕らえたのは本当に王様なのか? 天留美が三つ目のヒントで言っただろう。勇者を捕らえた人間にとって勇者は希望だったって。天鞠の話だと王様にとって勇者は目の上のたんこぶになるから、希望というよりは邪魔な存在なんじゃないか」
天鞠は首を捻って考える。
「うーん……」
どうやら今回も天鞠の推理は当たってなさそうだな。名探偵と言われる日はまだまだ遠い。頑張れてまりん!
ダイスが俺に声をかける。
「そろそろ頃合いね。映像を見て確認したら?」
「そうだな。じゃあ真相を確かめようか」