俺たちもうマブダチだろ
ダイスがぱちぱちと手を叩く。
「とりあえずはお疲れ様。勇者は無事異世界に旅立ったわ」
俺が質問する。
「この後、俺たちはどうするんだ? 神は異世界へ直接手を出してはいけないんだろ? 勇者を送ったら魔王を倒してくれるまでずっと待っているのか?」
「待つというよりは見守るの。異世界での勇者の様子をモニタリングすることになる」
「ほほぉ、それは神っぽいな。で、どうやって勇者の様子を見るんだ?」
部屋に置かれた液晶テレビをダイスは指さす。
「このテレビで見るの」
「……マジで? 勇者を特集した番組でも地上波で放送してんの?」
「残念ながら地上波では放送してないわ。衛星の有料チャンネルにならあるわね」
「マジで⁉ 勇者の番組が衛星チャンネルなら見れるだと⁉」
「ふふ、冗談よ。番組じゃないけど、勇者の映像は送られてくるようになってる」
「なんだ、冗談か。つうか、家のテレビはいつから異世界を映せるようになんたんだ? 俺の部屋のテレビにそんな機能ついてないぞ」
「これは晴也の部屋のテレビじゃないわ。そもそも勘違いしているようね。ここはあなたの部屋じゃない」
「え、どう見ても俺の部屋なんだけど……」
天鞠が首を振る。
「違うよ。ここは神界」
天留美が頷く。
「はるやお兄ちゃんがいた下界じゃないです」
「そうなのか? てっきり戻ってきたのかもと思った」
「そう都合よく戻れるわけがないじゃない。忘れたの? あなたはもう死んでいるのよ」
「そういえば、そうだったな……」
「この部屋は私が用意したの。晴也の記憶にあった晴也の部屋をそのままそっくり完全再現」
若干ドヤ顔でダイスはピースサインを決める。
「へぇー、すごいなぁー」
「パソコンに保存済みのエッチな画像もちゃんと再現されてるわ」
両手で頭を抱えて俺は叫ぶ。
「うわぁああっ! そんなところまで⁉ 見たのか⁉ 見られちまったのか⁉」
決して人には見せられない! 性癖が露になる禁断の画像フォルダを!
限りなく透明に近い眼で天鞠はダイスに尋ねる。
「ねぇーねぇー、エッチな画像ってどんなやつ?」
ちょっ⁉
「あら、気になる? じゃあ特別に見せてあげる。ポット、やって」
ポットが垂れた耳を手のように動かし、パソコン本体とディプレイの電源ボタンをぽちっと押した。
俺は慌ててディスプレイの電源を落とす。
「うわっ、待った、待った! 見せられるわけないだろ!」
「いいじゃない、減るもんじゃないし」
「いやいや、俺を見る天鞠の目が変わるよ! きっとゴミを見るような目になるよ!」
「いいじゃないそれはそれで。晴也にとってはご褒美になるでしょ」
はっ⁉
俺の脳裏に新たなる地平線が一瞬映った。
「いや、ならねぇから! 興奮とかしねぇから!」
「今、ちょっと間があったのです」
悲しそうな目で天留美は俺を見つめる。
「ご、誤解だよ。はは、はは、あははは……」
笑ってごまかそうとするもかえって怪しさが増してしまった。
「はるにいが喜んでくれるなら、見てもいいよね!」
あかん、天鞠の誤解が進んどる!
「もう立ち上がってるわ。SSDだと起動が早いわね。目当てのフォルダは確かHDのほう。ポットお願いね」
ダイスの指示に従いポットはマウスをカチカチと操作し、凄まじい速さでフォルダを開いていく。
「ぎゃあーす、やめろぉー!」
悲痛な叫びがむなしく響く。
あっという間に禁断のフォルダは開かれてしまった。
入っている画像の一覧が表示される。
ああああああああああああああああ!!
天使の反応が怖くて俺は目を固くつむった。
「わあー、すごーい! てるみんも見て見なよ!」
「はわわわっ、私はいいよ」
「照れてないで、ほら! これなんかすっごいよ!」
「ふえええ……あっ、かわいい……」
ん? かわいい?
「もふもふしててかわいいよねー」
えっ? もふもふ?
うっすらと目を開けて確認する。
パソコンの画面には愛くるしいにゃんこの画像が表示されていた。
こっ、これは一体……⁉
『こんなこともあろうかと、にゃんと画像を入れ替えておいたのよ』
ダイスの声が頭に届いてきた。
『さすがにあの子たちにはまだ早すぎる。移した場所を教えるから、ちゃんと見つからないように隠しておくことね』
ダイスさん、まじぱねえっす!
もとはと言えばあんたが口を滑らせたせいだけど!
ところでエロ画像を移した場所はどこですか?
『ゴミ箱よ』
おまっ、なんて場所に移動させてやがる⁉ 消す気満々じゃねぇかっ!
『ゴミ箱の中のファイルは一日経つと消えるように設定してあるから、早めの移動をお勧めするわ』
チクショウッ! よくもやりやがったな!
天鞠は振り返って俺に訊ねる。
「そういえばこれのどこがエッチな画像なの?」
その際天使の羽がポットに当たってしまった。ポットは床に落っこち、コロコロと転がっていく。
「「「あっ……」」」
予期せぬハプニングに俺と双子の天使は声をハモらせた。
転がった先でポットは目を回し、頭をクラクラとさせていた。
「だ、大丈夫ですか、ポット先輩⁉」
天留美は慌ててポットの傍に歩み寄り、抱き上げて容体を確認する。
天使に抱かれたポットははっと気が付くと、大丈夫だよと言うように片耳を立てた。
どうやら怪我はなさそうだ。
ちらりと俺はアホ毛の子を見る。
天鞠の顔は真っ青になっていた。
次の瞬間、天鞠はポットに向けて美しい九十度のお辞儀をした。
「ポット先輩、すいませんでしたあーっ!」
ぬいぐるみにガチの謝罪を繰り出すお転婆天使。
すげぇ……天鞠が敬語を使ってるところなんて初めて見たぞ。俺とダイスにさえため口なのに……。ポットって何者なんだよ?
天留美の腕からポットは飛び降りる。
未だお辞儀をし続けている天鞠のもとへ行き、切れのあるジェスチャーを送る。
天鞠の目に涙が浮かぶ。
「ご配りょ、痛み入ります……」
いや、お前らの間にほんと何があったの?
ダイスが天鞠に穏やかな雰囲気で話しかける。
「また当たると危ないから、羽はたたんでおいてもらえるかしら?」
「う、うん! わかった!」
天鞠の天使の羽が器用にたたまれていく。やがて背中に隠れるぐらいにまでなると、羽は淡い光を放ちながら消えてしまった。
服の隙間から綺麗な人間の背中が顔をのぞかせている。
「おぉ、羽って消せるんだ」
「日常生活で不便にならないように、出し入れ可能な仕様にしておいたのよ」
「なるほど、天留美もできるのか?」
「は、はいです!」
天留美の天使の羽も同じようにたたまれ、形を消した。
ダイスは部屋を見回す。
「そもそも部屋が狭いのよね。物でごちゃごちゃしてるし」
「さーせん」
「少し広げようかしら」
ダイスが指を鳴らすと壁が動き出した。
ダイスってほんとたいていのことはできるよな。
わずか数秒で、部屋は学校の教室ぐらいの広さになった。
「こんなものね。さて時間もあるし、広くなった部屋に合わせて模様替えでもしましょう」
「いいけど、勇者の様子は見てなくていいのか?」
「転移には時間がかかるの。神の世界から異世界に転移するまで、だいたい一日ぐらいかかる。様子を見るにしても一日待ってからになるわね」
「へぇー、世界と世界の間でけっこう距離があるんだな」
「距離というか、時間差があるのよ。時間の流れが異なる二つの世界を結ぼうとするとずれが発生する。神界と異世界とじゃ時間の速度がぜんぜん違うから、そのままだと勇者は果てしなく遠い未来に転移しちゃうわ。だから時間移動によって勇者を過去へ送るわけだけど、その際に目印となる座標を計算しないといけない。座標は二つの世界にそれぞれ存在する時点から一定の数値で割り出す。ただその際、求められた数値が示す時点は実際のそれとは微妙に異なってしまうの。これは時間の計測に時計を用いる以上、避けられない問題ね。つまり座標の時点と実際の時点との間で起こりうるずれ、その時間の幅がおおよそ神界での一日に相当するのよ。ただしこれは人間を転移させる場合の話であって、人間が以外のもの送るとなるとまた違ってくる。例えば電子メールみたいなデータならもっと早く送れるわ。ブラックホールによってデータを圧縮すると――」
「ちょい待って……すまん、正直何言ってるか全然わかんない」
ダイスはきらりと目を光らせた。
「でしょうね。それっぽい話を適当にしただけだから」
「嘘なんかい!」
「一日時間の余裕があるのは本当よ。さあ、模様替えを始めましょう。出番よ、パペットカンパニー」
ダイスが指を鳴らしパペットカンパニーを数体呼び出す。
『イエーイ!』
ファンシーなぬいぐるみの神使たちが元気よく現れた。
「天鞠、天留美、二人も手伝ってくれる?」
元気よく天鞠は手を上げる。
「はいはーい!」
天留美はこくこくと頷いた。
「はいです!」
ダイス主導のもと、部屋の模様替えが行われる。
ベッドは撤去され代わりに座り心地のいいソファーとクッションが置かれる。勉強机は会議テーブルに変えられた。テーブルの上にはお菓子と給湯器が配備され、いつでもティータイムがとれるようになった。他にも快適に過ごすための家具や家電、グッズの数々が置かれた。
様変わりしていく部屋を眺めながら俺はダイスに尋ねる。
「どんどん改造されていくな。ここでどんな活動をするんだ?」
「パソコンにスキルを作るためのソフトをインストールしておいたわ。この部屋でスキル作りを始められるようになったわよ」
「おぉ、それは助かる。この前は神殿でやったけど、あそこにパソコンは合わないもんな。うっかり勇者の目についても説明に困るし。もし次回があるのならここで作らせてもらおう」
「あとさっきも言ったけど、異世界での勇者の様子をこの部屋のテレビでモニタリングする予定よ」
「ならとりあえずこの部屋は『モニタリングルーム』と呼ぶことにするか」
「あら、てっきり待機部屋って呼ぶのかと思った」
「どこの格付け番組だよ」
などと雑談しているうちに部屋の模様替えが完了した。
「みんなお疲れ様。ありがとうな。おかげさまですっかり綺麗になったぜ」
天鞠と天留美、パペットカンパニーに向けて俺は労いの言葉をかけた。
パペットカンパニーの一同が整列し、ビシッと敬礼を決める。
『ミッションコンプリート!』
軍隊っぽい規律ある行動をするぬいぐるみたちに俺は面食らう。
「あ、うん、ご苦労様」
「もう解散していいわ」
『イエスマム!』
ダイスの許可を得たパペットカンパニーはポットを除いて煙のように消えていった。
「さてとまだ時間はあるし、私はお風呂にでも入ってこようかしら」
部屋を出ようとするダイスに俺は尋ねる。
「ちょっと待ってくれ。何か俺がやるべきことはないのか?」
「勇者が異世界に到着するまでは特にない。とりあえず遊んでいたら? モデリングルームには晴也の好きなものが揃っているから時間潰しには困らないでしょ」
「それだと引きこもりのニートの時と変わらなくね?」
「あら、そう?」
俺のもとへ天鞠がやってきた。
「ねえーねえー、はるにい。一緒にテレビゲームして遊ぼうよ!」
一時的に思考がフリーズする。
ゲームを……一緒に……?
「あれ? ゲームって一人でするものじゃなかったけ?」
「やだなー、二人で遊べるゲームだってあるじゃん」
「っはっはっは、冗談よせよ。それ都市伝説だろ?」
「……はるにいマジで言ってんの?」
天鞠は困惑した表情を浮かべた。
天留美はダイスに尋ねる。
「ど、どういうことですか、ダイス様?」
ダイスは涙を拭うそぶりをする。もちろん本当に涙は流れていない。
「うぅ……晴也はね、長年ボッチでゲームをプレイし続けたあまり、対戦や協力プレイという概念を意識から消し去ってしまったのよ。今ではもう複数人プレイがゲームに実装されていてもそれを認識すらできない」
目を潤ませて天留美は口元を手で覆った。
「そんな……はるやお兄ちゃん、かわいそすぎです……」
「はるにい……ぐすん」
天鞠まで目をうるうるとさせている。
「お、おい、みんなどうした? 俺、空気読めない発言でもしたか? そうだ、いいもの見せてやるよ!」
棚に置かれた収納ボックスをあさる。
「おっ、あった」
とある携帯型のゲーム機を取り出して起動した。
「これちっちゃいモンスターたちを集めるゲームでさ。プチットモンスター、訳してプチモンっていうゲームなんだけど、ほら見ろよ! 図鑑コンプリートしてんだぜ! すごいだろ!」
天留美と天鞠に画面を見せつける。
「わあ、すごいです!」
「ほんとだ―、だいたい途中で投げちゃうのにすごいね!」
得意げに俺は鼻を鳴らした。
「大変だったんだぞー。プチモンってだいたい二つのバージョンが同時に発売されるんだけど、片方のバージョンだけだと、なぜか図鑑コンプリート出来ない仕様になってんだよ。バージョンで出現するモンスターがそれぞれ違って、両方のバージョンプラスゲーム機二台があって初めてモンスターを全種類揃えられるんだ。だから、わざわざプチモンのためだけに新しいゲーム機買ってさ。手間もお金もかかって苦労したぜ! ……って、どうした、二人とも?」
天使たちは再び涙目になっている。
ダイスはやれやれといった感じで頭に手を当てた。
「プチモンは友達や他の人との間で交換しあってモンスターを揃えるのが一つの醍醐味なのよ。無理に両方のバージョンを買ったり、ゲーム機をもう一台買ったりしなくてもちゃんと全種類揃えられるわ。そういう面では交換を通じて交流を楽しむゲームなの」
俺は乾いた笑みを浮かべる。
「ははっ、ちょっと何言ってるかわからないですね」
ダイスは小さく首を振った。
「もういい、もういいのよ晴也。今までずっと辛かったわね? 苦しかったわね? 寂しかったのよね?」
「や、やめろよ。わかったような台詞を吐くなよ。俺は別に一人プレイでも、全然楽しかったんだからな!」
変だな。声が上ずっちまった。
天鞠は豪快に泣き出す。
「うわぁーん! はるにいに、ともだちがー、ひどりでもいればともだちがいたらああぁ!」
つられて天留美まで涙を流し始めた。
「うぅ、ううう、ふびんなのです」
や、やめて、お願いだから泣かないでくれ!
女の子からそこまで悲しまれるとこっちまで傷つくから!
忘れかけていたはずの寂しさが蘇っちまうよ!
気が付くと、視界が滲んでいた。
美しいダイスの手が俺の手を優しく取った。
「大丈夫、安心して。だってもうあなたは一人じゃないもの。私と天鞠、天留美がいる。三人もいれば遊び相手には事欠かないでしょ? ふふ、より取り見取りね」
「ダイス、俺と友達になってくれるのか?」
ダイスは優雅に微笑む。
「忘れたの? 私とはもうマブダチじゃない」
自然と肩の力が抜けていく。
「はは、そうだったな……」
後ろから天鞠と天留美が俺に声をかける。
「一緒に遊ぼうよ、はるにい」
「私たちもマブダチなのです」
「お前たち……うわっ⁉」
振り返った俺は虚を突かれる。
目の前にドッキリに使われた二体のパペットが並んでいた。
『ハルヤオニイチャン』
『ハルニイ!』
手にパペットをはめて、天鞠と天留美がくすくすと笑っていた。
おそらく俺は何とも間抜けな顔をしていたに違いない。
「二人ともいい加減にしろーっ!」
俺が怒鳴ると天使たちは無邪気な笑い声を上げながら散っていった。