エターナル・パニッシャー!(相手は死ぬ)
勇者を異世界に転移させてから一日が経過した。
俺はモデリングルームで待機していた。
もとは下界にあった自室を再現した部屋だ。多人数がいても狭くないように大きさが広くされ、模様替えが施されていた。
部屋には俺のほかに女神のダイスと神使のポット、天使の天鞠と天留美がいる。
ちりんと音が鳴る。
ポットが小さなベルを鳴らしてダイスに注目を集めた。
皆の視線を受けてダイスは話を始める。
「さて、まもなく勇者は異世界に到着するわ。私たちはこの部屋から勇者の様子をモニタリングするわけだけど、晴也、テレビをつけてくれる?」
テレビのリモコンを押す。
テレビの画面は真っ暗で「映像が受信できません」とだけ表示されている。
「勇者が異世界に到着すれば映像が受信されるようになる。映像には勇者の様子が四六時中ずっと映されるの。私達は映像を通して勇者の冒険を見届けることになるわ」
はいはーいと天鞠は手を上げてダイスに質問する。
「見届けるっていつまで?」
「勇者が魔王を倒すまで」
「うへぇー、ずいぶん時間がかかりそうだね」
「ふふ、大丈夫。見るのにさほど時間はかからないから。それとまず見るのは天留美、あなたよ」
名指しされた天留美はびくんとする。
「ふぇ? 私ですか?」
「えぇ、あなたがひとまず先に勇者の冒険を確認するの。魔王を倒すまでの間、勇者の全ての行動をチェックしてもらうわ。その後、映像の要所要所をピックアップして欲しい。私と晴也、天鞠は選ばれた部分の映像を見させてもらう。いわゆるダイジェスト版を視聴するわけね」
気になる点があったので俺はダイスに物言う。
「ちょっと待った。天留美に勇者の行動を全て確認させるってことは、見てはいけないシーンとかも確認させるわけになるよな? トイレとか入浴とかその他もろもろを」
天留美の頬が真っ赤に染まる。
「えええっ⁉ 無理です! わ、私にはとても……」
「平気よ。そういうシーンはあらかじめ自主規制されて、モザイク処理がかかったり、謎の光が差し込んだり、シーンそのものがカットされる仕様になってるから」
なんつうご都合主義だ。
まあでも天留美に良からぬシーンも見せないで済むなら何でもいいか。
天留美はほっと一息つく。
「それなら私でも大丈夫そうです」
もう一つ気になる点があった。
「魔王倒すまでは下手したら数十年もかかるかもしれない。さっき見るのにそんな時間はかからないって言っていたけど、長い期間をどうやって短時間で確認するんだ?」
「それは説明するよりも実際に天留美にやってもらったほうが早いわ」
と言いながらダイスはテレビの画面を確認する。
テレビは依然として暗いままだった。
「まだ時間もあるようだから、先に晴也からスキルについて聞かせてもらおうかしら? 今回勇者に与えたスキルの詳細を解説してくれる?」
「いいぞ、まかせくれ」
ごほんと一度咳払いをした。
「俺は考えたんだ。魔王を倒すのに必要なスキルとは何か? それはずばり魔王を倒せるスキルだ!」
ダイスは小首をかしげる。
「……なに当たり前のことを言っているの?」
「まあまあ、話は最後まで聞けって。いいか、一言に魔王を倒すと言っても、具体的にはどんなスキルが必要かわからない。なぜなら、俺は魔王に関する情報をまったく知らないからだ。強さ、攻撃手段、弱点、配下の有無などなど、何一つ知らない。情報が皆無な状況でいかなるスキルが魔王に有効になるかわからん」
「なら晴也はどうやって魔王を倒せるスキルを作ったのよ?」
「簡単な話さ。ようは状況に左右されず攻撃対象を必ずぶっ倒すスキルを作ればいい。誰が相手だろうと一撃で屠る威力を持つ攻撃スキル、それこそ魔王を倒せるスキルだ」
ダイスは顎に手を添える。
「なるほどね。それなら勇者のポテンシャルに関係なく魔王を倒せる」
「ああ、たとえ勇者がレベル一でも、このスキルを使えば魔王を打ち滅ぼせるってわけさ」
話を聞いていた天鞠がばんざいをする。
「すごーい、さすがはるにい! 一撃撲殺ってやつだね!」
「いや殺人事件じゃないんだから、それを言うなら一撃必殺な」
天留美が両手を組んで微笑んだ。
「これなら無事に魔王を倒せそうですね」
「おう、でも今言うとフラグになるからやめて」
ダイスは部屋の扉のほうに向かう。
「よし、もう勝ったも同然ね。お風呂入ってくる」
「だからやめろっつってんだろ! 戻ってきたら負けてるフラグじゃねぇか、それ! つうかまだ試合開始すらしてないんだよ! 気が早すぎるわ!」
「あら、あれだけ意気揚々と語っておいて自信ないの?」
「あ、あるさ。どんな相手だろうと一撃で倒す究極の攻撃スキル――その名も『エターナル・パニッシャー』。これさえあれば魔王なんて一ラウンド一発KO。いくら魔王が強くても問題ない」
「ならいくらフラグを立てても問題ないでしょう?」
「うっ……まあそうなんだけど……」
前にダイスからフラグ建築士の素質があると言われたことを思い出す。
妙な胸騒ぎがするんだよな……。
ポットがベルを鳴らした。
「どうやら時間のようね」
テレビの画面が切り替わっていた。
画面には「映像を受信中です」の文字と蛇の絵文字が表示されている。
蛇は自分の尾を口にして輪になっている。自らの体を食べては元に戻るのを繰り返す。死と再生を象徴するウロボロスのようだ。
ウロボロスの絵文字は常に動き、ローディング画面の役割をしていた。
「さぁ天留美、準備して」
「はいです」
ダイスに促され、天留美はテレビの前に移動する。
「あなたたちは視界の妨げにならないようにしてね」
俺と天鞠は邪魔にならないようテレビの前から移動した。
ダイスは天留美の耳元でささやく。
「いい、集中して。これからテレビに流れる映像を全て見るの。気を散らして目をそらしちゃダメよ」
「は、はいです! 私、頑張ります!」
大丈夫だろうか。
一抹の不安を覚えつつ俺は天留美を見守る。
映像が始まる前に一度、天留美がゆっくりと瞬きをした。
開いた天留美の瞳は淡く発光していた。青く神秘的に輝くその様は見ていると吸い込まれそうになるほど美しい。
瞳を見た天鞠は興奮しながら叫ぶ。
「わぁ、かっこいいー! 魔眼みたい!」
天鞠の驚きようにダイスがわずかに微笑んだ。
「あの目は『エンジェル・アイ』。集中力、動体視力、識別能力を極限まで高める天使の瞳よ」
「へぇー、すげぇな」
「というのが設定で、実際はただ光ってるだけ。特に能力はないわ」
「ねぇのかよっ!」
「忘れたの? 天留美には一度見たものを忘れずに覚えておける瞬間記憶能力と一瞬の光景を捉える目がある。あれはあくまで演出よ」
「それ意味あんのか?」
やれやれと言わんばかりにダイスはため息をつく。
「わかってない。特技はエフェクトがあってこそ映えるものよ、ねぇ、天鞠?」
「うん、すごくかっこよくてきれい!」
天鞠の顔は新しいおもちゃを欲しがる子どものように輝いていた。
スタンバイ中の天留美がテレビを指さす。
「あ、あの、カウントダウンみたいなものが始まったんですけど」
画面には昔の映画にあったような数字のカウントダウンが表示されていた。
「カウントが終わったら始まるわ。準備はいい?」
「は、はいっ! どんとこいです!」
両手を胸のあたりでぎゅっと握って天留美は意気込んだ。
俺もテレビに注目する。
3、2、1……。
一瞬、虫が鳴いたような効果音がした。
「あっ、終わったみたいです」
「……えっ、どういうこと?」
俺の疑問にダイスが答える。
「もう勇者の冒険を見終えたのよ。先の一瞬でね」
「マジで⁉ 何も見えなかったけど⁉」
「速すぎて映像が流れているのにも気づけなかったみたいね。無理もないわ。百万倍速で流れていたのだから」
「百万倍⁉ 冗談だろ⁉」
「晴也、私はねこう思っているの。文化の基本は速さだと。どんな素晴らしい冒険譚でも、知るのに時間がかかれば途中で飽きてしまう可能性はある。なら出会った瞬間に物語を即座に理解できたほうがいい、速さは力だわ。冒険を一瞬で記録する、記録を一瞬で確認する、誰か知ってもらうことから物語は成立するのだから。時にそれが味気なさを生むこともあるでしょう。だけど次の冒険譚はもっと面白いかもしれないわ」
怒涛の早口でダイスはまくし立てた。
「た、確かに一理あるかもしれないな」
勢いに押され理解しきれないもののつい俺は認めてしまう。
「そうでしょう? そーですとも」
同意を促すかたちで俺へ尋ねた後、ダイスは目を閉じて自分でも納得するように呟いた。
「でも、百万倍速はやりすぎだろ。映像を確認する天留美のほうは大丈夫なのか? 高速すぎて体に尋常じゃない負担がかかりそうだ」
「天留美は天使だから心配いらないわよ。私は神使として役目を果たせるようあの子に人知を超えた力を与えたわ」
「ならいいんだけどな」
一仕事終えた天留美に俺は呼びかける。
「大丈夫か? 目が腫れたり、頭が痛くなったりしてないか?」
「はい、平気です。心配してくれてありがとうございます、はるやお兄ちゃん」
天留美は俺を安心させるように微笑んだ。
うっほー、眩しいー!
純粋無垢な笑顔を見せられ、くらっと軽くめまいがした。
「だ、大丈夫ですか?」
「心配ない。俺の頭はいたって正常だ」
俺はドヤ顔でそう言った。
「……本当ですか? はるやお兄ちゃんこそ、気分が悪いなら遠慮せずに言ってくださいね」
優しい口調で天留美が俺を気遣ってくれた。
てるみんマジ天使!
いかん、このままでは暴走してしまう。
高まる気持ちを咳払いで落ち着かせる。
「げふんげふん……ところで本当に勇者の冒険はもう終わったのか?」
「はいです」
「いくら何でも早すぎないか? 瞬きする間に終わったぞ」
それはとダイスが話を切り出す。
「前に話したじゃない。神界と異世界とでは時間の速度が異なるって」
「おい、その話は嘘じゃなかったのか?」
「部分的には真実も混じっていたのよ。神界よりも異世界のほうが時間の流れが極端に速いから、あっという間に終わるのよね」
「よくわからないな」
「詳しく説明してほしい?」
「いい。どうせ聞いても理解できる自信がない。それよりも結果が気になる」
天留美に尋ねる。
「勇者は魔王を倒せたのか?」
「そ、それが……」
目を泳がせて天留美は言いづらそうにした後、意を決したように俺を見つめて口を開いた。
「勇者は最初の戦闘で再起不能になったようです」
「どうしてそうなった⁉」
「やっぱりね」
ダイスが一人納得した風に呟いた。
「理由がわかるのか?」
「百万倍速にしてもやけに終わるのが早いと思ったのよ。やっぱりダメだったのね」
肩をカクっと落とす。
「ああ、そっち……」
「天留美がピックアップするダイジェスト版の映像を見れば真相はわかるはずよ」
「なら見ようぜ」
「その前に簡単な推理をしない?」
唐突にダイスは提案をしてきた。
「なぜ勇者は最初の戦闘で再起不能になってしまったのか? その理由を推理するの」
「どうしてわざわざ推理する必要があるんだ? 映像を見れば済む話だろう」
「失敗した理由を推理すれば、事前に失敗を予測する力が身につく。失敗を想定できるようになれば今後のスキル作りに役立つでしょう?」
そうか、勇者が失敗したということはまたスキルを作り、別の勇者に与えなければならないのか。次こそは魔王を倒せるスキルを作りたい。そのためにもダイスの言う失敗を予想する力は磨いておいて損はないだろう。
「言われてみればそうだな。少し考えてみるか」
俺は腕を組んで失敗した理由を想像しようとする。
勇者の身に起きたこと――戦闘をした。場所はどこだ? 相手の特徴は? 戦いで何が起きた?
しかし漠然としすぎていて推理の道筋が立たない。
「何かヒントとかはないのか? スキルの内容と勇者の末路だけじゃうまく推理できない」
「私に聞かれても困る。ヒントが欲しいなら真相を知っている天留美に聞いてみたらどう?」
そういえばすでに天留美は全てを知っているんだった。
「天留美、ヒントをくれないか?」
「えっと、具体的には何を伝えればいいですか?」
「そうだな……事実をいくつか教えてくれ。ただし、言えば答えになる事実は避けてくれ。今回の例で言うなら、最初の戦闘で起きた出来事を一から十までそのまま伝えるとかだ。言うまでもないが、それはもう答えだろ」
「わ、わかりました。うまく出せるか自信はないですけど、頑張ります!」
少しの間考えた後、天留美はヒントを提示する。
「戦闘が起きた場所は平原だったのですが、戦闘が起きた後は荒れ地となりました」
地形が変わるほどの戦闘が行われたわけか。
あともう一つと天留美は続けてヒントを出す。
「スキルの威力は相手を倒すには充分でした」
一撃必殺のスキルだからな。威力は申し分なかったと。
「出せるヒントはこのぐらいだと思います」
えっ、これだけ?
「もう一つぐらいないのか?」
「でしたら大ヒントを差し上げます。勇者は弱かったです」
そりゃあ弱いだろう。なにせ最初の戦闘で引退するぐらいだからな。
うーん……。
もらったヒントを元に考えるがなかなか答えは浮かばない。
何気なく天鞠を見ると、難しい顔をしてパソコンの前にあるオフィスチェアに座っていた。なぜか椅子の上で体育座りだ。純白のワンピースの裾から細くて美しい足が伸びている。
あかんパンツ見えそう。
気まずさを覚え俺はさっと目をそらした。
ダンと床を踏み鳴らす音がする。
「くわっぱ!」
椅子から降りた天鞠は意味不明なワードを叫んだ。
「どうしたんだ、天鞠?」
「謎は全て解けた」
どこかの名探偵が言いそうな台詞だな。
「謎って、勇者の身に起きた謎をか?」
「うん、スリっとまるっとゴリっとお見通しだよ!」
今度はどこかの貧乳マジシャンが言いそうな台詞だ。
「ほほう、なら天鞠の名推理を披露してもらおうか」
注目を受けながら天鞠は自信満々に語りだす。
「ずばり、勇者は超強い敵に負けたんだよ。初めての戦闘で運悪く強敵に出くわしてね、まだ弱かった勇者はあえなく負けた。うん、そうに違いない!」
なんつうストレートな回答。疑問を呈せざるおえない。
「そうだろうか? エターナル・パニッシャーは魔王すら一撃で倒す一撃必殺のスキルだぞ。他は弱くても、スキルさえあればどんな強敵にも負けないはずだが」
ふふーんとまるで反論を予想してかのように天鞠は鼻で笑う。
「それはスキルを使えればの話でしょ。きっと敵はすっごく速いやつで、勇者に奇襲をしかけたんだろうね。勇者はスキルを使う前にやられちゃったんだよ。ほら、後手必勝ってやつ」
「それ逆だって、正しくは先手必勝だ」
「そうそれ! いくら一撃必殺のスキルがあったって、スキルを使われる前に潰されたら終わりだよ。『速さは力』ってダイス様も言ってたし」
いや、その言葉はとある有名な兄貴のものだからな。
それはともかく、確かにスキルを使う前にやられてしまえばそれまでだ。なかなかいい推理に思える。
しかし疑問は残る。
「けどな、初の戦闘で先手必勝をしかけてくる敵にいきなりぶち当たるもんなのか? それにたぶんスキルは発動してたと思うぞ」
今度は予想だにしていなかったのか、天鞠は虚を突かれた表情になる。
「えっ、どうして?」
「天留美が一つ目のヒントで言っていただろ。戦闘が起きた場所は平原だったけど、戦闘後は荒れ地になっていたって。それはおそらくエターナル・パニッシャーが発動したせいだ。エターナル・パニッシャーは魔王すらも一撃で倒す必殺スキル。一撃で倒す以上、それ相応の破壊力がある。一度使うだけでも地形が変化するほどのな。だからスキルは使われたんだろう」
「じゃあどうして勇者は負けちゃったの?」
「こっちが聞きたい。一撃必殺のスキルを使っておいてどうして負けるんだ?」
天鞠は首を捻って考える。
「うーん……」
せっかく披露してくれたけど、どうやら天鞠の推理は当たってなさそうだな。
ダイスが俺に声をかける。
「そろそろ頃合いね。映像を見て確認したら?」
「だが、まだこれといった推理が出来てないんだ」
「あまり時間をかけて考えすぎてもしょうがないわよ。下手な考え休むに似たりと言うでしょう」
「まぁ、確かに。別に殺人事件の犯人を突き止めようとしているわけでもないしな」
「ふふ、それじゃあ真相を確かめましょうか」